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カミチギリ  作者: 白雪
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 昨日は色々あった。スサノオという神と契約し、神契りになり、マガツカミと戦い、倒した。

 「スサノオ…か」

 『なんだ、呼んだか?』

 声とともに銀髪の男がスッと現れた。鋭い目つきに紺碧の瞳。筋骨隆々の上半身には、紫色の数珠のような首飾りと銀色の胸当てがあり、その上には漆黒の衣を羽織っている。下は紫色の腰巻に、上と同じ黒の服。左右の手首には銀に紫の模様の入った手甲。

 「なぁ、スサノオ。アンタは神様なんだよな?」

 『そうだ、俺は神だ』

 「なんで俺を選んだんだ?」

 それが一番の疑問だった。祈っていたわけでもなく、信心深いわけでもない。

 『お前が阿呆みたいにマガツカミに突っかかって行っただろう。あれはマガツカミに抵抗する意志があったということだ。まぁ、あのまま俺が助けなければ喰われていただろうがな』

 スサノオは、がはは、と笑った。

 抵抗というかクシナが危なかったから…あの後逃げるつもりだったし…。

 『俺はマガツカミ共が嫌いだ。あの淀んだ感じ…腹立たしい。普段は人間共など助けたりはしないのだが…このシンコルが俺を呼んだのでな』

 リクが呼んだ? 神の使い…だから…?

 「リク…いやシンコルと意思疎通できるのか?」

 『ああ。このシンコルはお前をとても気に入っているぞ。お前を喰われたくなかったらしい』

 リクはスサノオの肩に乗った。

 「スサノオは武神だろ? わざわざ俺に力を貸さなくても、自力でマガツカミをなんとかなるんじゃないのか?」

 『知らんのか。マガツカミは人間の手でしか倒せんのだ。神は戦う力を与えることはできても、倒すことはできん』

 「マガツカミは人間の手でしか倒せない、が、人間にはマガツカミと戦う力はない…」

 『だから人間共は神に助けを求めるのだ。力が欲しい、と。俺は武神だ。戦う力を貸すことくらいしかできんがな』

 戦う力。俺はマガツカミと戦える力を持った。

 『お前がどうしたいのか、だ。まぁ、この国の人間がどうなろうと知ったこっちゃないだろうがな。お前はこの国の住人ではないようだからな』

 「なんでそれを知ってるんだ?」

 スサノオはリクを指差した。

 『こいつが色々教えてくれたぞ。お前の兄貴の事もな。とんでもない兄弟だな、揃ってこんなところに転移してくるなんて』

 確かに、こんな事に兄弟揃って巻き込まれるなんて、運の悪い兄弟だ。


 「そういえば、神様だろ? スサノオって呼んでいいのか?」

 『俺は神だが人間にヘコヘコされるのは好まん。スサノオで良い』

 ちょっと変わった神様なのかな…?

 「スサノオって…ちょっとアレなのか? 神の中じゃ変わった部類の…」

 『昔、《天界》で暴れすぎてな、追い出された。して地上に降りた。俺は神々のすました感じが嫌いなのだ。思い出すだけでイライラする』

 室内の空気がピリピリする。スサノオの周りがピッと光った。

 

 「ははは…。そういえば、あの時の剣…」

 『あぁ、あれは《アメノムラクモ》。昔ヤマタノオロチという頭が八本もある蛇と戦った時に、ヤツの尾から出てきた剣だ』

 スサノオが右手を前に出した。

 『八雲立つ てん叢雲むらくも

 何か呪文のようなものを言うと、スッと例の剣が現れた。

 漆黒の片手剣。幅広の刀身も柄も全てが黒く、鈍い輝きを放っている。

 『俺と同じようにやってみろ』

 右手を前に出し、スサノオが唱えた呪文を復唱した。

 「八雲立つ てん叢雲むらくも

 スサノオの手から剣が消え、俺の手に現れた。アメノムラクモは見た目よりも遥かに軽く、持つのに苦はない。黒い刀身は光を反射するのではなく、吸い込みそうなくらい深い闇を放っている。鍔には蛇の刻印、柄頭からは紫の布が垂れている。

 

 「軽い…見た目と全然違う」

 以前、修学旅行先で持った模造刀は重く、昔の人々はこんな重い物を振り回して戦っていたのか、と感心したものだ。

 

 「カイトー‼︎ 朝飯だぞー‼︎」

 階下から俺を呼ぶ声がする。ミナセさんだ。

 「スサノオは飯とか食べるのか?」

 『俺は戯れに食う事はあるが、生存のために食べる事はない』

 「よし、挨拶も兼ねてスサノオも来い」

 『お前な、なんで神が人間に挨拶などせんといかんのだ』

 それもそうだけど…

 「俺の中にいるんだろ? じゃあスサノオも居候だろ」

 『……お前、俺をなんだと…』

 「ほーら、行くぞー‼︎ ミナセさん、怒ると怖いんだから」

 『………』

 こうして、俺とスサノオの共同生活?が始まった。



 『我が名はスサノオ。神だ』

 ミナセさん、クシナ、に向かって自己紹介をする神、スサノオ。

 スサノオが名乗った途端、ミナセさんとクシナは椅子から降り、床にひれ伏した。

 「この度は我が村へのご降臨、このクシナをはじめとする村をお助けいただき、誠に感謝いたしまする」

 他に周りにいた村人たちも、同じようにひれ伏した。その中心に立っているスサノオと俺。

 『良い、アマトの民よ。面を上げい』

 スサノオが小声で俺に言った。

 『普通の人間はこうなるのだ、お前と違ってな』


 『アマトの民よ、我は神だが、いちいち床にひれ伏さんで良い。我はそれを好まん』

 そう言ってもなかなか変えられるものではないだろう。村人がそのままの姿勢でいると、

 『おい、人間共。聞いていなかったのか?』

 「まぁまぁ。徐々にだよ、徐々に」

 スサノオの方をぽんぽんっとすると、村人はザワザワした。神に無礼だ…とか、神をなんだと思っているのだ、罰が当たるぞ…などと聞こえた。

 ふんっ—と言いながら椅子に座るスサノオ。

 ミナセさんとクシナは立ち上がり、「失礼いたします」と言いながら椅子に座った。

 

 「お口に合うかわかりませんが…」と申し訳なさそうにミナセさんが朝食を持ってきた。

 スサノオは『なんだコレは』とか言いつつ、もぐもぐ食べている。

 「なぁ、スサノオって歳幾つなんだ?」


 ガチャンッ—何かが落ちる音。音の方を見ると、ミナセさんが引きつった顔をしている。コップを落としたのか、飲み物がこぼれている。隣のクシナは頭を抱えている。

 何やってんだ? この二人…。


 そんな二人を横目に、スサノオは答えた。

 『歳なんぞ気にしたことがないな。人間の寿命は百年程度だろう? 神には寿命というものが存在せん』

 「じゃあ色々と詳しいのか? このナカツクニに関して」

 『あまり詳しくはないな』

 「過去の神契りに関して知っていることはないか?」

 何か兄貴の事を知ってはいないだろうか。


 『知らんな。その辺りの知識はお前たちとそう変わらんだろう』

 そうか…。

 『元の世界に帰る方法か?』

 「そうなんだ…スサノオが何か知っていればな、と」

 そうそう簡単に見つかるものではないか。


 『……確証はないが《黄泉比良坂》という場所がある。そこには異界へ通じる大穴があるらしい。その大穴がお前のいた場所に通じているかはわからん。俺も見た事も入った事もないからな』

 黄泉比良坂か…あの世、と呼ばれる場所だったはず…。

 「それはどこにある?」

 『《廃都タカマガハラ》だ。マガツカミがウヨウヨしている』

 廃都タカマガハラ…そこに行けば…もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。


 「廃都タカマガハラ、か…」

 ミナセさんが呟いた。

 「知ってるんですか⁉︎」

 ミナセさんがゆっくり頷いた。

 「あぁ…ソラトがマガツカミを倒し、姿を消した場所だ」

 兄貴が姿を消した場所…そこに行けば何かわかるだろうか。

 「神契りがマガツカミを倒す旅の最終目的地だ。今まで何人もの神契りが命を落とした場所。マガツカミが生まれる禍の根元…」

 マガツカミが生まれる場所…どんな所なんだろうか。そこで兄貴は、マガツカミを倒し、姿を消した。そこに行けば、何かわかるかもしれない。

 「廃都タカマガハラって…遠いのか?」

 『遠い。西の最果てだ』

 恐らく、ナカツクニに電車だとか車だとか交通手段はない。行くとしたら…徒歩か。

 「歩いて行ける?」

 『人間は歩く以外に移動手段があるのか?』

 やっぱり…この村を見ていて感じてはいたが。

 「行くのか? 廃都タカマガハラに」

 「俺は…廃都タカマガハラに行きたい」

 「簡単な旅じゃないぞ?」

 「わかってます」

 ミナセさんは腕を組んで、無言になった。何か考え事をしているらしい。

 

 「カイト、廃都タカマガハラまでの旅は困難なものだ。危険なケモノも出るし、危険な場所も沢山ある。もしかしたら…命を落とすかもしれない。それでも行くのか?」

 廃都タカマガハラに行けば、何かわかるかもしれないし、わからないかもしれない。

 兄貴が何故廃都タカマガハラで消えたのか、黄泉比良坂から元の世界に戻れるのか…自分の目で見なきゃわからない。

 「行きます。いや、行かなきゃいけない。元の世界に戻れるのか、戻れないのか、兄貴が何故そこで消えたのか。俺は知りたい」

 『ふん。またあのジメジメした所に行くのか…』


 「わ、私も行きます‼︎」

 クシナが立ち上がった。

 『嬢ちゃんはやめておけ。死ぬぞ』

 「私、これでも巫女です。強くはありませんが、術式が使えます‼︎ 少しでも力に慣れれば…」

 『術式か…』

 術式? まじないみたいなものか?

 「術式って?」

 

 『術式は、特定の神とは契約はしないが、神の力を借りて使う術だ。傷を癒したり、火を起こしたり、様々なことができる。だが特定の神と契約しない分、効果は小さい』

 すごいんだな、クシナ。でも危険な旅に連れてはいけない…。

 「ダメだ、クシナ。俺もまだ知らないけど、死ぬかもしれない旅に連れてはいけない」

 

 『ヤツだ。カイト、来るぞ』

 スサノオが呟いた。

 ヤツ? 何が来る?


 「うわあああああああっ」

 重くなった空気を、村人の悲鳴が切り裂いた。店内は何事か、と騒ついている。

 外に出ると、昨日より一回り大きいマガツカミが羽ばたいていた。


 『ちっ。やっぱり気にいらねぇ。お前を探しに来たんだろうな。カイト‼︎ 俺はお前の中に戻る。呼び出し方は覚えたな?』

 「よし…やってやらぁ」

 スサノオはスゥッと消えた。

 


 「八雲立つ てん叢雲むらくも

 右腕に剣の重みを感じる。

 『昨日のより大きい。油断するなよ』

 —わかってるさ。

 マガツカミに向かって走り出す。それに気付いたのか、鼓膜を引き裂かれるような叫び声を上げた。

 体が軽い、足も速い。まるで自分の体じゃないように感じる。あっという間にマガツカミの真下まで走り込んだ。マガツカミが脚の鋭い爪で掴もうとしてきたのを、間一髪で躱し、がら空きになった腹部を下から上へ切り上げる。

 「キシャァァァァ」

 マガツカミは悲鳴を上げながら上空に逃げる。

 —これじゃ届かないな…

 上空へ逃げたマガツカミを火の玉が追い打ちをかけた。さらに二発の火炎の玉。

 誰か加勢してくれているのか? 背後に視線を向けると、クシナが両手を広げ、何か呪文のようなことを呟いている。そして口を大きく開けると、先程の火の玉を口から吐き出した。その火の玉は地上に落ちたマガツカミに直撃した。

 「カイトさん‼︎ 今のうちに‼︎」

 マガツカミは今や地上に落ち、その翼は火に包まれ、もう空に逃げることはできない。今がチャンスだ。

 マガツカミの翼を切り落とそうと、剣を振り上げた。

 『ど阿呆‼︎ 正面から…』

 

 「がはぁっ」

 脇腹にバットのようなもので殴られたような衝撃。何が起こったかわからないが、何かしらの攻撃を受け、五メートル程吹っ飛ばされた。苦しい、息ができない‼︎

 『ど阿呆‼︎ 真正面から突っ込むヤツがいるか‼︎』

 —何が起きた…?

 『ヤツの尾だ。あれを食らったのだ。呼吸を整えろ』

 —いてぇ……けど、まだやれる‼︎

 『まずはあの厄介な尾を斬り落とせ』

 マガツカミは俺に視線を向けている。これじゃ回り込めない…少しでも視線を外せれば…。


 「クシナ‼︎ アイツの目の前にさっきのをもう一回頼む‼︎ 一発でいい‼︎」

 「は、はい‼︎」

 クシナは両手を広げ詠唱し始めた。クシナの方に気が行かないよう、視線を合わせたままジリジリと歩み寄る。神経を研ぎ澄ませる。

 ヒュウッ—暖かい空気とともに、後方から火の玉が来た。

 クシナの火の玉がマガツカミの目の前に着弾する。

 「グガァァァ」

 マガツカミが後方に仰け反った。

 今だ‼︎ 素早く後方に回り込む。

 「…はぁっ」

 掛け声とともに尾の根元目掛け、剣を振り下ろした。黒い刃が赤黒い尾を切り落とす。ギャウッ、と鋭い悲鳴。

 さらに追い打ちをかける。背中を左から右へ横薙ぎ、さらに右下から左上へ切り上げた。

 たまらず前方へ逃げ出すマガツカミ。振り返りざまにボロボロの翼で反撃をしてきたが、スサノオが頭の中で、『一旦間合いをとれ』とアドバイスしてくれていたので、渾身の反撃は空振りに終わった。

 —すげぇ…俺がこんなバケモノと戦えているなんて…‼︎

 『俺がお前の中で身体能力の底上げをしているからな。普通の人間とは比較にならんぞ』

 —これが神契りの力なのか…スサノオ、すげぇな‼︎

 『俺は神だからな。まだお前とは歴が浅いが、これからもっと強くなれる』

 —マガツカミも倒せるようになるのかな…

 『お前次第だ。油断はするなよ、恐らく捨て身で仕掛けてくる』

 

 起き上がったマガツカミは、案の定、俺に向かって突っ込んできた。足は速くない。簡単に避け、がら空きになった背に刃を振り下ろす。ギイッ、という短い悲鳴を上げ、地面に倒れ伏した。

 そして、飛び上がり、背中の中心に刃を突き立てた。

 グギッ—断末魔の声。マガツカミは黒い霧になって消えた。


 「カイトさん、お怪我はありませんか?」

 クシナが心配そうな表情で駆け寄ってきた。さっき尾で一撃やられた脇腹はまだ痛む。脇腹を見ると赤黒い痣のように変色していた。

 「いけません、すぐにみそぎを」

 「禊?」

 「マガツカミの身に触れると、呪いをもらうんです。そのままにしておくと…命が危険です」

 クシナは二本指を立て、何か唱え始めた。指先がぼうっと淡い緑色に光り、その指が痣をなぞると、まるで皮膚は剥がされるような鋭い痛みが走った。

 「ったぁぁぁ」

 「我慢してください」

 それから五分ほど、俺は叫び続けた。あまりの激痛で何度か気を失いかけた。

 「ふぅ…これで大丈夫です」

 「………あ…あり、が…とう……」

 『情けねぇなぁ』

 スサノオが笑いながら現れた。とんでもなく痛いんだぞ。

 「マガツカミに触れるとこうなるのか?」

 「はい…マガツカミが纏う瘴気は人の身体を呪い、死に至らしめます」

 もしかしたら、死んでたのかもしれないのか…。

 「ありがとう、クシナ」

 『おい、小僧。この嬢ちゃんも連れて行くぞ。お前は近接戦闘しかできん。呪いをもらってもみそぎができる人間がいないとすぐに死ぬ』

 しかし…危険すぎる…。


 「アタシがクシナを守る。カイトはマガツカミと直接戦い、クシナは遠距離補助、アタシはクシナの護衛、でどうだ?」

 危険なことには変わりはないが、正直何も知識がない俺にとって、とても心強い。

 「ありがとうございます…よろしくお願いします」


 『小僧。お前はこれから剣の稽古だ。あんな剣筋じゃ、さっきのような雑魚共にしか勝てんぞ』

 「あれで雑魚なのかよ…少し休ませ…うがっ」

 スサノオは俺の襟首を掴み、引きずり始めた。

 引きずられていく俺を、リクが走って追いかけて来る。

 —この日以降、地獄のような特訓の日々が始まった。

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