新米文官ユディの日常:⑤解決~薫風に乗って~
ミスのご指摘をありがとうございました!
これにてラストです。
改装作業の続く詰所から一旦外に出ると、どういうわけだか同僚の騎士たちがアビーに気の毒そうな視線を向けてくる。
中には、肩をぽんと叩いてくる者もいる。
一足先に外に出ていたハルが、青い子竜——フォスリーをその腕に抱いて、こちらにやって来る。
眠たそうに瞼が半分閉じたままの子竜を優しく撫でてから、ユディはアビーに向き直った。
「アビーさん、人騒がせな犯人をご紹介します」
「犯人は、フォスリー……?」
愕然として呟くアビーに、ユディは言葉を続ける。
「二階の天窓から侵入したんです。内側からは嵌め殺しにしか見えないんですけど、よく調べてみたら回転窓だったんです。軸を中心に回転させれば、ほんの少し開く。その隙間から入りこんでいたみたいで、こんなものが窓に引っかかっていたのをハルが見つけました」
ユディが手にしていたのは、夜行蝶のような青い鱗だ。
フォスリーのものに間違いない。
「なんでそんなことを……?」
「フォスリーはこれを探してたんだ」
寝ぼけ眼のフォスリーを地に降ろし、ハルが取り出して見せたのは、数枚の紙きれだった。
白紙だったり、ちょっと破れているものもある。
どこからどう見てもただの紙を指し示され、アビーは混乱した。
「本当にこんな紙切れを探して、フォスリーが詰所内を荒らしていたっていうんですか?」
ハルは頷いた。
「ローグほど言葉が通じないから苦労したけど、フォスリーと何とか意思の疎通を図ってみたんだ。こいつ、アビーに手紙を書いてほしかったってさ」
「手紙……? 誰に……」
「決まってる。ルナにだよ」
「え……?」
「もちろん文字が読めるわけじゃないから、手紙の中身は関係ないけど。ルナは伝令係だっただろ? つまり、アビーとまた一緒に仕事をしている姿を見たい——ってことだと思う。フォスリーがいつも甘えたような鳴き声を発していたのは、伝令係の真似をしようとしてたんだ。怒って出て行ったルナを、アビーに追いかけて行ってほしかったんだよ」
「怒って出て行った……? ルナが? どうして……!?」
意味がわからないでいるアビーに、やや厳しい声でハルが訊ねる。
「アビーは自分のこと、ルナの主人だ……って思っていなかったか?」
「え……」
アビーの胸が、嫌な感じにどくんと鳴る。
「ルナがアビーを背に乗せてくれていたのは、純粋にアビーのことが好きだったからだ。アビーとルナは主従関係にあったんじゃない。友人関係にあったんだよ」
確かに、先輩騎士からは人間と飛竜とは主従関係にあるのではないと教わった。
竜は人間に従う義務も義理もないのだから、絶対にはき違えてはいけないと。
あの日ルナへ言った「ありがとう」の言葉には、「自分に付き従ってくれてありがとう」という響きが……込められていた。
いつも自分に素直に従ってくれていたルナ。
いつの間にか、自分の所有物のような感覚を抱き、多少なりとも尊大な気持ちを持ってしまっていた……。
顔色を失ったアビーに、ハルは腰に手を当てて大きな溜息を吐く。
「でも、飛竜たちは王弟殿下にあれほど従順なのに……! それは殿下を主人と思っているからではないのですか?」
「ぼくと同じように考えたらだめだ」
さらりと言い放つ。
ドラグニアの王族は煌龍リューネシュヴァイクの末裔——。
それに気づいたアビーは沈黙した。
ハルとフォスリーが一緒にいるところを、アビーが羨望の眼差しで見ていたことをユディも思い出す。
きっと、自分自身と比べていたのだろう。
「アビーはルナが育児放棄をしてフォスリーを置いていったっていうけど、それは違う。フォスリーは確かにまだ子どもだけど、生まれたてっていうわけじゃない。一歳にもなれば、竜は人間の手なんか必要としないはずだ」
「…………」
指摘されて、アビーははたと思い当たった。
フォスリーは柵の中にいたけれど、自分で勝手に小動物などを取って食べているようだったし、世話というほどのことは、ほとんど何もしていなかった。
軍馬とは違い、竜を繋いでおくことはできない。
風と自由を愛する竜は、自分の意思で人間の元にやってくる。
そして、離れていくのももちろん自由なのだ。
「じゃあ! なんでフォスリーはここにいたんでしょう? 普通、竜は自然の中を好むのに……」
「アビーのことが心配だったんだろ? だから、ルナはわざわざフォスリーを置いていってくれたんだよ」
「……! そんな……」
子竜の面倒を押し付けられたという気分でいたけれど、実際は逆だった……?
信じられないという顔のアビーの前に今度はグイードが立つ。
「アビー、誰しも失敗をおかすことはある。懐いて慕ってくれている竜に対して慢心してしまったのも仕方のないことだ。だがな、悪いのはただ気持ちを落ち込むに任せ、未熟な己をそのままに捨て置いていることだと心得ろ。お前が騎士たる心を持っているなら、今からでも決して遅くはない。己を鍛え、強い心を持ち、ルナを迎えに行け! そして、誠心誠意謝ってくることだ」
そう言うと、腰の剣を抜き放つ。
「団長……?」
「しょぼくれてるお前を元気づける方法を色々と考えたんだが、どうにもしゃらくさい。騎士ならば心は剣によって鍛えるものだ。怪我がもういいようなら、稽古をつけてやるが、どうだ?」
挑むように言われて、アビーはぽかんとする。
が、次の瞬間には俄然奮起していた。
「もちろん、望むところです」
アビーも剣を抜き放つ。
ドラグニアの騎士団長グイードは豪剣で知られる国の英雄だ。
稽古をつけてやると言って、これまでどれほどの先輩騎士たちがぼろぼろにされてきたか、アビーはよく知っている。
先ほどの同僚たちの同情するような視線は、きっとこのことだったのだろう。
けれど、今のアビーにはグイードの気持ちが嬉しくてたまらなかった。
こんな至らない自分を一人前の騎士と認めて、剣を抜いてくれたことが光栄だった。
緑の瞳が鋭さを増す。
騎士団長の構えには隙などない。
それでも、怯んでなどいられない。
気合いの声を発しながらアビーはグイードに打ち込んでいった。
※
数日後————。
「ほら、そこで踏ん張って! 頑張って、ユディさん!」
「もっ、もう本当に……無理で……す……!」
べちょっと地面に突っ伏したユディに、アビーの檄が飛ぶ。
「情けないですね! じゃあ次は腹筋をやりましょう。はい、起きて起きて! その後で走り込みもやりますからね、休んでいる暇はありませんよ!」
「アビーさん、ちょっとだけ休ませてくれませんか……?」
「駄目です!」
身体にぴったり合った、真新しい騎士団の制服に身を包んだユディは、アビーにどやされて目尻に涙を浮かべながら、今度は腹筋の姿勢を取る。
(まさか、国王陛下がここまで本気だなんて……。早く仕事に戻らないと、これ以上休んだらヴェリエ卿に本格的に大目玉食らっちゃうわ……!)
騎士団での事件を解決したことで、あわよくば訓練が免除にならないかと希望を抱いていたが、甘かった。
腕立て伏せすら満足にできないということがフェルディナンドに知れると、あろうことか国王は「腕立て伏せ二十回、腹筋五十回」ができるようになるまで、毎日騎士団に通うようにユディに命じたのだ。
今のところユディの成績は「腕立て伏せ三回、腹筋十回」である。
まだまだ先は長い。
「ほら、もっと上まで身体を起こして!」
「うう……これで、もう、精一杯、です……!」
側を通り過ぎる騎士たちが「ユディちゃん、頑張れー」とか「アビー、ほどほどにしてやれよ」などと声をかけてくる。
ユディの壊滅的なまでの体力のなさは騎士団内でも話題になっているようで、腕をぷるぷる震わせて、最後にはべちょっと情けなく地べたに潰れる新米文官の姿はすでに騎士団の日常風景になりつつある。
もっとも、改装工事を指揮したことでユディの知名度は上がり、団員たちは以前にも増して親しく話しかけてくれるようになっていた。
「ユディさん、騎士団員を目指さないでよかったですね。これじゃあ入団試験の体力測定で一発不合格でしたよ」
そんなのがあるとは……。
文官採用試験に体力測定が含まていなくて本当によかった。
ふっと、上半身をぷるぷるさせていたユディの背中が楽になった。
振り返ると、夜行蝶の色の鱗と、いたずらっ子のような金の瞳が目に飛び込んでくる。
「あ、フォスリー……。押して! お願い!」
ふざけてユディの背中を支えているのは、子竜のフォスリーである。
アビーが呆れたようにフォスリーを抱き上げると、羽根をパタパタさせて喜んでいる。
「こら、フォスリー。ユディさんもずるしちゃ意味ないでしょう。遊んでる暇があったら鍛えてください」
言葉とは裏腹に、アビーの顔は優しく、晴れやかだった。
ユディたちが詰所の改修工事を行い、騎士団長のグイードに稽古をつけてもらった日から、アビーの態度は目に見えて変化していた。
いじけた様子はまったくなくなり、いつもきびきびとして快活そのものだ。
ユディに対しても遠慮なく言いたいことを言ってくるし、しごきもきつい。
これが、女騎士アビーの本来の持ち味なのだろうとユディは思う。
「仕方ないですね。じゃあちょっとだけ休憩にしましょうか。ちょっとですよ! すぐまた始めますからね」
アビーはぶつくさと小言を言いながら詰所の中に入り、すぐにまた戻ってきた。
その手には塗り薬と湿布薬がある。
「ユディさん、これをどうぞ。普段は全然運動されていない人が急に動いたから筋肉痛になっているでしょう。以前にも増して動きがぎこちないです。腕や足の痛い部分にこの湿布薬を貼ってください。貼れない場所にはこっちの塗り薬を使ってくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
部下というのは上司にだんだん似てくるのか、アビーのお母さん感は日に日に強くなっている。
ということは、そのうち自分はヴェリエに似てくるのだろうか……?
変な方向に思考が飛びかけた時、上空に羽ばたきの音が広がった。
飛竜のローグに跨ったハルが訓練場に飛来したのだ。
ユディとアビーの前に颯爽と降り立つ。
「ユディ、訓練はどう?」
「う……聞かないで……。そっちはどう?」
なんとも情けない返答だが、ハルの方は力強く頷いた。
「ルナを見つけたよ」
アビーががばっと身を乗り出した。
ここ数日、ハルはローグとともにあちこち飛び回ってルナを探してくれていたのだ。
「本当ですか、殿下!? ルナはどこに……?」
「東側の森の中。ここからそれほど離れてないから、日暮れ前には着けると思う」
「ただちに行きます! ユディさん、申し訳ありませんが、今日の訓練はここまでということで!」
詳しい場所を確認すると、猛烈な勢いでばたばたと駆け出していくアビーを、ユディは安堵の気持ちで見送った。
ルナがアビーをすぐに許して受け入れてくれるかはわからないけれど、その筋道はついた。
それに、こんなに簡単に見つかったということは、ルナもアビーを待っているような気がする。
黒龍からハルが降りてくる。
「ユディ、今日はもう訓練はお終い?」
「ええ、そうなっちゃったわね」
「じゃあ、ちょっと連れ出していい?」
「え……、わっ!」
ふわりと抱き上げられ、ローグの背に乗せられる。
ユディの背後にハルがぴったり寄り添ったかと思うと、そのまま飛び立った。
「わぁっ……」
ローグの背に乗せてもらって空を飛ぶのは、これで二度目だ。
前回よりももう少しだけ余裕を持って、上空からの非日常的な景色を見ることができている。
白い雲の上の澄んだ空気は、風薫る初夏の気配をはらんで、前の時よりずっと暖かかった。
「ルナがいたっていう森はどの辺り?」
「あの辺だけど、見える?」
城下町を遥か超えて、そのずっとずっと先に、ちょこんと緑のかたまりがあるのが目に入る。
「遠いわね! 本当に日暮れまでに着けるかしら?」
「軍馬で飛ばせばいけるよ。アビーがうまくやれば、帰りはルナの背に乗って帰ってこれる」
「そう……」
ユディはここのところ気になっていたことを、ハルに話してみることにした。
「ねえ、ハル。竜ってすごく人の感情に敏感なのね。それに知能が高いだけじゃなくて、なんかこう……竜自体が人間みたいに感情の起伏があることに驚いたの」
「そうだね。色んな個体がいるけど……。竜って知能も感情も普通の獣の比じゃない」
アビーの失礼な態度に怒って出ていったけれど、やっぱり迎えに来てくれるのを待っているかのようなルナ。
思い悩んでいたアビーには失礼かもしれないが、どうにもいじらしく思えてならない。
「竜って、想った相手にはすごく一途だから」
「そうなのね……」
「うん。ぼくもだけど」
「え……」
振り返ると、いつの間にか仮面を脱いだハルの星色の瞳と、ユディの青紫の瞳が鉢合わせする。
「この間フェルたちの前で言ったこと……ぼくの本心だから」
「……うん」
「大切な女性」……ハルはそう言ってくれた。
ローグの手綱を掴むハルが、後ろを向くユディの背中をしっかりと支え、そのまま二人の顔がそっと近づいていく……。
————むにゅ。
「ん……? わっ、フォスリー! おまえ、何してるんだ?」
どこから現れたのか、青色の子竜がユディとハルの間に躰を割り込ませていた。
「馬鹿、あとちょっとだったのに……! このいたずらっ子め」
憮然とするハルに文句を言われても、羽根をパタパタさせて悪びれないでいるフォスリーが可愛らしくて、こちらも照れ隠しについつい褒めてあげてしまう。
「ここまで自分で飛んできたの? 上手に飛べるのね、えらいわ」
「もしかしてルナのところに行きたいのか? まったく、アビーについて行けばよかったのに」
追い払われるようにされても、フォスリーはちょっと首を傾げて、今度はこれ見よがしに大きな欠伸を一つする。
「そういえば、この子がわざわざ夜を待って詰所に入り込んでいたのってなんでだったのかしら? 紙なんていつでも好きな時に取りに行けばよかったのに」
「竜って、子どもの頃って夜行性なんだよ」
「えーっ」
人間の赤ちゃんも夜泣きをするというが、そんなようなものなのだろうか。
だからいつも眠そうにしているんだと、やっと理解できた。
この子が夜中に詰所に押し入ったのは、ふざけ半分なのもありそうだとユディは思った。
わざわざ窓から入り込むなんて、まるで狭い所を好む猫だ。
確か、更衣室も荒らされていたと言っていたっけ。
それって絶対、アビーの匂いのついた制服を探して、あちこち引っ掻き回して遊んでいたのに違いない。
「あなたって本当にいたずらな赤ちゃんみたい」
すると、フォスリーがうーんと伸びをしてユディの唇をぺろっと舐める。
「やだ、くすぐったいわよ……って、フォスリー!」
フォスリーが金の瞳をきらめかせ、直後にハルに飛びつくようにしたかと思うと、彼の口をぺろりと舐めたのだ。
……これって、いわゆる「間接キス」にあたるのだろうか。
「罪滅ぼしのつもりか? おまえ、本当は全部わかってるんだろ……」
ハルのぼやきが後ろから聞こえてくる。
すると、今度は下からローグが呆れたような鳴き声を上げた。
これは、竜の言葉がわからなくとも、簡単に翻訳できる。
「そこにいる人間たちは、自分の上で一体何をやっているんだ?」だ……。
ユディはハルとそろって苦笑を浮かべる。
爽やかな風に吹かれながら、二人と二頭は、青く広がる空を天高く舞っていった。
これにて短編も完結です。
荒く拙くさらに蛇足だよねと思いつつも、筆が止まらず…m(*- -*)mス・スイマセーン
またもや季節と合ってませんでしたが、このような後日談にまでお付き合いくださり心よりお礼申し上げます。
ここで一段落ではありますが、皆さまに応援いただいたおかげで、いつか続編を書けたらいいなと前向きに思うようになりました。
画面下の☆マークは、作者のやる気みなぎるボタンとなっておりますので、もしよかったら全開にポチポチっと押していただけますと嬉しく思います。
お読みくださったご感想もぜひお待ちしております*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭*
本当にありがとうございました!




