初詣
「あけましておめでとう」
ジョーがインターホンの音に玄関へと出てみると、着物姿のミカが立っていた。
「……七五三?」
「はつもうで」
おおよそ感情の読み取りづらい無表情なミカの顔からも明確な不快感が感じ取れた。
二〇三七年の元旦。玄関を開けた先に着物の女性が立って「あけましておめでとう」と言っているのに七五三はあるまい。これはジョーの失態である。しかし小柄で童顔のミカを見ていると着物姿が七五三に見えてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「はつもうでに行く」
「そうか……行ってらっしゃい」
玄関の扉を閉めようとしたジョーであるが、すんでのところで扉のふちに指がかけられる。
「あなたも行くの」
「むっ、ぐおぉ……」
この小さな体のどこにこんな力が。ジョーの抵抗もむなしく扉は全開になる。睦月の寒風が家の中に入ってくる。もはや抵抗は無意味。
「誰か来たんスか、武石く……ゲッ」
「げっ、じゃない。なぜあなたがジョーの家から出てくるの。この淫売め」
ジョーに遅れてリビングから出てきたのは彼の幼馴染、クラスメイトの鈴木リンであった。ジーパンにパーカーというラフな格好をしている。
一月一日という稀の日にてこんな日常的な格好をして何の気なしにリビングから出てくるという事にミカは若干の苛つきを覚える。
「どうしたの? お客さ……あっ、いやあの、あっあぁ……」
そしてそこから少し遅れて出てくるジョーの母親。こちらは明らかに動揺している。それも仕方あるまい。彼女からすれば初対面に違いないのに突然顔見知りのような話しかけ方をしてきた異様な女だ。
「あけましておめでとうございます。お義母さん」
「お義母さん」は当然「おかあさん」と発音している。それについて不用意に突っ込むのは泥沼に腕を突っ込む行為だと理解して母はスルー。
「ふ……ん……」
着物の襟を直すような仕草をしながらミカはそれとなくそわそわと落ち着きない様子を見せる。
「……お年玉なら出ないぞ。この世界は二十五歳の女にお年玉は出さない」
ジョーの辛辣な言葉にむくれ顔をするミカ。母も彼女が二十五歳なのは聞かされている。だからこその先ほどの動揺を見せたのだ。想像してみて欲しい。二十五歳の女性が高校生の制服を着て「自分の子供と付き合っている」などという虚言を堂々と伝えてくる。その恐怖を。
「ああ、その格好、もしかしたら初詣行く約束とかしてたんスか?」
当然していない。アポなしである。
「そう。ジョーは記憶喪失で忘れているけど、実は去年初詣の約束をしていた」
ジョーの目つきが険しくなる。
正直言って前の家族に会った時の一件からこの女の発言の信頼性は既に地に落ちているのだ。この女の言葉は、信用できない。
「あっ、別に約束してないんならいいんス。武石君、寒いからもう部屋に戻るッスよ」
「待って。人の話を聞いていないの? 約束をしたと言っている」
またもドアを挟んでの押し問答が始まる。閉じようとするリンと、開けようとするミカの間で、ドアが軋みの悲鳴を上げる。
「ま、待て。行かないとは言ってない。行くから。ドアが壊れる」
折れたのはジョーであった。正直ミカに対して不審の下りがないではないが、正月早々ドアを壊されるくらいなら初詣くらい行ってやるという心づもりだ。
「チッ、しょうがないスね。私も行くッスよ」
ダウンジャケットに袖を通すリン。この危険な女と幼馴染を二人きりになどできないという心持ちである。
「待って、私も行くわ」
「お義母さん……」
青い顔をした母親も上着を着こんで玄関に出てきた。
もちろん、彼女は古い考え方の親ではない。息子と付き合う女を選別するなどという浅慮な思考など欠片も持ち合わせてはいない。しかしそれでも「この女だけはないわ」という思いはあった。
もちろん何の背景も知らなければ「息子にこんな美人の彼女ができるなんて」と小躍りして喜ぶような美少女である。
背景を知らなければ、だ。
しかしこれまでの頭のおかしい行動を全てリンから聞かされている上に、聞けば年齢が七つも上だという。
仮にこのまま付き合って結婚する、となれば、息子が大学卒業の年には二十九歳。
いや何がというわけではないのであるが、ちょっとなあ、と思うのも仕方ないだろう。誰だって自分の家族には幸せになってもらいたい。もちろん本人の気持ちが一番大事であるし、幸せに決まった形などないと分かっている。それでも「普通」が一番それに近いのだ。「普通」が「幸せ」への一番の近道だ。
二十五歳で突如として高校に編入して記憶喪失をいいことにある事無い事吹き込んでくる女を避けようとするのは仕方ない事であろう。
「フッ、じゃあお義母様、私の行きつけの神社に案内しますわ。あとついでにそこの眼鏡も」
「行きつけの神社……?」
明らかに空回りしているミカ。ミカ以外の全員が不安そうな表情をしているが、気にも留めない。
元旦の冷たい空気をものともせずミカは得意満面の表情で一行を先導する。時期的なものもあってか、他にもちらほらと着物を着ているような人々を見かける。彼女らもどこぞの神社へ初詣に向かうのだろう。それぞれの、生活が町を行く。
「武石君、こんな時もそのアタッシュケース持ち歩いてるんスね」
リンが視線を送るアタッシュケースとは、ジョーの持つ兵装『グルナヴェ』のスタンバイモードの事である。
ダンジョン探索を主戦場にしているといってもいつ何時ヒーローとしての力を求められるかは分からない。それ故常に彼はこのアタッシュケースを持ち歩いている。
空を見上げてみれば、上空には何かがつかず離れずの距離を保ちながら浮遊しているのが見える。
「当然。上に飛んでるのは私の『ヘウヘネ』。私達はメガデスにも狙われているから、いつ何時でも……」
ミカがリンの質問に聞かれてもいないのに答えている時であった。何者かが彼女らの道行く先に立ちふさがった。都会とは言えども人の往来はそこまで活発ではない時間帯。
ヒーロー二人を含む集団の行く手を塞ぐ者の出現に一瞬緊張が走ったが、すぐにその緊迫感は解けた。
「相藤センパイ!」
「やあ、久しぶりだね」
一行の前に現れたのは男装の麗人、というにはいささか胸が大きすぎてメスみを隠しきれていない王子様系デカパイボーイッシュ娘、相藤ナツキであった。
「あけましておめでとう、ジョー君。会いたかったよ」
中性的でありながら整った顔立ちから発される爽やかな笑顔には二回りも年上のジョーの母ですらほうっとため息をついてしまう。
「気を付けて。このメスの正体は前歯のド汚いクソダサ怪人ビーバークサリガマ。油断してはいけない。
「なぜ……」
ジョーの母は言葉を飲み込んだ。
― なぜ私の息子の周りには 変な女ばかり集まるのか ―




