クロノワール
「ギャオオオォォォ……」
断末魔の悲鳴を上げながらティラノサウルスタンクの体が燃え始める。炎上の最中に爆発音が時折聞こえるのはおそらく砲弾を射出するための圧縮ガスに引火しているのだろう。
ジョーは危機が去ったことを確認してから改めて声の主を探す。
「あんたは……たしか」
「久しぶりだな。あの時は世話になった」
ジョー達を見下ろす位置にある瓦礫の上に立っている黒いシルエット。確かに見覚えがあった。あの時は今のような威風堂々とした姿ではなく、息も絶え絶えの状態ではあったが。
:クロノワ!
:マジか。今度は助けられたな
:いいことをするとこうやって返ってくるんやね
そう。ジョーがヒーローとして鮮烈なデビューを飾ったあの日。銀行強盗をしていた怪人「サトリ」の前に敗北していたフィールドワーク(町での悪漢成敗)を主な活動としているソロヒーロー、クロノワールである。
クロノワールは跳躍し、ジョーの目の前に降り立った。
「調べれば分かることだが、俺の能力は、磁界の力を使ってプラズマボウルを発生させたり、操ることができる」
人差し指をピンと立て、その上に小さな光球が現れ、そして消えた。色温度から推測するに五千度近くはありそうだ。これならドグマの硬い外皮もなんのその、だろう。
だが、あの「サトリ」には敗北したのだ。いかに強力な兵器を持っていても、当たらなければ意味がない。
「君には本当に感謝している」
そう言いながらヘルメットを外す。女性のように線の細い、整った顔立ちに金色の髪。男性でありながらトップ配信者というのも頷ける美丈夫だ。コメント欄にも彼の整った顔立ちを絶賛する言葉が彩られる。
「あの時君は、配信をしていなかったらしいな。自分の得にもならないのに、なぜ俺を助けた?」
「得にならなかったら助けないのがヒーローか?」
ジョーの間を置かない即座な答えに、クロノワールは笑みを見せる。
:一〇〇万ドルの笑顔や
:抱かれてえ
:頼む! 掘ってくれ!
「俺には子供のころ、憧れたヒーローがいた」
クロノワールが再びヘルメットをかぶる。
「マイティポリッシュタンク」
その瞬間、ジョーが右手を前に出し、すさまじい音をさせながら二人が手を合わせて握手をした。
「ナズドローヴィエ!!」
:なに?
:なんなんこれ?
:俺達は何を見せられているんだ
頻繁に視聴者を置き去りにする配信。おそらくはクロノワール側の視聴者も似たような反応をしていることだろう。
「まだ、ヒーローという言葉もなく、動画配信文化も発達してなかった頃だ。誰かに見られるためじゃない。自分の正義に従って、当時は戦う方法も確立されていなかったドグマに、市民を守るために戦いを挑んでいった」
クロノワールは、ばかうけの先端を見上げる。なぜこんなものが存在するのか。何が目的なのか。
「今でもあの人は、俺の原点であり、目指す頂だ」
「俺も同じだ」
「だから俺は、ダンジョンを目指す探索者じゃなく、市民を守るフィールドワークをメインにしている」
:クロノワの過去とか初めて聞いたわ
:マイティポリッシュタンクって何者なんや
「また縁があったら。じゃあな、あばよ」
:あばよ!
:あばよ!
:意外なつながりがあるもんだな
クロノワールはヘルメットを被り、背中を見せてから手をふらふらと振った。何をしても、絵になる男だ。
「……マイティポリッシュタンクか、聞いたことがない。私のデータにないヒーローだ」
「また別の女?」
女の訳があるか。どんなセンスしてたら女がそんな名前を名乗るのか。
それはさておき、どうやら今回の配信もここまでのようである。いつもの通りアキラが「いいね」とチャンネル登録の乞食フレーズを呟いて動画を閉めようとしたときに、異変は起こった。
:なんだかんだで面白い配信だったわ
:クロノワの過去とか知れたしな
:なんかこう、クロノワとかエポナの動画みたいな爽快感はないんだけど、毎回変なことが起こるんだよな
その「変なこと」の極めつけの事件が起こった。ジョー達三人の前に一人の少年が立ちはだかった。
「ど……どういうことだ」
聞き覚えのある声。いや、聞き慣れた声だ。
「どういうことだ?」
同じ言葉をジョーがリフレインする。問いかけられた声と、全く同じ声でだ。
:どゆこと?
:だれ?
視聴者には、何に驚いているのかが全く分からない。だが、ミカとアキラは、大いに狼狽えている。ジョーと、その少年を交互に見比べ、バイザーを上げてもう一度確認する。
「二人とも、これは一体どういうことだ?」
もう一度同じ言葉を発しながらジョーがヘルメットを外す。
不意に顔が見えることがあっても、基本的には視聴者はヒーローのプライベートについては「見て見ぬふり」をする。
だがこの時ばかりは誰もがジョーと少年の相貌に注視した。
:どゆこと?
:同じ顔だ
:レッドが二人? なんで?
そう。対峙しているのは全く同じ顔の二人。まさに鏡写し。武石ジョーが二人いるのだ。事態を把握できていないのは視聴者だけではない。ジョー本人も事態が呑み込めていない。
「どういうことだと聞いているんだ、二人とも!」
「わかんない……どういうこと」
「私のデータによれば、ジョーが二人いると言う事だ」
ミカとアキラの二人も全く何が起きたのか分かっていない。この場にいる誰もが、今何が起きているのかを理解していない。
「内田さん、これは一体どういうことだ?」
アキラがパソコンを開いて内田レンと通信をとる。
『え……なにこれ』
やはりわからない。クソの役にも立たない。
誰一人として。ここにいる者も、いない者も。
誰一人として何が起こっているのか理解できていないのだ。
「俺のいない間どうしてたのかと思ってふとチャンネル開いてみたら……なんで俺の偽物がいるんだよ! これはいったいどういうことだ!!」




