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お風呂とメイドさん


 紙に書いてある文字は、この世界の文字だ。勿論読む事は出来ない。


 『鑑定』のスキルを使ってみてみると、身分証明書と表示された。


「私はこの世界の、文字も言葉も分からない」

「ふむ。この紙に書いてあるのは、平民の資格証明書だ。おかしな事は書いてないから安心してくれ。だが文字も書けないのか……ヒメノは、こう書く。スペルはこれでいいだろう。真似して書いてくれ」


 別の紙に、私の名をこの世界の文字で書いてくれたので、それを真似して書けと言ってくるゼルブロイド。

 しかし依然として紙に書いてある内容が分からない。分からないのにサインとかしていいのだろうか。


「これに名前を書けば、私も平民?」

「その通りだ」


 鑑定した結果、これは身分証明書と出ている。ゼルブロイドが嘘を言っているようには見えないし、信用はしても良さそうだ。だけど文字が分からない物にサインするのは、やはり怖い。文字が読めないのをいい事に、他国からやってきた観光客にサインさせて金を巻き上げる。元いた世界ではよくある詐欺の手口だ。


「……」

「内容も分からないのにサインするのは、まぁ不安だろうな。気持ちは分かる。だが私は君の味方だ。騙すつもりは毛頭ない。しかしサインしてくれないと、君の扱いに困ってしまう。先程も言った通り、身分証明書を持たない魔族は、奴隷として扱われる。それは君も望まないだろう?」

「……分かった。信じる」


 私は意を決して、紙に名前を書いた。するとその瞬間、紙に書いた文字が一瞬光り輝いた。かと思えば光は消え去り、何事もなかったかのようにただの紙に戻る。


「これで今日から君は平民だ。外で奴隷のような扱いを受ける事はない。その紙は大切にしまっておくといい。……ふむ」


 ゼルブロイドが、改めて私の事を見つめて来た。手を顎にあて、ジロジロと私の身体が見られている。

 こんな貧相な体で、あちこち汚れているし、掛け布団を羽織っただけの状態な私を見たって彼にはなんの得もない。それとももしかして、やっぱりロリコンだったのだろうか。

 確かに今の自分は可愛いと思う。だけど答えは、ごめんなさいだ。手を出してきたら殴り飛ばす。


「まだ話したい事は色々とあるが、まずは体をキレイにすると良い。それから……今まで飯はどうしていた?」

「洞窟では魔物を食べていた」

「恐ろしくサバイバルだな。上等な飯を用意させるから、とりあえずは風呂にでも入って休んでくれ。こっちだ」


 ゼルブロイドが歩き出し、私を部屋から連れ出した。身分証明書は、歩きながらアイテムストレージの中にしまっておいた。無くしたら困るからね。

 また柱が立ち並ぶ広い城内を歩いて行くと、とある通路の入り口で立ち止まる。通路は2つに分かれていて、片方の通路の入り口には青色ののれんに、『男』という文字が白色の刺繍で描かれている。もう片方の通路には、当然のように赤色ののれんに、『女』という文字が描かれている。


「お風呂……」

「その通り。元の世界が恋しくてな。たまにこうして、元の世界であった光景を再現してしまうんだ。しかし皆からは分かり易いと割と好評だぞ!」


 胸を張るゼルブロイドだけど、別にこの人が発案した訳ではないので、そんなに偉そうにする必要はない。


「だが一人で入浴は大変だな……。メイドに手伝わせよう。今呼んで来る。先に入っていてくれ」

「一人で入れる」


 ゼルブロイドは私の話など聞かずに、去って行ってしまった。

 メイドに入浴を手伝わせるって……私は子供か。一人でお風呂くらい入れるわ。むしろ一人が良い。知らない人に裸を見られるとか、恥ずかしい。


 でも、お風呂という楽園が目の前にある。この世界に来てから、初めてのお風呂。魔法で作った水や泡である程度清潔は保ってはいたけど、湯船に浸かった事はない。本当かどうかは分からないけど、実に7年ぶりのお風呂である。


「……ごくり」


 他人に裸を見られると言う羞恥があったとしても、お風呂という誘惑には勝てない。それによく考えたら、この世界に来てから割と裸は見られている気がする。今更気にする必要もないか。

 私は唾を飲み込み、中へと足を踏み入れた。


 中は元居た世界と似たような作りになっている。外から覗けないよう目隠しの板が出入り口に置いてあり、横から通り抜けて中へ進むと、脱衣所がある。壁には大きめの姿見が設置してある。立ち並ぶロッカーにカゴが置いてあって、その中に脱いだ衣服を置いておく。といっても、ただの掛け布団だけど。

 それから奥の扉を開くと、湯気が出て来た。湯気が飛んでいって視界が開けると、そこにあったのはまさに、私が期待した楽園だ。


 湯気が広がる、広い空間。四方に20メートルくらいはあると思う。この空間の半分くらいを、湯船が占めている。湯船にはとめどなく温かいお湯を吐き出す、謎の彫像が飾られている。


「……」


 そういえば、手錠をされたままだった。邪魔なので手に力をこめると、手錠は呆気なく壊れて床に落ちる。

 まず、私は汚れている自分の身体を洗い始めた。湯船に入る前、身体を洗うのはマナーとして当然だ。整列されているイスを拝借し、置いてある道具を使って身体を洗い始めようとする。でも、お湯がない。

 ま、それは魔法で出せばいいか。


「水流・泡石鹸」


 私は魔法を使い、泡立つ水を生み出した。それで身体を濡らし、身体を擦るようのタオルも濡らして泡立たせる。


『お手伝いいたします』


 突然背後から話しかけられて、驚いた。というか、上から覗き込んでいる。それも、遥かな高みから覗いている。


「……」


 え、ちょっと待って。でっか。


 慌てて振り返ると、そこにいたのは巨大な女性だった。

 身長はおよそ2メートルくらいあるだろう。私の倍くらい?大きいのは身長だけではない。胸もデカイ。髪の色は赤色で、ロングヘア。所々はねているのがチャームポイントでそれが可愛い。目つきはやや鋭いけど、美人さんだと思う。そんな美人さんが、黒色を基調としたワンピースに、白色のエプロンを上から着込むと言うメイド服姿でそこに立っている。

 彼女の頭には私と同じような角が生えている。色は違うけどね。それは彼女が人間ではなく魔族だと言う事を表す。

 私は条件反射で、彼女に対して『鑑定』のスキルを使ってしまった。


 名前:リリエ・リリールン

 種族:魔族

 レベル:35


 HP:50137 / 50137

 MP:25069 / 25069


 リリエさんっていうのか。可愛い名前だ。

 いやそれより気になるのが、レベル35……。メイドさんなのに、監視塔にいた兵士達よりもレベルが高い。HPとMPの数値もめちゃくちゃ高い。この世界のメイドさんって、兵士よりも強いのが普通なのだろうか。


『失礼いたします』


 そう呟くと、赤髪のメイドさんが腕まくりをし、私に向かって手を伸ばして来た。手は私の頭を鷲掴みにし、わしゃわしゃと擦って来る。すると魔法で出した泡立つ水の効果で、あっという間に頭が泡で包まれた。


『この泡立つ水は、魔法ですか?良い匂いがしますし、凄い魔法ですね……』


 あーなにこれ、すっごい気持ちが良い。質問に答えられないくらい、私は悦に浸っている。他人に頭を洗われるのって、こんなに気持ちが良かったんだ。更に女性は洗体タオルを私からとりあげると、私の身体まで洗い始めた。隅々まで、本当に丁寧に洗われて行く。抵抗する気もおきない。気持ちが良すぎるから。

 悔しいけど、この子上手いっ。


 赤髪のメイドさんは、最後に私の泡をお湯で洗い流した。お湯は、私が座っているイスの目の前に設置された魔力結晶がはめられた装置に、赤髪のメイドさんが指先で魔力をこめた事で私に降り注いだ。装置は魔法で作り出したお湯を、私の頭上からシャワーのように降らせるように出来ていた。

 やがて泡が落ちると、私の身体はこの世界に来てから一番かってくらいにキレイになった。


 洗い終わったし、次は湯船に入らねば。私は湯船に向かって歩き出したけど、赤髪のメイドさんが私の腕を掴んでとめてきた。

 何故止めるのかと抗議しようとしたけど、メイドさんは私の背後に回ると手早く髪をまとめあげ、タオルで包んでとめた。髪の毛がお湯に浸からないようにしてくれたのだ。


「……」

『どうぞ、ごゆっくりお浸かり下さい』


 これでいいのかと目を向けると、メイドさんが頷いて答えてくれたので、私は湯船に向かってダッシュ。お湯の中へ勢いよく入った。


「はぁー……」


 きもちええ。お湯加減は丁度良く、私の身体を体の芯まで温めてくれる。ここは本当に極楽ですか。

 しかしちょっと落ち着かない。まだ、赤髪のメイドさんが私の方を見ているから。彼女は隅の方で手をお腹のあたりで組み、気をつけの姿勢でじっと立ち続けている。

 ゼルブロイドが言っていたメイドとは、彼女の事だろう。背が大きく胸も大きい。オマケに美人さん。こんなメイドさんが雇えるなんて、ゼルブロイドは凄いな。正に成功者って感じだ。

 ところで、彼女の言葉は理解出来る。彼女が私に対して使っている言葉は、記憶の中にある魔族が使う言葉だ。人間が使う言葉とは違う。だから意味が分かる。


 しばらくお湯につかり、満足した所でお湯からあがる。するとメイドさんがタオルを持って駆け付け、私の肩にかけてくれた。脱衣所にいけば、体中あます事なくふき取ってくれる。

 途中で自分で出来ると抵抗した所、悲壮な表情で見つめられたので抵抗はやめた。

 更には魔力結晶を用い、風が出る装置を用いて髪の毛まで乾かしてくれる。


 少し恥ずかしかったけど、昔を思い出して懐かしい気持ちになった。

 母と一緒にお風呂に入った時の事だ。髪の毛をキレイだと褒められ、髪が乾いた後は櫛でとかされて心地よかった。妹が出来てからは、同じ事を妹にしてあげた事がある。ほんの数回程だけどね。私の体調が悪くなりすぎて、やってあげられなくなってしまったから。

 皆、元気だろうか。別に元の世界に未練があるって訳じゃないけど、皆がどうしているのかは気になるな。


『……ありがとう』

『お仕事ですので』


 メイドさんに魔族の言葉でお礼を言いつつ、私は掛け布団に手をかける。元の服を着て、この場を後にしようとした。

 だけど掛け布団をとろうとしたその手を、メイドさんに掴まれて止められた。

 今度はなんなのだと思ったら、メイドさんの手には服のような物が握られている。


 ……まさかと思うけど、その服を私に着ろと言っているのだろうか。


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