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小さな陛下と最後の妖精  作者: 久浪
『陛下と護衛』
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第5話 息が詰まる不在





 次の日、グレンがいなかった。




「急にお休みをお取りになったそうです」

「どれくらい……?」

「それはお聞きしていません」


 事実を目にして気がつくよりも先、朝の支度のときに教えられてリディアはそのことを知り、そんなことは欠片も耳に挟んでいなかったために疑問に思って尋ねるとぼんやりとした答えが返ってきた。


 今日、扉を開けて部屋を出てもグレンはいない。急に休みとはどうしたのだろう、昨日体調が悪そうには見えなかったけれどリディアにはそう見えなかっただけだったのだろうか。

 それに、どれくらいと明確でないことが少し不安を与えてくる。


「もしかすると、縁談のお相手と顔合わせをなさるのかもしれませんわ」


 覚醒したばかりの頭で考えていると、ようやく耳に慣れてきた声の一つがそう言った。

 下げ気味になっていた顔を上げて、髪に櫛を入れられているため振り向けない代わりに鏡でその主を探す。


「……縁談?」


 ぽつりと聞き返すと、「そうですわ」と笑顔で大きく頷かれる。


「ハウザー公から急かされていると聞きましたから」


 グレン・ハウザーはハウザー公爵家の養子だ。彼が軍学校に入る折に、養子となり名字もそうなったのだとか。

 従ってハウザー公、とはグレンの養父に当たる人。現在の公爵その人は高位貴族でありながらも軍人であり、約七年前にあった戦において総指揮を執った人物でもある。


 どうやらグレンも同じ目に遭っているらしい。

 縁談、とは数年前のリディアであったならば聞いたことのない新しい言葉に首を傾げたろうが最近ではむしろすぐ側にある言葉となっている。絵姿の山がその証。

 彼にも――彼は男性だから女性の絵姿がたくさん届いていることになるのだろうか。今、リディアの周りにいる彼女たちのような。

 そう思うと、リディアは僅かに息がし難くなる。


 考えたこともなかった。

 グレンも誰かと結婚し、歩んで行くこと。誰かを選び、共に生きていくこと。誰かにあの優しい柔らかな笑顔と眼差しを向けること。


「素敵な方ですものね」

「お相手はどのような方かしら」

「同じく公爵家のリリエーヌ様ではなくって?」


 この上なく楽しそうに囀ずる声が耳を通り抜けて消える。


 脳裏に浮かぶグレンの顔。

 グレンが側にいなくなって、それでも前に進むことを余儀なくされていたときがあった。支えてくれる人たちはもちろんいたけれど、誰よりも側にいてほしかったのはいつだってグレンで、いつだって頭から離れなかった。

 真っ暗な世界でずっと待っていて、そして彼は戻って来た。


 だから、今度こそグレンにもっと側にいてほしい。

 前は言えたことのはずなのに、今は言える気がしないのは開いた年数が邪魔しているのか。グレンは変わらないし、リディアも変わっていない気がしていたけれどリディアは変わってしまったのだろうか。


「……どうして……?」


 何もないではなく側にいて欲しいのだと昨日、あのときに言えば今彼は側にいたのだろうか。

 でも、側にいてくれるって言ったのに、といつかも口にした子どものようなことを思い唇を引き結ぶ。どちらともが、我が儘だと思ったから。

 嗚呼、どうしてこんなことを思っているのだろう。グレンはいなくなったわけではないのに。今日いないだけで、すぐに戻ってくる可能性は大いにあるのに。



「陛下、こちらが新たに届いたようでお預かりしました。……陛下?」

「――ごめんなさい、なに?」

「こちらを」


 思考の底から急激に現実に引き戻され、声をかけてきた方に聞くと、一つ差し出されるもの。

 その正体がすぐに分かってしまい、いつもならここまでではないのに胸が圧迫されたような感じを覚えた。


 差し出されているものを受け取らないわけにもいかない。中々持ち上げることが難しかった手を持ち上げ、受け取り、自然な流れで開く。


 中に収まっていたのは、長めの茶の髪を先で束ねた優しげな笑顔の貴公子の絵。

 それを後ろから、横から覗いた侍女たちが声を上げて話題があっという間に移り変わる。

 この方は確か……から始まり、リディアの元に来ている縁談の数々の話に移り、リディアにも話が振られる。

 リディアは彼女たちにそうね、とかよく分からない返事を上の空で返すが彼女たちの様子では特に気にもなっていないよう。


 また絵姿が増えた、とリディアは心の中でため息をついていた。

 以前のものは見えないところにしまって、これもそうなるだろう。


 知らない人、知らない人。今開いて見た中にも知らない人。

 リディアには分からない。なぜあんなにも多くの人がリディアに結婚を申し込んでいるのか。いや、その理由は分かっている。リディアがこの国の王だから国内の、子どものときは雲の上の存在だったはずの貴族たちは絵姿を送る。一国の王だから、他国からも来る。

 リディアがどのような人間かはきっと関係がない。だってリディアも彼らがどのような人柄を持っているのか知らない、ということはリディアは一目会ったかどうかはさておき、彼らと話したことはない。

 絵姿から人柄を推測できるような特技はないし、そもそも何だか絵の中の彼らの笑顔は嘘くさい。


 それなのに、リディアはこの中から生涯の伴侶を選ばなければならないらしいのだ。決して「見つけない」という選択肢はない。

 ちらつかされたこともなくて、絶対に結婚しなくてはいけないのかと聞いたことがある。義務、ともう約七年で理解した言葉が落ちてきただけだった。


 結婚までもが「義務」だとは、夢にも思わなかったリディアを余所に周囲は出来るだけ早い方が望ましいと仄めかしてきた。

 前の王が事故で急死したこと関係あるのだと思われる。

 また、単に選べばいいというものでもなく何やら派閥だとかいうものがあることも聞いたのでややこしいことこの上ない。


 それ以前に、選べばそれでいいというつもりのことをしようとは思っていないけれど。

 生涯、一生、側にいる人だ。


 一生涯。とても重要な事項。




 周りの囀りはいつの間にか、止まっていた。


「陛下」

「ミーシュ」

「用意が出来ましたが――それは一旦?」

「……しまっておいて」


 これ以上、絵姿が増えないで欲しい。








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