①黙示録は開かれた-2
この街―"ノヴィス"は、人間界でもかなり端っこの方にある。周囲に山々が並び、交通の便だけで考えるなら、とても不便だ。
「やれ!さっさと殺せっ!」
「グズグズするな、たかだか一人だろうが!!」
ただ、良質な木材が取れること、大きな工業都市であるモスクレムに比較的近いことから、街もそれなりに栄えている。南側にある市場には、商人や旅人が集まって、いつもはすごく賑わっている。
「そっちだ! そっち! 何やって……!」
そう、いつもであれば。
籠は飛び散り、馬車が砕ける。屋台の柱がへし折れ、怒号が響く。
大勢の傭兵が、市場で暴れていた。各々が魔法で強化された武器を持ち、それを振るう度に、雷やら炎やらが飛び出して、周囲を壊していく。
彼らの中心には、白い癖毛の少年がいた。茶色のコートを羽織り、腰には太いベルトが2本、丁度、へその下で交差するように、巻いてあった。
片方のベルトには何本ものナイフが、それぞれ革製のケースに入れられて、左右の腰骨あたりにまとめて括られており、そして、もう片方には黒い大きなポーチが、腰のあたりに3つ4つと付けられていた。
自身へ向けられる攻撃を風でいなして、素早く回り込むと、殴打や手刀で、次々と傭兵を気絶させていく。
「いい加減、抵抗を止めろ! 続けるなら、手段は選ばない!!」
少年が大声で叫んだ。傭兵の内、何人かは怯む様子を見せたが、それで退いたり、投降する者は居なかった。赤いバンダナをした男が、叫びながら大筒を構えて、魔法を唱えると、岩で出来た砲弾が、打ち出された。
狙いも定めずに打ち出された弾は、一回り大きさを増すと、少年とは別の方向へ飛んでいく。少年は動ずることなく砲弾を見送ったが、あることに気づき、目を見開いた。
「本当に商品としか見てないんだな……!!」
舌打ち混じりにそう呟くと、風を足にまとわせ、飛び出した。
素早く駆けながら、拳を腰の横へと構える。そして、手の甲に魔法陣を展開して魔力を注ぎ込む。風がうねりながら拳へと集まり、風同士が激しく擦り合う音を立て、圧縮されていく。そのまま岩の弾を、側面から殴りつけた。
『疾風の槌ッ!!』
甲高い音を立てながら、風が大きく爆発し、岩は音を立てて砕け散った。粉塵の中から、少年が現れる。岩の破片がかすめたのか、頬からは血が垂れていた。
しかし、そんなことは気にも止めず、少年はバンダナの傭兵を睨みつける。
彼の背後には、馬車が2台置かれていた。
それぞれ子供達がぎゅうぎゅうに押し込まれ、ボロ布と言わんばかりの粗末な服を着て、縮こまっている。
攻撃を防がなければ、馬車も無事では済まなかっただろう。外の騒音と衝撃に驚いた子供達は、泣き出してしまった。
「長引かせちゃって、ごめん。すぐ終わらせるから、待ってて」
そう呟くと、再び足に風をまとい一気に飛び出した。ベルトからナイフを取り出すと、両手に構えて投げた。
「来るぞっ!」
傭兵の一人が叫ぶ。無数のナイフが少年の風で操られ、蛇のようにうねりながら飛んでくる。
女の傭兵が持っていた槍でナイフを弾いた。しかし次の瞬間には少年が足元へと現れ、顔面を強く殴られて気絶してしまった。
新たに二人、少年の背後から傭兵が迫り剣を振り下ろそうとする。しかしその手は空中で不自然に止まった。
(わ、ワイヤー……!? 壁に刺さったナイフに括り付いて……!!?)
少年はしゃがみ込んだまま、腕を背後の男達へ向けて構えた。掌には魔法陣が浮かぶ。
『狂風の鞭』
風が掌に集まると、竜巻が2本飛び出て傭兵を吹き飛ばした。その後も少年はナイフとワイヤーで相手の動きを牽制しながら、次々と傭兵達を倒していく。
風の剣が大砲に突き刺さり、大砲が壊れた。バンダナをした傭兵が逃げようと背を見せた瞬間、少年は拳を3発叩き付けた。
「やってくれた礼だよ……ったく」
連続して風の爆発が巻き起こり、傭兵が倒れた。
……あと数人、そう、少年が考えた瞬間、背後で強い光が発せられた。急いで振り返ると、4人の傭兵が地面に描かれた魔法陣を囲むように立っていた。
魔法陣の中心にいる、黒いローブを着た男が、不敵に笑いながら黒い粒を落とす。
『深き森の獣蔓!!』
粒から植物の蔦や根がうねりながら出て、絡み合いながら大きくなっていく。終いには3m程の"蔦の化け物"となって暴れ始めた。捕まえようと襲い掛かってくる植物の根をナイフで切り払いながら、少年は"獣蔦"から離れていく。
(これは……"中級"や"略式"じゃ、倒せても被害がでかいか……)
少年は両足を肩幅に開いて、足元に大きな魔法陣を展開した。
『一陣裂き駆け、干戈を断ち討つ』
詠唱していく度に、魔法陣が展開されて大きくなっていく。それと共に周囲を風が吹き荒れ、彼へと集まっていった。
「刻めッ!!! 『戦風の烈剣!!!』」
左手を上げ、空へとかざすと、風はすぐさま巨大な剣に姿を変える。手を素早く動かし払うと、連動するように"烈剣"が蔦の化け物を切り裂いていく。
少年がふっ、と息を吐いて左手を振り下ろすと、化け物は耳をつんざくような叫び声と共に、両断された。
「なっ……!」
呆気に取られる傭兵達の周囲を、風で操られたナイフが幾つも飛び回る。その軌道はやがて狭まり、持ち手に付けられたワイヤーが彼らを縛り上げた。
もがき暴れる傭兵達、一人がワイヤーを切ろうとナイフを取り出す。しかし、その前に風が集まり玉となって浮かぶと小さく音を立てて爆発した。
男は短く悲鳴を上げ、項垂れて気絶してしまった。唖然として驚く傭兵達、彼らの周囲にはすでに風の玉がいくつも浮かんでいた。
「これで最後だ、まだ戦うか?」
傭兵達の前に立った少年が、呆れたような声で聴いた。
彼らは黙ったまま互いに目配せをしていたが、誰とでもなく武器を落とした。
その音を皮切りに皆次々と武器を捨てていき、地面に落ちる音が止まったかと思えば、黒いローブの傭兵が投げ捨てるように言った。
「ああ! わかった、わかった! 降参だッ。大人しくするから、物騒なやつを解いてくれ!」