のどかな時間
手錠をされていると言っても、手錠は緩い。そして脆い。少し力をいれたら、たぶん壊れる。
そして檻の中と言っても、馬車の荷台に備え付けられた檻だ。私はその檻にとじこめられ、馬車は馬が引っ張って進んでいく。
馬車の乗り心地は最悪だ。檻に乗り心地なんて求めたらいけないかもだけど、とにかく揺れがダイレクトに伝わる。座っていればお尻が痛くなるし、立っていれば疲れる上にバランスが難しい。
監視塔から連れ出されてしばらくの時間が経過したけど、いつまで経ってもなれそうにない。
とりあえず、檻に捕まって隙間から手を出し、体重をかけてダラリと外を眺めている。
私を囲う檻の外は、大自然が広がっている。広大な草原が、どこまでも続くかのような景色だ。水平の向こうには山があって、山は巨大。山頂付近は白く染まっており、雪が降っている様子が伺える。
大地の息吹と、自然の力強さを景色から感じる事が出来る。
カミの言う事を信じれば、私は今、カミの眷属の下へ向かっているはずだ。
このまま抵抗しなければ、無事にありがたーいお告げの通りになる。
でも、暇だ。何もしないで運ばれると言うのは、性分に合わないのかもしれない。あと、この状況が気に食わない。掛け布団を服代わりに、檻の中で手錠をかけられて運ばれるとか、まるで犯罪者か奴隷みたいな扱いだ。
私が何をしたと言うのだ。もしこれ以上何か酷い扱いをしようものなら、ブチ切れる心の準備は出来ている。
『──?』
私が乗っている馬車を囲うように、馬に乗った兵士が2人付いて来ている。
その内の兵士の一人が、馬に乗ったまま私の方に近づいて声を掛けて来た。勿論、何を言っているかは分からない。
じっと見つめていたら、兵士が懐から何かを取り出した。それを私に向かって投げて来たので、私は手を伸ばしてキャッチ。
「……」
キャッチしたのは、黄色の拳大くらいの大きさの何かの実だった。所々にぼこっとふくれた瘤があり、等間隔で縦に溝が入っている。
『──』
この実を投げて来た兵士が、手で何かを割るような仕草を見せて来た。どうやら、実を割って見ろと言っているらしい。
言われた通りに実を割ってみると、溝にそうようにパカッとわれた。中にはオレンジ色の身が詰まっており、まぁ美味しそう。食べてみると、まぁ美味しい。噛むと果汁が溢れ出て来て、喉を爽やかに潤してくれる。味は甘酸っぱい柑橘系って感じで、香りが鼻を通り抜けると爽快感がある。
鑑定してみると、『ミルドゼルト』という名前の果物らしい。毒のない、本当に美味しい果物だ。
むしゃぶりついて食べ進めていくと、果物をくれた兵士が嬉しそうに笑っている。
「……」
まぁ、たぶん悪い人達ではないのだと思う。こんな扱いをされているのは、きっと何か理由があっての事だ。
黙っていれば美味しい食べ物をタダで恵んでくれるし、変な事をしてくる気配もない。もうしばらくは、このままおとなしくしてあげていても良いかな。
そう思いつつ、4日の時が経過した。
やっぱり外にいると、時間の感覚があって良いね。洞窟の中じゃあ何日経過したとか、そう言うのがさっぱり全く分からなかったし。分からないので、時が経つのがあっという間だった。
反面今は、時の流れが遅い。というか移動速度が遅い。遅すぎて眠くて、やる気がそがれる。
そういえば、この世界に来てからこんなに長閑な時間を過ごすのは初めてだな。いつも慌ただしく移動しては戦闘、食べては戦闘。移動しては戦闘の繰り返しだったから。
でも道中、お風呂にいれさせてくれないのはどうかと思うよ。水浴びもさせてくれない。というか、私を囲う兵士達も一切お風呂に入っていない。とても汚いと思う。この世界じゃ当たり前なのだろうか。不衛生すぎる。
という不満があるので、キレそう。
でもご飯が美味しいんだわ。昨日の、ベーコンを焼いてパンに挟んだやつとか最高だった。ご飯があるから、今日も我慢しようという気持ちになれる。むしろ、今日のご飯はなんだろう。楽しみで仕方がない。
そんな感じで過ごしていたら、景色が変わった。いや、景色は同じなんだけど、周囲の様子が変わったんだよね。荷台にたくさん荷物を載せた馬車や、馬に乗っている人。馬に荷物を載せて自分は歩いている人。気づけば周囲はそんな人々でいっぱいだ。
そして皆、檻に閉じ込められている私に向きもしない。見たとしても、プイっと目を背けて興味も向けられない。
まるで私が手錠を嵌められて檻に閉じ込められているのが当たり前かのような反応だ。
こうなって来ると、やっぱり嫌な感じだな。
と思いながらもご飯のために我慢していたら、進行方向に凄い物が見えて来た。
まだ遠いけど、そこには町がある。草原のど真ん中にあるその町は、大きな石の壁に囲まれている。こちらの方が標高が高いのか、壁の中が丸見えだ。壁の中には色とりどりの屋根が立ち並び、町の中心には大きなお城が建っている。お城の周辺は何もない草原が広がっており、その草原がもう一つの壁に囲まれて二重丸の形を作っている。
いきなり異世界らしい光景が飛び込んで来た事で、私は心が躍った。なんだあの町。あんなの私がいた世界では見た事がない。本当に、私は異世界、ゲームの『アスレベ』の中にいるんだ。あの町はアスレベの中の、どの町だろう。記憶の中では思いつかないな。
やがて町に辿り着くと、人々が列を作って町に入るための門の前に並んでいた。私を乗せた馬車は、その列を華麗にスルー。先頭までやって来ると、御者が門番に何かを見せて、ちょっとした荷物検査を受けただけで開かれたままの門の中へと入ってく。
列に並んでいた人達の視線が突き刺さる。
ここまで馬車についてきていた兵士2人とは、そこでお別れとなるようだ。門をくぐるまえに私に声をかけると、軽く手を振って去っていく。
私も、軽く手を振って返した。2人には道中美味しいご飯を食べさせてもらったので、感謝している。
門をくぐると、町の中は活気に溢れていた。通りは露店でうめつくされ、人々が所狭しと歩いている。客の呼び込みをして叫ぶ声、楽しそうな笑い声、友達と話す声に、迷子の鳴き声。何を喋っているかは分からないけど、たぶんそんな感じの声だ。分かったとしても、色んな声が混じりすぎてガヤとなっているので、よく聞き取れないだろう。
それにしても、人が多すぎる。こんなに大勢の人が集まっているのを目の前で見るのは、どれくらいぶりだろう。
「……おえ」
人酔いしそうだ。私は目の前の現実離れした異世界の風景を楽しむのではなく、目を伏せて吐き気を抑える道を選んだ。
次に目をあげたのは、周囲がやけに静かになってからだ。気づくと私は、草原の中にいた。真っすぐに続く道がお城へと続いていて、その道を進んでいる。
草原はお城を囲むようにあって、城下町との間にある緩衝地帯だね。外から見えた場所だ。
やがて、私を乗せた馬車はお城の前に辿り着いた。そこでは大勢の兵士が待機していて、馬車が近づくとこちらを警戒して取り囲んで来る。
兵士と御者がいくつか言葉を交わすと、私は檻の中から連れ出された。お城の兵士がやや乱暴に私の枷を引っ張って来た時は、手が出るかと思ったよ。でも、ガマンガマン。
最後に御者が私に言葉をかけると、彼もまた来た時と同じ馬車で去って行ってしまった。
軽く手を振ると、彼もまた手を振り返してくれる。
その場に残された私は、やはり少し乱暴に兵士によって連行されて行く。大の大人の武装した男が、5名がかりで私を前後左右で挟み込んでおり、自由にさせないという意思を感じる。更にその内の1人は、私の手枷に鎖を繋いでリードのように引いているんだよ。これじゃあまるで、ペットか何かじゃないか。あたしゃあ、あんたのペットになった覚えはないよ。
心の中ではそんな文句がダラダラと流れ出ているけど、一方で目の前の光景に目を奪われている。
私はお城のどデカい正面の門から城内に入ったんだけど、お城の中もどデカイ。天井はどこまでも高くて、左右と正面に続く廊下もデカイ。どデカイ天井を支えるかのように立ち並ぶ石の柱は、等間隔で並んでいてデザインも同じ。圧巻な光景だ。
そんな空間を、大勢の兵士が歩いて巡回している。敵の侵入は絶対に許さないって感じの警備っぷりだ。
しばらく柱が立ち並ぶ空間を歩いて進んでいくと、木の扉の前で兵士達が立ち止まった。少し大きめの、観音開きの扉だ。その扉を先導していた兵士が開くと、兵士達が中に入っていくのについて私も中に入る。
中には大勢の男達がいた。男達は武装はしているようだけど、甲冑は身に纏っていない。代わりにお揃いの白色のロングコートを羽織っていて、科学者か何かのよう。実際本やら地図を机の上に並べているし、壁際では試験管に粉や液体を混ぜて何かの実験をしている様子も見える。
え。こんな所に私を連れて来て、どうするつもり?まさか私を実験体か何かにするつもり?
だとしたら、戦争だ。そっちがやるつもりならとことんやってやるから覚悟してほしい。
警戒しながらも、まだ一応おとなしくついていっておく。兵士達は部屋の中の男達に挨拶しつつ、部屋の中にある階段を上って奥にある廊下を歩き、一番奥にある部屋の前までやって来た。
その部屋の扉をノックすると、返事が返って来たところで、兵士が私を引き連れて部屋の中へと入っていく。
部屋の中には、男がいた。イスに座って書類に目を通していたけど、その書類を置いてからこちらに目を向けて立ち上がる。
年齢は30歳くらいだろうか。ツンツンした茶髪の男で、目はややタレ目で優男っぽく見える。身長は180センチくらいだろうか。ちょっと大きめ。部屋の外の男達と同じく白色のロングコートを羽織っているけど、そのコートには金色の勲章のような物がたくさんついて見せびらかしている。たぶん、何か偉い系の人だと思う。
この男に何かの実験台にされてしまうのだろうか。
『──』
部屋の中にいた男が、こちらを指さして兵士達に何か言った。その言葉を聞いて兵士達は一斉に部屋から出て行き、扉を丁寧に閉じて行った。
私はポツンと取り残され、男と二人きりになる。すると、男が私に向かって歩み寄って来た。警戒していると、男は私の前で立ち止まり、私の前で膝をついて視線を合わせて来た。
「こんにちは。君がカミ様の言っていた、魔族の少女で合っているね?」
男が突然、私の知っている言語で話しかけて来て驚いた。記憶の中にある、魔族が話す言葉ではない。私が元いた世界の言葉だ。
ああ、そうか。この男が、カミが言っていた眷属なのか。
「……合ってる」
「会えて光栄だ」
手を伸ばして来たので、戸惑いつつも、私も手を出して軽く握手をかわす。
こうして、カミの言っていた通りに眷属と合流する事が出来た。




