超編2話 10月21日『純白の殺意〜食費がかかって仕方ない〜』
恐怖が。
殺気が。
殺意が。
最悪が。
私の体と心を押し潰そうと、圧倒的な質量で乗り掛かってくる。
押し潰されそうな、気配だけで圧死してしまいそうな、そんな感覚が生じている。
「ねぇあなた、零火さんを知っているでしょう?」
そんな重っ苦しい空気の中、軽く、友達に質問するような声を出して聞いてくる。
答えを間違ったら死ぬ、そういう感じじゃない、本当に気楽に答えても良さそうな雰囲気。
だが、そんなわけがない。
気軽に答えていいわけがない。
そもそもレイカとは誰だ。
私はそんな人知らないぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、1人、似た名前を聞いて、さっきまでその人を見ていた。
レーカだ。
もしその人のことを言っているのだとしたら、どう答えるのが正解なのだろう。
「あーそうだ。零火さんの特徴とか教えた方がいいよね」
後ろにいる人はまたも軽くいう。
その軽さに、私なんてどうでもいい存在だと言われているような気がしてくる。
「えっとね、零火さんは黒髪でショート、服はどんなものでも似合ってかっこよくって」
そう言う声は恋する乙女のように甘く、一途にレイカを思っていることだけが伝わる。一切の不純物の混ざっていない恋心は、自論だが二つに分けられる。
一つ、他人を蔑ろにしないで1人を愛する人。
二つ、他人を蔑ろにしながら1人を愛する人。
この人は後者だ。
もし私が自分のライバルだと思えば容赦なく殺してくるような人。
それが感覚でわかる。
そして、
「今日はあのいけすかない馬鹿な女と一緒にいた」
この重い思いを伝えるには十分すぎるほどの声で、それは確信に変わる。
「知ってますよ、多分。その女性と一緒にカフェに入って、後からもう1人男性が入ってきましたよね?」
喉が、口の中が渇く。
何かを飲みたい。ブラックコーヒーでも構わない。
早く、早く答えを言ってくれ。
怖くて仕方がないんだ。
「だよね、だよね!あなたやっぱり零火さんを知ってるわよね‼︎」
・・・・・・・・・セーフだ。
生きている。私は生きている。
伝わってくる気配は変わらない。むしろ弛緩していてこちらも安心して良さそうだ。
安心できないけど。
「あのね、あのね。零火さんはね、誰にでもすごく優しくてね、私が家出してどこにもいくところがなくって、野宿してたら零火さんが助けてくれたの。どこの誰かもわからない私のことを家に連れて行って、ご飯まで食べさせてくれて、布団も譲ってくれて、私が家出した理由を聞いて、『なら帰りたくなるまでうちにいていいぞ』って言ってくれてね。5ヶ月くらいいたの、でも」
最初は楽しそうに、自分の好きな人を語っていた彼女は、最後のでも、で一気にトーンを落として、
「私は零火さんに振られた」
低いトーンで、暗く言う。
「バレンタインの日にね、私告白したの」
涙交じりの声は、殺意を向けられたわたしにも、慰めてあげたいという気持ちにならせた。
「そっ、そこでわたひ、ふらえたのぉ」
とうとう呂律の回らなくなってきたその人は、静かに嗚咽だけを漏らして泣き出した。
今までずっと我慢してきた子がするような泣き方で、体を抱きしめて、背中をさすってあげたい。そう思って、手を伸ばしかけると、彼女がまた話し出した。
「でね、私気がついたの。ううん、教えてもらったの、零火さんはとても強い人なの、とってもとっても強い人なの、なら私も同じくらい強くなればきっと零火さんと付き合えるって、だから私は零火さんの家から出て、零火さん以上の力を得るまで零火さんとは合わないって決めたんだ」
その声には、もう泣いていたなんて思える部分なんてなく、決意に満ち溢れていて、私の肌感覚に、針で刺してきているような、鋭く尖り、綺麗だと思ってしまうような殺意を向けられる。
ああそうだ、私は狩られる側だ。
「私の能力はね、殺した相手の能力をそっくりそのまま自分のものにする能力なの」
やっぱり私を殺す気なんだ。
どうやって逃げよう。
「私はね、本当は殺したくないんだよ」
なんて白々しい。
すごく楽しそうに殺したくないっていうじゃないか、本当は殺して私の能力を取る気満々だろうに。
「ごめんね、殺させてもらうよ」
「嫌だ‼︎」
叫び、走り出す。
すぐに、振り向いた方がいいと感じ、振り返り、その途中で脇腹を切り裂かれる。
振り返ったところには、名前のとおり、白い生物がいた。
切り裂かれた傷は、内臓までに到達しているのか、痛くて痛くて仕方がない。
口の中には鉄の味しかしなくて、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
血が流れ出て、流れ出すぎて、寒い。
痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。
辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌い
意識が消える。
「やっぱり、すごい能力ですね。フェンさん」
「んー」
硬い床の上でうつ伏せになっているフェン。ここでは怠慢怠惰と名乗っている女は、適当に、めんどくさそうに返事をする。
怠惰に対して毛布をかけて、目の前で仰向けになっているもう1人の方を見る。
そこに倒れているのは組織の《虹》のリーダー、コードネーム緑 笠原恵が倒れている。
右脇腹に切り傷が深々とついていた。
その傷は臍のあたりまで裂けており、この家の床下から出てきた時には、もう血を流しすぎて死にかけており、フェンの能力。『働いたら負け』がなかったら死んでいただろう。
『働いたら負け』は、一度見たものを目を離すまで動けなくする能力で、緑の傷から出る血も止まった。
「あっ、どうも假偽です、ジェイスさん今うちまで来れませんか?」
「ふぁんれ?(なんで?)」
電話した先の相手は、いつも何かを食べているジェイスという男だ。今日は何を食べているのだろう。
「怪我人です。フェンさんが治してって」
「ふぉふぁい、こえあべあらひふへ(了解、これ食べたら行くね)」
「お願いしますね」
そう言って電話を切る。
後ろを見ると、フェンさんが立っていた。
「うわっ」
珍しいと驚き、つい声を上げてしまう。
知らない人がいると寝れない。
普通は聞き取れないくらい小さな声でフェンは言って、瞼を閉じたまま假偽を押し倒して、そのまま假偽の上で眠る。
假偽はいきなり押し倒されて、床に勢いよく頭をぶつけて、声を出さずに、体を動かすことなくうめき続ける。フェンの付き人のような仕事を与えられて、こういうことはもう何回も経験しているからこそできることだ。最近では頭を丸めて、なるべくぶつけないようにするということに挑戦している。
今のところうまくは行っていないが。
痛みが少し引いた後、フェンの顔を無理やり起こして、右側の、いつも髪で隠している目を見る。瞼が閉じているので強制的に指を使って開ける。
本来眼球があるべき部分にあるのは、空洞。
眼球はない。
それを痛々しい傷を見るように見て、指を離して、フェンを下ろして、布団を敷いて、フェンを布団の上まで運んで毛布をかける。
そしてもう一組布団を敷いて、その上に動きを止めてある緑を下ろして、毛布をかける。
そして待つこと数十分。
右手に大きなコンビニ袋を携えて、口の中の飴玉をガリリッと噛み砕きながら、ジェイスが現れた。
ジェイスの容姿は小学生並みの小ささで、その体になぜそれほどの量の食べ物が入るのかいつも気になっていた。
「おーこいふあぁ(おーこいつかぁ)こひゃひへーひふらなぁ(こりゃひでー傷だな)あにでやられはんは?(何でやられたんだ?)」
飴玉を四つ口の中に入れてからジェイスは喋る。食う前にしゃべってくれねぇなぁといつも思っている。
「それはわかってないです。うちにきた時にはもうこうなってて」
ふーんと頷き、口の中の飴を噛み砕いて、コンビニ袋の中から板チョコを取り出して、包装ごと噛みちぎって食べる。
漫画とかだとよくある描写だが、リアルでやるとこれほど異常に見えることもそうそうあるまい。
チョコを食べ終わってから、「そいじゃいただきます」と言って、緑の傷口に歯を立てて齧り付き、
緑の傷は消えた。
ジェイスの能力。
『手を合わせていただきます』は、全ての結果、概念に齧り付くことで、無かったことにしてしまう能力。
その力で緑の傷をなかったことに(ジェイスの言い方だと食った)したのだ、そして、記憶すら同時に食べ記憶を消したのだ。
本当にすごいや。
假偽はそう思う。
「ありがとうございました、これで頼みたいことは終わったので」
「報酬はカレーがいい」
報酬を与えるとは僕は一言も言っていないんだが。
でも、ここで駄々こねられても困るしな。
そう思い、カレーを作ることを決心して、スーパーに行って、カレーの具とルー、それともしものためのレトルトカレーを20袋。
これだけあれば足りるだろう。
米が足りるかは心配だが。
そう思っていた假偽は念のため2キロの米も買ったのだが、全然足りないとジェイスに言われて、フェンは食べさせてやらないと一口も手をつけず寝ようとする、そして米を炊き終わるのを待ちながらフェンに食わせなくてはいけないと言う状況に陥るとは、全然思っていなかった。




