野盗の末路
神獣が去っていくと、ハクが戻って来た。口には攫われた女性が咥えられており、その女性を私の前に優しく降ろす。
女性の両手両足は未だにロープで拘束されているので、女性は無抵抗に地面に伏せたままだ。
とりあえず私は、ハクを撫でて褒める事にした。
よしよし、言う通りに出来て偉いね。
「はぁ、はぁ……すみません、ヒメノさん。最後に足手まといになってしまいましたわね……」
「そうでもない」
神獣とせめぎあっていたところを、隙をついて攻撃してくれたアルマの一撃は、見事だった。風を全く寄せ付けない、強烈な雷の魔法。まるで天から罰を下す神様のようで、カッコ良かった。
その一撃で倒しきれれば完璧だったけど、MPを使い果たして動けなくなるのはちょっとダメだったね。その一撃でMPを使い果たすなら、確実にトドメを刺さなければいけない。というか、やるにしても余力は残しておこう。と、上から目線で解析しておく。
「……それにしても、自分の身は自分で、なんて言いながら甘いですわね」
「……」
だってアルマが死んじゃったら嫌なんだもん。仕方ない。
「あんな化け物倒しちまうなんて、すげぇなぁ!」
と、また野太い声が響いた。声の方を見ると、ボスがいた。両手に剣を携えて、こちらに向かって歩いて来ている。
逃げたんじゃなかったんだ……。私なら、神獣と戦っている内に逃げるのに。
「野盗……!くっ。体がっ」
アルマはMPが尽きて、しばらく動けそうにない。ボスを見て立ち上がろうとしたけど、立ち上がれずに膝を折った。
「オレだって多少は剣に自信がある。犬っころの魔物くらい倒せるし、ボロボロのメスガキ二人に遅れはとらねぇ。仲間を殺した分の責任、お前らの身体で返してもらうぜぇ!」
確かに私はボロボロだ。風によって全身が切り刻まれ、血が出ている。だけどHPに影響がある訳ではない。ずっと魔力噴出状態だった事でMPも消費はしたけど、まだまだ全然残ってる。
ボスは勘違いしているみたいだけど、全然戦えます。
あと、ハクの事を犬っころとか言っているけど、ハクはボスより普通に格上だ。このボスは、判断を誤っている。
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまうくらいに愚かだ。この男にはセンスがない。
私は向かい来る男を殺すため、睨みつける。
と、その後ろからもう一人の男がボスに向かって突進して来ていた。その男は、手にした剣で背後からボスを突き刺し、胸から剣先と血が出て来た。
「ガハッ!」
胸を刺されたボスが、口から血を吐く。
私も背後から胸を刺された経験があるので、その時の気持ちは良く分かる。血が気道に入って苦しいんだよね。
「て、てめぇ……オスト……裏切り……ものめ……!」
「路頭に迷ったオレを拾ってくれたのは、感謝してる。けど、あんたは罪を犯し過ぎた。罪のない人を殺して金を稼ぐなんて、まっぴらだ。もう付き合っていられない」
「……」
地面に倒れたボスは、ボスを裏切った男を睨みつつ、絶命した。
ボスを裏切り、背後から刺して殺すなんて卑怯な事をした男は、その場で膝から崩れ落ちて涙を流し始めている。
この男とボスの関係は知らないけど、果たしてこのボスのために泣く価値はあるのだろうかと疑問に思ってしまう。
お金をとるために罪のない人を殺し、更には女性を攫って慰み者にしようとしていた。最低じゃないか。
そして今更になって裏切ったとはいえ、そんな組織に属していたこの男もまた、最低だ。
「あ、あの……貴方達は一体……?」
地面に横たわっていた女性が、私達に聞いて来た。
「助けに来た」
私はそう答えつつ、女性のロープを手で引きちぎってあげた。
「あ、ありがとうございます。でも、どうして……?」
「貴女の夫に、助けを求められたのです」
「夫……夫は生きているんですか!?それに、お義父様も!?」
「……落ち着いてください。私の仲間が、二人とも保護していますわ」
「ああ……良かった。ありがとうございます。ありがとうございますっ」
アルマはあえて、一人が死んでいる事を隠した。そしてもう一人も重傷を負っている。アルマには生きて救出を待つと約束したけど、今頃死んでしまっている可能性もある。
「お怪我は?男達に何かされましたの?ご自分で歩く事は可能ですの?」
「少し殴られただけで、まだ何もされていません。歩く事も出来ます」
「ならよかったですわ。……ヒメノさん。あの方の処分はどう致しますか?」
アルマが目を向けたのはボスを裏切って殺した男だ。鑑定のスキルを使って分かったけど、レベルは12。名前は『オスト』と言うらしい。
他の野盗と同じく、この場で死んでもらう。それか連れて帰って牢屋にでも入れるか……。
「あ、あの。すみません」
考えていたら、話し掛けて来たのは人質だった女性だ。今更ながら、こちらも一応鑑定させてもらう。
名前:ベレッタ・タリア
種族:人間
レベル:5
HP:134 / 210
MP:25 / 25
確か夫の方が、ベレッタと呼んでいたから間違いなくこの人が攫われた女性だ。今更人違いでしたとか言われたら、盛大にずっこけていた所だよ。
「なに?」
「あの男性は、私に優しくしてくださいました。他の男達は乱暴でしたが、彼が私を拘束して連行する事で庇ってくれて、おかげでそれ以上の暴行が加えられる事もありませんでした。あの方は、何もしていないと私が証言します。だから、どうか見逃してあげてもらえませんか?」
「……」
こういうの、何かで聞いた事がある。確か……ストックなんとか症候群とか言ったな。
誘拐された人が心理的に弱った状態にある時、少しでも優しくされたり共感出来る部分があると、加害者に好意的な感情を抱いてしまう現象だ。
優しくされたのは本当かもしれない。だけどそれでこのオストという男の罪が消えた訳ではない。
「どうしますか、ヒメノさん?」
「……貴方はどうして、野盗なんかになったの?」
私はオストに歩み寄り、ボスの死体の傍で地面に伏せる彼に尋ねた。
「……両親が死んで、身寄りがなくなって……金もない。だから、盗みを働くようになった。最初は一人で、町の外で野営する商人を狙って金目の物を盗んでた。最初は上手くいった。オレには才能があるって勘違いしてた。ある日いつも通り盗みをしようとしてたら、商人に雇われた護衛の冒険者に見つかって、半殺しにされた。いや、半殺しじゃない。奴らはオレを、殺すつもりで痛めつけていた。奴ら……オレを殴りながら笑ってた。しまいにゃ剣まで取り出して、オレを斬り付けて来たからな。そこを助けてくれたのが、お頭だ。お頭は冒険者どもをあっという間に殺しちまって、商人の荷物を奪ってみせた。その時のオレは、少しおかしかったんだと思う。他人を圧倒的な力で制して、物を奪うお頭をカッコイイって思ったんだ。それでオレは、お頭に仲間にしてくれるように頼んだ。お頭も迎え入れてくれた」
「野盗になってからは、どんな気分だった?」
「……最初は、楽しんでたと思う。これまで隠れて盗んで来たけど、その必要が無くなった。力で堂々と物を奪うのは、気持ちが良かった。だけどお頭は、人を平気で殺す。女を攫っては慰み者にし、その後で殺すか奴隷として売り払う。お頭のやり方は……残忍だった。仲間達もそうだ。笑って犯して殺す。それじゃあまるで……オレを殺そうとした冒険者どもと同じだ。ついていけない。いつからかオレは、もう野盗なんてやめたいと思い始めていた」
「野盗から抜けるのは簡単な事ではありませんわ。そんな事を言いだしたら、仲間からは裏切り者扱いをされて殺されてしまいます」
「それが怖くて、抜けると言い出す事が出来なかった。でもアンタらが現れた。チャンスだと思った。だからオレは……野盗をやめるため、お頭を殺した。罰は受け入れる。殺されたって文句は言えない立場だ。どうとでもしてくれ」
ま、別に私が個人的にオストに何かされた訳ではない。罪を受け入れるとか言ってるけど、罪人を裁く立場にある訳でもないわけで。
今のこの場にいる唯一の被害者が、こうして許してあげると言っているのだから、それでいいだろう。
「……行っていい」
「は、は?」
「行っていい。ただし、これからはまっとうに生きると約束して」
「……約束する。絶対に、真面目に働いて、真面目に生きていく」
「なら、いい」
「ほ、本当にいいのか?オレは野盗だぞ?アンタらを襲った、悪者だぞ?そんなオレの言葉を信じてくれるのか?」
「しつこい。気が変わらない内に、行って」
「……ありがとうっ」
オストは最後にまた涙を流しつつ、この場から去っていった。
「よろしいんですの?彼の言う通り、本当の事を言っている保証はありませんわよ?また同じ事を繰り返すかもしれませんわ」
「その時は、その時」
「……分かりましたわ。ヒメノさんがそう言うなら、もう何も言いません。さぁ、皆の下へ戻りましょう。……と、言いたい所ですが、立てませんの」
恥ずかしそうに言うアルマがまた可愛かった。




