8.縮まる距離
「やはりあのリルノという女、少し怖くないか」
あれから2日、2人は色々と案を出し合い、話し合いを重ねた。が、どのような方法でも必ずどちらかが不利益を被るということで話し合いは難航している。そんな時にふとルイスがそう言った。ディアナは隠すことなく顔を顰める。
「……」
「ただ愛され気質な女、で終わらせるにはあまりに計算し尽くされている。頭がいいようには見えないが、それさえも計算のうちな気がしてならない」
「それはわかりますが…彼女のことは今は関係ないのでは?」
「関係ないかもしれない。だがやはり不自然なんだ」
ルイスは学園でのリルノの行動を思い返す。ディアナが孤独になっていった過程と併せて。
「ただ王太子妃の座を狙うのなら、アイザック王子だけに擦り寄れば済む話だ。周りがなんと言おうともアイザック王子がリルノ嬢の味方になればとやかく言う輩もいなくなる。だから本当なら、王子だけをターゲットにすればいいはずなんだ」
「…それは、そうですわね」
だがリルノは、アイザックのみならず生徒会のメンバー、さらに学園中の多くの生徒たちから本心で支持されている。ただの愛され少女にしては、上手くできすぎている。
「仮にそれでもただ王太子妃になることだけが目的ならば、君が婚約破棄された今の状況は彼女にとって都合がいいに決まっている」
だが実際、ルイスの今見ているリルノは、やはり未だに元気がないことが多い。元気がない、というか、追い詰められているような、不可解な態度だ。人のことを言える立場ではないがルイスから見ても今のリルノは何を考えているのかわからない時が多かった。
「彼女の目的は、本当に王太子妃になることなのだろうか」
「もし目的がそうでないとしたら、私は一体なんのために…」
「それも考えていた」
ルイスにはまだ不可解なことがあった。それはディアナが孤独となる決定打であった魔力の暴走、とされるもののこと。
「君の立場を徐々に追いやったところで、魔力の暴走、なんてものが都合よく起きて、ますますリルノ嬢にとって有利な結果となった。これらが、本当に全て偶然なのか?未来の王太子妃になるために、君を孤独にさせる必要はないはずだ」
「仕組まれたとは、あまり思いたくないですけれど……確かに、王太子妃になる、というよりも私の立場を奪う、の方が目的として正しいような気がしてきますわね」
現にそのままそっくりディアナのいた位置にリルノはいる。そこまでしなくとも、アイザックの寵愛さえ受け取れば王太子妃にはなれるというのに。
「何故だろう。何故彼女は…そこまでのことをしたいのだろう」
「あんな女の考えることなんて、私が知るわけないでしょう」
ディアナが本音を言うと、ルイスは苦笑いをする。
「言いたい放題になってきたな」
「お互い様ですわ」
もう本音を隠す必要はなかった。隠して滞るくらいだったら全部言った方がいい。そんな思いが二人共にあった。
「目的がなければできないだろうが、その目的もわからない。なんのために君を追いやる必要があった…」
「今現在元気がないのでしたら、もしかしたらまだ目的は…達成されていないのかもしれませんわね」
「…!」
何気なく言ったディアナの言葉に、ルイスが目を見開く。
「我々は婚約破棄という事実ばかりに目を向けていたが、あの日起こったのは婚約破棄だけではない」
「?」
「君の誘拐だ。いや実際は俺がしたことではあるが、事実君はあの日から学園を休んでいる。リルノ嬢の目的が仮に君に関する何かだとしたら…」
まだあの日からディアナに会えていないリルノが、追い詰められているような表情になるのは、筋だけは通る。
「なるほど…例えば、私を追いやるだけでなく、それ以上の……」
良くないこと、に巻き込むつもりだった、など。それこそ誘拐でも殺害でも、何かさらなる、ディアナに対する大きな目的が、あったのかもしれない。
「そんなわけない、と思いたいところではありますわね…」
「…そ、そうだな。だが、もし仮にそうだとしたら、俺のおかげで君は守られていたのかもしれないな」
ある意味、ではあるが。
「恩着せがましいですわ。誘拐の事実に変わりはありませんわよ」
「すまない」
「……」
ルイスとディアナがほとんど同時に深いため息をついた。話が広がりすぎて、終着点を完全に見失っている。
「思ったより大事になりそうだ」
「そのようですわね。ただの平穏を求めることが、こんなにも難しいとは思いませんでしたわ」
「……だが約束は必ず守る。例え俺がどんなことになっても」
「頼りに、していますわ」
ルイスの真っ直ぐな瞳と目を合わせていられず、ディアナは思わず目を逸らした。
♡
その頃、学園内ではある噂が広まっていた。
「ほら、ルイス様…」
「前まで放課後はここの図書室にいらっしゃったのだけど、最近はすぐにお帰りになられるの」
「おかげで広々使えていいですわ。あの方がいらっしゃると皆様怖がって近寄れないのですもの」
「そうなのですね。何かあったのかしら」
「知りませんわよ。どうせあの方、誰とも何もお話になられないですから…」
そんな会話のさ中、別の声が割り込んできた。
「そのお話、本当ですの?」
「リルノさん!」
話していた女子生徒たちが色めき立つ。
「珍しいですね、おひとりでいらっしゃるなんて…」
ひとりが声をかけると、リルノは曖昧に笑った。
「少し…探し物をしていましたの」
「まぁ、それは大変ですわね。探すのをご一緒…」
「いえ、それは大丈夫ですわ。私ひとりで見つけたいのです」
「…そ、そうですか…?」
リルノは話を戻す。
「それで、ルイス様が最近お早いご帰宅というのは本当のお話ですか?」
「本当ですわ。私毎日図書室を利用しておりますから、間違えるようなことでもありませんわ」
改めて聞いて、リルノの表情が少しだけ固まった。
「…………まさか、いえ…そんなこと……」
「…?」
「失礼、なんでもございませんわ。お話してくださってどうもありがとうございます。ごきげんよう」
リルノは再び美しく笑うと、女子生徒たちに背を向けて歩き出す。皆が不思議そうにその背中を見送った。