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3話

「ここは10年後の公園。もしかしたら、私たちがいた病院の跡地なのかもしれないわ」

 彼女はそういうと僕らの足元にある、土の中に埋まったコンクリートの端を指した。まるで屋上がそっくりそのまま埋まってしまったかのような形で、先端だけ突き出ていて、あの赤い印が見える。しかも、昨日今日埋められたものではないらしい。

 周囲の土には草も生えていて、突き出た一部分に蔦すら這っている。

 僕らは、もしかして、本当に……。

 彼女はそれを確認するように一瞥し、服についた土を払いながら立ち上がった。

 俺は何度もあのデジタルの表示とその赤い印を見比べながら、取り残されまいと慌てて彼女に倣う。

「私も気がついたときにはここに寝ていたの。でも、あの時計をみて、すぐにわかった。成功したんだってね。でも良かった」

「良かったって、なにが!?」

 未来に来たんだぞ? 帰る方法もわかんないんだぞ? っていうか、いいことなんか何もないじゃないか! 

 俺がそう口を開きかけた時、彼女がいきなり俺の手を握って引いた。

 ぐいっと体が前に押し出され、強制的な一歩を前にふみ出させられる。

「だって、いい事ばかりじゃない。未来に来れた。私たちの命も助かった。それに……」

「それに?」

「一人ぼっちじゃない」

「あ……」

 確かに。そう思った瞬間に、また顔に熱を感じた。彼女は目を細めあごを引くと、俺を強引に引っ張って行く。

「あとね、正直、ここの公園の門が開かなくて困ってたの。でも、タイミングよく開いてくれたね。しかも、見て」

 俺らは手を繋いだまま公園の脇を歩いた。二人とも病衣のままだ。目立つには目立つけど、まだ誰にも気がつかれてはいない様だった。

「出るのは自由みたい。さっき、IDとか何とか行ってたから、心配だったんだけど」

 数歩先に見える門を見る。確かに、彼女の言うように、出るときは何の検査もないようだ。子どもを連れてきたらしい親の何人かが手を振りながら簡単に出て行く。ランプも何の反応もしない。

「行きましょう」

 彼女が行った。

「どこに?」

 俺が彼女に訊く。

「決まってるでしょう?」

 彼女が門をくぐった。

「え?」

 俺も彼女に惹かれるがままに外に出る。

 彼女はにっと唇の端を上げ、いたずっらっぽく微笑んだ。

「未来を確認しに行くのよ」


 街は思ったよりも普通で、思ったよりも変化していた。

 そう、一見、俺らの知っている街と何にも変わらなかった。車は空を飛ぶこともなく、透明な筒の中を走るでもなく、タイヤで走っているし、電信柱も地中には埋まっておらず、幾つも突き立てられたままだ。建物はちょっと変な形のが多い気がしないこともないけれど、その中にはやっぱりなじみの深い形の屋根もあったし、なにより見たことのある本屋やスーパーが健在なのがホッとさせてくれた。

 ただ、違和感を感じるといったら、まず俺達の格好をみて誰も怪しまないところだ。

 確かに俺達の存在には気がついてはいる。すれ違う時によけるし、チラシも差し出された。だが、病衣でうろつく俺らに疑問は持たないらしい。何故だ? 首をひねるが、答えはわからない。

「ねぇ、名前」

「ん?」

「名前、なんていうの?」

 彼女が聞いてきた。はっとして、まだ自己紹介もお互いしていないのに気がつく。

「あ、あぁ。俺は沢田。沢田正輝」

「サワダマサキね」

 彼女は俺の名前を口の中で復唱すると、いきなり手を離して走り出した。

「え? ちょっと待てよ!」

 彼女を追う。そう、早い足でもなかったが、手術後の自分の足に不安があった俺は、走ることができなかった。

 彼女が道を駆け、何かの建物に入って行くのを間抜けに見送る形になる。さっき、屋上では走ってたじゃんかよ、とも零した。

「なんだよ。一体……」

 走る事に怯える自分への怒りと悔しさに顔をしかめながら、彼女の入っていった建物を見上げた。彼女の意図が見えない。未来を確かめるって、この建物でできるのか?

 歩み寄りながら、その建物を観察する。

 ドアが全開になっていて、中が丸見えの割りに机と電話しかない殺風景な建物、それは

「交番!?」

 俺は驚き、思わず足を止めた。

 中には、にこやかな顔で、これまたにこやかな警察官と話す彼女の姿がそこにはあった。

「そうなんです。サワダマサキっていう人を探しているんです」

 彼女は臆する様子もなく、まさにすぐ傍にいる俺の名前を警察官に告げていた。

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