潰走
「ま、まさか、マルサーPPみたいに自衛隊にもヒーローがいて……」
飯垣博士の瞳孔が広がり、毛穴から汗が噴き出る。彼女はこの作戦の責任者ではないものの、それでもこの戦いにかける思いは強かった。
そして、負けるはずがないと思っていた。
ドン、ドン、と相次いで爆発音が聞こえる。攻撃の種類からマルサーPPではなさそうだ。しかし自衛隊にももし、マルサーPPに類するような兵力があるとすれば……
「戦車の砲撃だッ!!」
「え……通常戦力?」
もう一度爆発音がするとニンジャラプターの体が爆発四散し、肉片が飛び散った。命中だ。
「どゆ……こと……」
わからせられ顔を覗かせる飯垣博士。
「ハチソン効果……は?」
そう。通常戦力では疑似ハチソン効果によって弾道が逸らされ、無効化できるはずではなかったのか。
「ええと、飯垣博士……ハチソン効果は小口径の火器にしか効かないんじゃなかったっけ?」
「あ……ああ」
そういえばそうだった、という表情。それゆえに自衛隊は携行できる大口径火器として無反動砲などと揃えていたのであるが、そもそも戦車などの重火器が使えるシチュエーションであれば使わない手はない。
そして、その攻撃はやはり有効だった、というだけの話だ。当然の帰結である。
「いいように、やられてないか?」
はっきりと言おう。滅多打ちの状態である。当然だ。ニンジャダイナソー達は色々とタイプがいるものの、基本的には近接攻撃を得意とする。火遁タイプのニンジャラプターもいるが、液体燃料をぶっかけるだけの火炎放射器に十分な飛距離は望めまい。一方的にいいように撃ち込まれてしまっているのだ。そして一撃一撃が必滅の破壊力を秘めている。
「なんでこんな……一方的に」
当然ではある。以前のメガデス侵攻の時とは違う。
万が一にも市民に当たる可能性があったりだとか、民間の施設を破壊してしまう可能性があるならば自衛隊は軽々に発砲することはできない。
だがその枷がない状態ならば、メガデスの怪人などものともしないほどの暴力を本来備えている組織なのだ。
そして、今回のメガデスの侵攻は、全く敵の虚を突くことなく、身を隠すこともせず、堂々と行軍していたのだ。
パンティーラインは物理的な防御線を築いているわけではない。だから油断していた面もあるのだろう。しかし現代の都市部においてはそこかしこに監視カメラが稼働していて、それこそ手に取るように彼らの動きを掴むことができた。
要は、待ち伏せされていたのだ。そして、条件が合う場面まで待って、最大火力をぶつけてきたのである。
この当然の帰結ともいえる危機を予見できなかったのは慢心であったと言う他あるまい。
「や、やばいやばい。撤退しなきゃ。て、てった~い! そういんてった~いッ!!」
本来この部隊の指揮権を持たない飯垣博士であるが、もはやすでに規律ある軍隊の体を成していない。気の抜けた指示ではあるものの、メガデスの兵隊たちはその言葉を待ち望んでいた。
もはや「壊滅」状態となっておりこの場での立て直しは難しい。誰かの言葉で、誰かの責任で撤退の指示を待ち望んでいたのだ。彼等は潰走する。
「まさかここまで一方的にやられるとは……」
ジョーが呟く。作戦が上手くいかないことを心の奥底で臨んではいたものの、まさかここまで一方的にやられるとは思ってもみなかった。
いや、今となってはそんな他人事のように感想を述べている場合ではない。今は自分もメガデスの一員なのだ。自分やナツキ、そして飯垣博士が今度はあの戦車の大筒に狙われる可能性だってある。
ただ流されるように逃げ惑うだけではいけない。積極的に彼らの敗走をサポートしなければならない。そう考えてメガデスの怪人たちの流れに逆らって前へと進む。
「ジョー君、危険だ」
ナツキの静止の言葉にも構わず、ジョーは風のように前へと進む。
本来ならば、メガデスを守るために自衛隊と戦うなど全く理に適った行動ではない。しかしこのままでは飯垣博士も、ナツキとジョーだっていつ標的になるか分からないのだ。こうする外なかった。
しかし、その無謀な行動とは裏腹に、ジョーの動きはまさしく風のように鋭かった。まだ砲身の先から白煙を上げている戦車の真横に躍り出ると、着地せずに空中でその筒先を蹴り飛ばして狙いを逸らした。
「民間の建物を背に逃げるんだッ!!」
戦車を足止めしながらジョーが叫ぶ。
ファーストコンタクトでは相手にとって最良の位置取りをさせてしまったが、市街地での不用意な攻撃ができない、というアドバンテージがなくなったわけではない。その射線に民間人や民間の施設があれば逃げるのは比較的容易になる。
「俺が時間を稼ぐ」
全体重と加速度を乗せて飛び蹴りをぶちかます。日本の90式戦車や10式戦車は世界規模で見るとかなり軽量ではあるものの、それでも四十トン以上はある超重量級だ。その車体が蹴りで大きく揺らぐ。
しかしその瞬間、戦車に随伴している歩兵が自分に小銃を向けていることに気づいた。
「くっ……ッ」
タタタタッ、と発砲音が聞こえるものの、弾丸は全てジョーを避けるように後ろへとすり抜けていった。自身がハチソン効果の恩恵にあずかることは初めての経験である。
その戦闘の間にメガデスの怪人やニンジャダイナソー達は来た道を引き返していく。
文句のつけようがないほどの、完全な敗北であった。
「深追いはしてこないようだ! このまま撤退しろ!」
まさかの敗北。
とはいうものの、最初からずさんな計画ではあったし、確固たる勝利の確信があるわけではなかった。だからと言ってここまで手も足も出ないとも思っていなかった。
自衛隊と正面切って戦って、圧倒出来るとまではいかないものの、善戦できるだろうくらいの目論見はあったのだが、条件がそろってしまうとあそこまで一方的に撃ち込まれてしまうとは。
一国の正規の軍隊を甘く見ていたツケと言う他あるまい。ドグマ達が不時着はしたものの、すぐに地球侵略に乗り出さなかったことも、それなりに考えてのことなのだ。相手のフィールドで戦えば、超科学力を持っていようともそう簡単ではない。
「追撃は、収まってきたか……?」
ニンジャダイナソー達の後を追いながら、ジョーが振り返る。
まさか、自分が自衛隊に銃を向けられ、撃たれることになろうとは思ってもいなかった。実際の体力の消耗以上に精神を削られる経験であったが、しかしそれも何とかしのぐことができた。ジョーは大きくため息をつく。差し迫った危機は、去ったのだ。
そう思っていた。しかし何者かが撤退していく彼らの後を追う影があった。
「もう少しで防衛ラインに逃げ込まれるところだったな。年貢の納め時だ、クローン」




