感情大戦 対憎悪 14時21分
憎悪は畏怖の頭部を掴み、少しの躊躇も見せることなくアスファルトに叩きつける。
アスファルトが円形にへこみ、周囲の塀や家にもヒビを入れ、指がアスファルトに突き刺さっている。
畏怖の頭部を潰し、肉片と脳症と血液を手に張り付かせ、その上でアスファルトに指を突き立てているわけではない。
掴んでいた頭部は消え、首無しが右手に刃渡り2メートルを超える大剣を持っている。
首無しが大剣を憎悪の首を目がけて振るい、アスファルトを砕きながら後ろに跳んで避けた憎悪を奇異が同じくアスファルトを砕きながら追い、憎悪が着地し、膝を曲げたところを奇異が殴りつける。
その一回で奇異の攻撃が止まるはずもなく、避けられた右手の、上から下に抉るような殴りの威力はそのまま次の攻撃、左足の踵での回し蹴りに利用され、頭を狙ったそれを憎悪は捕ろうと構え、それに気づいた奇異が回し蹴りの軌道を無理やり脇腹へと変える。
憎悪も脚を捕ることから避けることに目的を変え、2歩下がって回し蹴りをやり過ごし、右手のストレートでやり返す。
奇異がその拳を左肩に受け、右フックでやり返す。
憎悪が右左のワンツー、首を右に傾け避け、左フック、返しで肘、脚を狙った蹴りを跳んで避け、奥から首無しが切り付けてくるのを空中を蹴りもう一度跳んでかわし、距離をとって着地。
短く一呼吸する間に首無しが距離を詰め、細く軽く二刀となった剣を姿勢も格好もプライドもなしにひたすら早く振り回し、右手の人差し指中指を第二関節から、薬指を第一関節から、左手は手のひらを縦に、臍から右脇腹に切り裂き、最後に縫い止めるように二刀とも投げ憎悪の足首に刺さり、貫通し、アスファルトに刺さる。
憎悪が力ずくで右足を後ろに下げ、自分の肉も骨も関係なしに抉って引き抜く。その時には腹の傷も両手の傷も治っており、回復力の高さがわかる。右足を後ろにつき、左足も同じように引き抜いている間に畏怖が顔を殴りつけ、お返しと言わんばかりに憎悪が手刀を畏怖の腹に突き立てて内臓を掴み自分の手と共に引き摺り出し、畏怖の後ろから現れた奇異に頭部を半分抉られる。
脳を一部破壊され、憎悪が畏怖の内臓を手放し、内臓がゆっくりと自動的に元の位置に戻り、腹の傷も完全に癒えるのと、憎悪の頭部が元に戻るのはほぼ同時、憎悪の方が0.02秒ほど遅かった程度だ。
「はっ、随分と人間やめたのね化け物が」
「えへへ、ちょっとね、色々あったんだ」
「ふーん、何かは知らないけど、なんで生きてるのかな、色色あったんなら自殺でも他殺でも死んじゃえばよかったのに」
奇異の悪意のある言葉に畏怖は表情を暗くして、まだ元に戻るという希望に縋るように姉を上目遣いに見る。
その姉妹のやりとりを見て、憎悪は嫌悪感を隠そうとせずに息を吐き出して、呆れたように奇異を見下して、悪意を込めて言った。
「ねぇ、いい加減悪ぶるのやめたらどうなの?」
「えっ⁈」
「・・・・・はぁ?」
畏怖が姉の横顔を目を見開いて凝視し、奇異が憎悪を睨みつける。
「ねぇ、何を言っているのかしら?私が悪ぶってる?寝言は寝て言いなさいよ。能無し」
「それが腹立たしいんだって、いい人のくせに、ただの優しい人のくせに」
奇異の言葉に憎悪が歯を噛み締めて、怒りを込め、忌々しそうに、憎々しそうにに呟く。
「なんなの、あんたは人が傷ついてる時は手当てして、人が苦しそうにしてたら寄り添って、人が泣いていたら慰めて、人が辛そうにしてたら泣いちゃうような、そんな優しすぎる人でしょう」
憎しげに、苛立ち、苦しみ、悲しみ、悲しそうに憎悪は奇異を睨み、畏怖が憎悪の言葉に力強く頷き賛同する。
「私はただの「うるさい!」
憎悪が奇異の言葉を遮り、ヒステリックに叫ぶ。
「あんたはいい人なんだよ!優しい人なんだよ!なのに悪ぶって!人が傷ついてたら塩を塗って!人が苦しそうにしてたらさらに苦しめて!人が泣いてたら見下して!人が辛そうにしてたら罵詈雑言を投げつける!そんなふうにしてわざわざわざさわざわざざざざざざざざざざざざざ!悪るるぶっててててえええええ!痛痛痛痛痛痛痛痛しくて!見てらんないんんんんんだだだだよだよだよだよだよだよよよよよ!」
途中狂いながらも憎悪は溜め込んでいたものを吐き出し、畏怖は嬉しそうに瞳を潤ませて「やっぱりそうだったんだ、お姉ぇちゃんは変わってなかったんだ」とうわごとのように呟く。
「ちが「違わない!」
憎悪がまた遮る。
「違わない違わない違わない違わない違違違違がががががががわわわなわなわなわななななななわなわないいいい!」
首、腕、脚、上半身と下半身が骨の砕ける音を立てて何回転もし、デタラメに折れ曲がり肉は引きちぎれ、骨が飛び出し血液も噴き出し、異形の体がより人のものから離れ、それが5秒かからずに全て再生し元通りになる。
「はっ!気持ち悪い、本当に人間やめちゃって」
「違う、もともと人間じゃない。私は今更人を殺したところで何も思わない、また殺しちゃったって思うだけ、でも悪意が好きだとかなんだ言って私を裏切った人は、自分の指をぐちゃぐちゃになるまで噛み続けて、しかもそれに気づいたらこれは私が受けて当然の罰だとか言ってるんだよ。それって罪悪感を感じてるからだよね、悪人は罪悪感なんて感じないんだよ」
「違う、私は悪だ。この世に善なんてなくて、あるのは悪と偽善だけ、善行なんてないし、善人だっていないんだよ」
しつこく否定する奇異の瞳が僅かに泳ぎ、言葉にも勢いがない。
「なら、なんでそう考えるようになったか教えてよ、私にとってはお姉ぇちゃんはただの善人なんだよ」
そこを逃さず、畏怖が姉に強い口調で訊く。
「はっ。そんなの、考えればすぐにわかるでしょ?」
簡単なこともわからない妹を哀れな目で見て、奇異は答える。
「私は、人を殺してるの。人として当然の欲求をちょっとだけ強引なやり方で発散しただけの善人を殺したのよ?これが悪人じゃなくてなんなのよ」
畏怖にはわかる。自分の姉が本心からそう言っていることを、自分の顔を殴りつけ、両腕の骨を折られ、それ以外の骨もいくつか折られていたと言うのに、そして避妊も何もせず自分の欲望のための慰み物にされ、その相手を善人と言う。
そんな狂った考えを本気で言っていることに、畏怖は数年ぶりに姉の異常性を認識した。
もちろんそれは憎悪であっても例外ではなく、奇異は特殊な考えを持っていることは知っていたがここまでとは知らずに、狂っていると、そう思っていた。
そんな2人の反応に首を傾げ、
「何をそんなに不思議に思っているのかさっぱりなんだけど、当然でしょ?あの人たちにとって私は道具と同じ扱いだった、だから私も道具のように扱われていればそれでよかったのよ?なのに、ちょっと怖かったからって、そんな程度のことで人を殺したのよ?その後も、私に手を差し伸べてくれる人がその人たちに重なって、この人たちもあの人たちと同じように私を扱うのかと思って、それで少し怖くなったからってその人たちもあの人たちと同じように殺してしまったのよ?これが悪じゃなくてなんだって言うの?」
「いや、いやいやいや、お姉ぇちゃん。それは本当に異常だよ。普通そういう考えにはならないって・・・・・・どう考えたってあの男どもが悪じゃん!なんでそいつらを庇うようなことをッ」
畏怖が叫ぶのを堪えるように歯を食いしばって唸る。両手を強く握りしめて拳から血が滴る。
それを見ても、どうして妹がこんな反応をしているのか奇異には少しも理解できない。
警戒を解いて油断している奇異を、憎悪は殴りつける。
容赦のない一撃は、急所には入らず、右肩を砕くだけにおさまり、肩が外れることもなかった。
奇異は吹き飛び地面を跳ね、畏怖が大剣で斬りかかる。
憎悪が畏怖の一閃を体勢を低くし避け、首の後ろの襟を掴み引っ張り押し倒す。
「説明する。だから聞け」
その言葉に畏怖が暴れるのを止め、話をする様に促す。
「奇異ちゃんは、自分が加害者だって思ってる。人を殺した加害者だって。だから、奇異ちゃんが自分が被害者だって思うようにしたいの、手伝って」
どこが破綻している理屈で憎悪は語りかけ、畏怖はよくわかっていないが、それで姉が前のようになってくれるならと、承諾する。
「そう、ありがとう、じゃあ殺すね」
感謝の意のこもった殺害予告に、憎悪が自分の姉の周りにいる全てを壊すことを目的としているのだと理解する。
それは正解だった。
どれだけ殴って、蹴って、傷を負わせて、言葉で責めて、それでも奇異は自分が悪いと信じて疑うことなく、どれだけやろうとダメだったから、憎悪は周囲の全てを殺し壊し『自分は不幸なんだ』と『どうして自分がこんな目に遭わなくちゃならないんだ』と思わせる方に考えを変えたのだ。
そして、その考えを理解した畏怖は、目を閉じて薄く微笑んだ。
「お姉ぇちゃんに、大好きだよって伝えて」
「わかった」
憎悪が答えた瞬間に、畏怖の首が横に飛び、空中で不自然に止まる。
不自然な挙動に憎悪が見ると、跳ねられた首から頭部へと細い糸のようなものが伸び、繋がっている。その糸が少しづつ短くなっていき、頭部は元の場所に戻り跡も残さずに治る。
そして畏怖は道路の先を見る。
「なら、そうだよ、私は悪だ。やってやる。悪が私だ。世界が悪だ。壊してやる。殺してやる。全部。やってやる」
道路の先には、腕が触手のようにうねって、口の端から言葉と共に火を吹く奇異の姿があった。
人の姿で人にはできないことをするその姿は、まるで異形のようであるものの、既に異形である憎悪と畏怖の2人は敏感に、目の前の奇異が異形でないことを察する。
ゆらゆらと揺れる奇異が飛びかかってきて、反応が遅れたのは憎悪だった。
自分の知っている奇異にはない能力を使っている事実を飲み込めずにいたからだ。
その隙は大きく、奇異の腕の形がぶれ、世界が回転し、自分の体が四つに割れているのを見て、自分が切り裂かれたことを自覚し、すぐさま再生を開始する。
「壊してやる。殺してやる。私を信じてくれる人、優しくしてくれる人、全員野球壊して殺せば全員私を悪人だって認める。やってやる。殺してやる。殺してやる」
ぶつぶつと呟く奇異の目は死人のように虚で、足元で再生しきった憎悪に気がつかない。
腕が振るわれ、両足首を骨ごと抉り、奇異が体勢を崩し両手を地面に突く。
抉れた足の傷がボコボコと膨れだし、膨れ上がった肉が足を形作っていく。
その再生の仕方は異形の素早く元通りに再生するという法則からは外れていて、改めて2人は自分の知っている大事な人が、人間の枠も、異形の枠にすら収まっていない人外だと思わされる。
「お姉ぇちゃん!」
畏怖が細い腕で殴りかかり、その腕は掴まれ、引っ張られ肩が外れる。
すぐさま首無しとなり、掴まれたのとは別の腕に大剣を持ちそれを振るう。
奇異の触手のようにうなる腕が、刹那の間に人間の稼働限界を超え回転し、掴まれていた首無しの腕も同様に周り、人の肉体よりも硬く、決して柔らかくないその肉体を肩からちぎり、自分の肩に大剣が突き立てられるのも気に留めず、「まず1人目」呟いてちぎった腕を振るって首無しの脇腹を抉り、返す刀で心臓部に突き立てその隙に憎悪が容赦なく奇異の首を回す。
5回転した奇異の首は、5回転分の速度を伴って加速し、その速度で首を伸ばし、後ろにいた憎悪に頭突きをする。
心臓に自分の腕を突き立てられた首無しはその腕を引き抜き、ちぎられた肩の傷口に腕を合わせ再生させ立ち上がり、置いた大剣を取って本気で憎悪を斬りつける。
「殺す殺すころろすろすろすろす殺戮殺戮戮戮戮戮毒殺絞殺圧殺殺殺殺殺」
正気を失った憎悪は畏怖の大剣をまともに受け、潰されたトマトのように頭部から中身を飛び出させる。
奇異に目的以外で殺そうとした憎悪を一度殺し、その畏怖を奇異が後ろから抱きしめるように首と腹部に腕を回し、首に巻き付かせた腕は畏怖が先には切り落としたが、腹部の腕は、切り落とすのが間に合わず、奇異が力を入れて無理やりに引きちぎる。
千切られた腹が血液を糸につながり回復し、切り落とされた腕がボコボコと膨らむ肉によって再生し、つぶされた顔が元通り再生して、頭陀袋の下の顔が露わになる。
奇異にとっては予想通り、畏怖には初対面のその顔は、かつて羨望嫉妬と名乗った本名ユエの、薄幸少女だった。
憎悪は顔を恥じるように隠し。
「いいなぁ」と呟く。
指の間から見える瞳は狂気に染まり、ついで決意に満ち、瞳を動かし、困惑の色を浮かべる。
「『羨望すれど努力はせず』」
ユエは呟き、自分の首を掻き切り、鮮血を噴き出し、
「ほら、奇異ちゃん。妹が死んだよ。これであなたは被害者だ」
突きつけるように奇異に言った。
『羨望しても努力せず』
その能力の効果は攻撃した相手に、5分後から好きなタイミングで乗り移ることができるというもの。
畏怖は異形としては不完全で、人の姿の時には人と同じぐらいの力しか出すことができない。同じ異形として、ユエはそれを察し、首無しの体に乗り移り、回復できない人の状態にして首を掻き切り、意識が消失する寸前に自分の体に戻った。
ただそれだけ。それで殺しただけだ。
それでまさかこれほどまでになるとは、憎悪も思っていなかった。
切断力のない腕が振るわれ、その速度に対応できずに五指全てが腹部を圧迫する。
口から内臓が飛び出すと錯覚するほどの一撃は内臓破裂、背骨をへし折るには十分な威力を持っており、口から血液を吐き出しながら塀も家も破壊しながら飛び、止まった先で一瞬だけ体が痙攣し、10の槍と化した指が両目を潰し、喉を抉り、心臓を突き刺し、四肢の付け根を穿ち、体が持ち上げられ胴体を貫いた2本の槍はそれぞれ大腸、小腸を纏わせながら背中から外に出る。
そして5本ずつ、左右に分かれて憎悪の体は2つに裂かれ、憎悪が再生しようとするのを無理やりに引きちぎってまずは右足。頬を引き裂き喉を押し広げ、膝までを飲み込み咬みちぎってから炎で焼き灰にする。
その間も憎悪は再生し、炎で火傷した喉と口、切り裂いたほおに毒々しい色の頬袋が生まれる。
口を開き、頭部が一つになって全身が一つの物体になった憎悪の太ももに噛みつく。みるみるうちに毒々しい色だった頬袋がしぼみ、人の肌と大差のない色になり、代わりに憎悪の全身が激しく痙攣し出し、体が仰け反り、眼球の潰れて槍の刺さった眼球の端から赤い涙が流れ、口は叫びの代わりに沸騰した水のようにゴボゴボと音を立て血が噴き出す。
さっきも何もなく、そういう機械であるように腕を振り、首無しは奇異を両断する。
異形になれる人間が死ねば、その死体は異形となる。
体が左右に裂け、体内から6本の太い骨が首無しの体に突き刺さり飲み込み大剣を吐き出し再生する。
奇異が首無しに関わっている間に憎悪は毒を解毒し、肉体を完全に再生し、前から拳の一撃を叩き込む。
その一撃は軟体動物のように柔らかい身体に衝撃を吸収され、内側にめり込み、その内側から折れた骨が突き出し、骨を中心に肉が引き裂かれ腹の中から首無しが出て、血に塗れた全身を外に出す。
外に出た首無しと外にいた憎悪がぶつかり転ぶ。
起き上がりながら横に切り、奇異の胴体が2つに分かれる。
憎悪が斬られた下半身を遠くに蹴り飛ばす。
ボコボコボコボコと急速に肉が膨らみ下半身に届き、再生を開始し、首無しが8つに上半身を刻み、憎悪がよっつ、左頭部、左肩、臍より上の右腹、そして下の右腹をそれぞれ別方向に飛ばし、手刀で左頭部を潰す。
なのに死なない。
切断された傷がぶくぶくと膨らみ、人ではない何かになり、人を形作っていく。
腕が6本になり、全ての腕が成人男性並みに肥大化し、瞳孔が六つになり髪の毛一本一本が銀行の金庫すらも抵抗なく貫く針となって、全身が金剛石と同じだけの強度を持ち、100メートルを3秒で走り、それを一年だろうと継続できる体力を得て、どんな傷も回復する。
人を超えた怪物に奇異は成り、それを嫌悪するものは憎悪しか居なくなっていた。
その憎悪も、六本の腕が大鎌になり、硬度全てを速度に変換し、髪を束ね槍として両手両足首と胴を切断され、心臓を槍に貫かれ、地面に叩きつけられて内臓が破裂し、砕けるアスファルト、土の中の石その全てに肉を抉りすり潰されれば、再生限界を迎え死に至る。
「何が起こったか。よくわかってないでしょ?」
気付けば目の前で、虹色に光り輝く部屋で絢爛豪華な椅子に座ってニコニコと笑っている男がいた。
誰かを問おうにも声が出ず困惑する。そんな自分の様子にも気づかず、気づいていたとしても無視しているのだろう。
「実はさ、今の奇異ちゃんは能力量が急に多くなりすぎて暴走しているようなものなんだ。でも能力の使い方自体は理解してるんだよ。だから君の脳みそが理解できない速度で殺されたんだ」
どこまでも続く白い部屋の中で黒い服を身に纏って立っている女が言った。そのことにユエは気づかないまま書いた言葉を反復する。
理解できない速度で?
なんでそんなことに。
奇異ちゃんの能力は人を殺すことに特化している。速度を上げるとかそういうことはできないはずなのに。
「それでユエちゃん。君は憎悪じゃない。傲慢だ」
右側は黄色、左側は青色の部屋の中心で、緑色の明日に逆さまに座っている男児にユエは気づかない。
は?何を言っているこいつは。
そんなのは知っている。
自分の本質を知っていない異形はいない。
「まぁ、こういうところ爪が甘いというか、なんというか、本当にやれやれって感じ、まぁ1000年も生きてない人は赤ちゃんみたいなものだしね」
赤、青、黄、緑と色を変える部屋の中で女児は跳ね回っている。
「狂滎君の傲慢と、ユエちゃんの奇異ちゃんには私だけいればいいって考えや、私なら奇異ちゃんを普通の人にしてあげられる、みたいな傲慢がうまい具合にかみ合わさった結果が傲慢の異形だ。伏線なんて何にもない、最悪の展開だよね」
極彩色の部屋の中で4本の腕と2本の足を組んで男が空気椅子をしている。
「まぁ、復活した直後に殺そうとしたのは笑ったよ、ケラケラ〜ってね。まさか救う方法があんな乱雑なものだなんてね。ほんとその程度の考えしか持てない君に、僕は同情しかできないよ」
騒がしい部屋の中で妙に通る声で腰の曲がった老婆が言う。
「だから同情ついでに、君にも能力をあげようじゃないか」
さまざまなお菓子のパッケージが部屋の模様となった場所で腰の曲がった爺さんがおかしなポーズをとる。
「刹那ちゃんや劫ちゃんにあげたみたいに」
くるくると回転し続ける部屋の中で、瞳が7つもある怪物がもくるくると回る。
「奇異ちゃんにあげたみたいに」
聞いたこともないほどの美声の歌声が響く部屋の中で、無粋な声が響く。
「君にあげるのは二つだけだけ。僕の知ってる能力の中でそこそこ凶悪なやつ」
濃霧の中で姿の見えない男の声がこだまする。
「前にはねぇ、自分の言葉に同意した人を操れるなんてぶっとびがあったんだぜ?瞬間再生っていう死ぬような傷も1秒足らずで回復しちゃうやつもあった」
鏡の部屋の中で無数に増えた男と女と男児と女児と老婆と爺さんと怪物が話す。
「さぁ、行っておいで」
能力の使い方は、脳内で勝手に理解できた。
もともと知っていたかのような自然さで、私は最後の力を振り絞って呟いた。
「私が死ぬことを否定する」
バラバラになった体で息をしていないまま、意識が継続される。
能力『否定』
「私の傷が1秒以内に治らないという事実を拒絶する」
首だけでもしゃべれるかどうかは賭けみたいなものだったんだけど、うまく行った。
私の体はすぐに治り、異形の力を使って外に飛び出す。
外では首無し、奇異がほぼ互角に戦っていた。
押されているのは首無し。
手数、速度、威力、その全てで首無しが負けており、首無しの能力『分別要らず』が自分の切りたいと思ったもの全てを切れる能力じゃなかったらもう敗北していただろう。
「首無し、朝金奇異が動くことを拒絶する」
大剣が振りかぶられ、こめかみから腰まで切り落とそうとしていた首無しと、六本の腕のうち3本で頭、腕、腰の三か所を掴み、残りの3本の腕の拳を固め、腹部のワニのような口で胸部を食いちぎろうとしていた奇異の2人共の動きが止まり、
「朝金奇異が暴走状態にある事実を否定する」
「せいかーい。ピンポンピンポ〜ン!」
目の前の男が金銀財宝に溢れた空間の中で、座布団に正座しながらうるさいくらいに拍手をして、ふざけた調子で言ってくる。
「いやー、いい使い方だったよ、これで決着だ。憎悪の感情はこっちで回収しておくからさ。君も、来世はまともな人生を歩めるよ。僕が保証する」
腕が羽毛の羽となり、足が縄で縛られ、小学生並みの子供が天井から逆さまに吊るされていることに気がつかない。
なんだこいつ。変なことを言ってきて、腹立たしい。
来世はまともな人生を歩める?
何を言っている。今私はまだ生きている。死ぬことを否定して生きている。
「だからね、この能力はそこそこ強いから剥奪するの。大丈夫。本当に幸せになれるから。ほら、最近毎日が幸せしかなくて辛いことなんて起こらない世界にみんなが行けるように祈る、なんて、すごいいい子がいるんだ。そんな子に生まれ変われるようにしてあげるよ」
過去の、数十回分の人生でついた傷全て、両手両足の欠損、縦に裂かれた両手両足、肉体も体を縦に割かれ、口の中で手榴弾が爆発するし、両手を釘で刺し貫かれている。そして内臓破裂、内臓摘出、頭の解剖、指の切断、舌の切断、剥がれた爪、食いちぎられた肩肉、焼かれた肌、抉られたよう眼球、剥がされた皮膚、その全てが宙に浮かび、残せるだけの傷を体につけた自分が、優しい目つきで見てきていた。
大丈夫。僕にはできるから。
男がそう言って、手を振った。
奇異の体から人間にはない部分が無くなり。
首無しの持っていた大剣が畏怖の頭部となり。
ユエの体は両手両足首胴を切断され、心臓を貫かれていた。
「え?なにこれ」
生き残った奇異が呟いた。
「え?あっ、ぁあ」
自分の行動を思い出した。
「あ、あはっ、あはは」
笑った。
「これで、これで、私はちゃんと悪になれた」
口角を吊り上げる。
「私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ私は悪だ・・・」
悪意に満ちた笑みを浮かべ、悲哀の涙を流し、後悔に自傷する。
高笑いに隠れて、心が崩れていく音は誰にも届かなかった。
首無し(憎悪の異形 朝金畏怖)対 朝金奇異 対 傲慢の異形
14時28分 決着 勝者 朝金奇異




