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異世界五分前仮説   作者: するめいか
最終目標「仲間を集める」
57/65

54話「チュートリアル終了」

 最後の仲間、エルとの合流後、勇者一行は最も近い町であるユーダンクへと一旦立ち寄った。


 この後どうするのかを話し合い、今までエルが何をしていたのかを聞き、ヴィーレ達も仲間が二人増えている理由を説明しなければならなかったからだ。


 彼らが王都へ辿り着いた頃には、西方へと夕陽が沈み始めていた。


 あまり時間を無駄にはできないが今は全員疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。


 とりあえず情報の共有を済ますため、休憩も兼ねて、街に入ってすぐの適当な喫茶店に入ることにする。


 ちなみに、道中でカズヤとエルは目を覚ましたようだ。


「みんな好きなものを頼んでいいわよ。私はロイヤルミルクティーでお願い」


 ウェイターがテーブルに近付いてくると、イズが初めに口を開いた。


 彼女の対面に座るヴィーレはそれを聞くなりメニュー表に目を通しだす。


「助かる。実を言うと、昼食は邪魔が入ったせいでほとんど食えなかったんだ」


 グリルチキン、クラムチャウダー、シーザーサラダ、ミニチーズドッグと、次々に注文していくヴィーレに駆られたのだろうか。


 イズの隣に座るネメスも思い切ったように手を挙げる。


「それじゃあ、わたしはバタートーストとホットミルクを頼みます!」


「俺は自腹を切らせてもらうぜ。変に借りを作りたくないんでな」


 不機嫌そうに申し出たのは最後に加わった仲間、エル・パトラーだ。


 勇者達四人は屋内に来て帽子を外した青年を改めて確認してみたが、やはり彼はヴィーレが聞いていた通りの外見をしていた。


 ツンツンした金髪が特徴的な碧眼の若い男。エルという男は彼で間違いないだろう。


「カズヤには……」


 イズはドリンク欄に一通り目を通してから、即決でメニューを指差し言った。


「薬草ジュースでいいわね。一つお願い。以上よ」


「かしこまりました」


 ウェイターは注文を終えて去っていく。


「罰ゲームかな?」


「何よ、ヴィーレ。文句ある? 味は格別よ」


「『格別にマズイ』って意味じゃあないんだろ?」


「ええ、勿論」


 ヴィーレの問いにイズは不思議そうな顔で答えてくる。勇者は頭を振るしかなかった。


 どうやら彼女の舌は狂っているようだ。







 ひとまず情報共有である。


 ヴィーレ達は一から順を追って、今まで彼らが何をしていたのか、そしてカズヤとネメスの加入した理由をエル・パトラーへと説明した。


 途中運ばれてきた料理やドリンクが半分ほど無くなったところで、報告はようやく一段落する。


「――――そうして紆余曲折を経て、ようやくお前と会えたってわけなんだ、エル」


 ヴィーレは説明をそう言って締めると、頼んでいたアイスコーヒーで喉を潤した。


 かいつまんで話したつもりだったが、思いのほか時間がかかってしまったようだ。主にネメスの件で。


 どうやらエルもネメスやカズヤの加入に異論はないらしい。イズ同様に諸手を挙げて歓迎する、という風でもなかったけれども。


「それで、エルは僕達がアルストフィアにいた二日間、何をしていたの?」


「何って、お前らを探していたんだよ!」


 カズヤが質問を投げると、エルは眉間を狭めて即答した。


 それを受けて次はネメスが尋ねる。


「二日間ずっとですか?」


「ああ。ヴィーレとイズの名前しか知らない状態だったから、無駄に時間がかかったんだ。結局、徒労に終わったと思ったが――――」


「帰り道で僕の発生させた大爆発に気付いた?」


「そうさ。突然爆風で吹っ飛ばされたから何事かと思ったぜ。急いで駆けつけてみると、何の偶然かお前らがいて、これまたいきなり熱烈なフレンドリーファイアを浴びたってわけだ」


「まだ根に持っているの、あんた」


「根に持たないと思っていたのか?」


 エルの早口な反論を無視して、イズが口を開く。


「お詫びに回復してあげたじゃない」


「だとしても、だ。鼻を潰されて前歯が取れた! テメェは仲間をぶん殴ったんだぞ! 謝罪の一つも無いのかよ」


「無いわ。どっちにしろ、あんたに会ったら一発殴ってやろうとは思っていたもの」


「何ィ……?」


「だってそうでしょう? 私達がアルストフィアの救助へ向かうことは予見できたはずなのに、あんたは村長や自宅に何のメッセージも残さないままユーダンクへ発ったわ。そのせいで私達は二日も余計な時間を費やした」


 イズはあくまで譲らない姿勢のようだ。


 同じテーブルに付いているヴィーレ達三人は、二人の言い合いを居心地の悪い気分で眺めている。


 しかし、肝心のイズは怒っているため、彼らの姿が目に入っていなかった。


「それに対して、私は家族や王城の門番にしっかりと隣村へ向かう旨を伝えてきたわ。私達の名前しか知らなくても、まず心当たるような場所よ。どうしてそれを探り当てるだけのことに二日と半日も使っているの? この間にどれだけの人が魔物の餌食になったと思う?」


「それとこれとは話が別だ! テメェが相手の姿を確認せずに攻撃を仕掛ける危険人物ってことに変わりはねえ。お前の方こそ予見が甘かったんじゃあねえのか?」


「あの森は近道だったってだけで、普段は人が滅多に通らない魔物の巣窟よ。人間が助けに来るなんて思わない。それに、私はカズヤの起こした爆発を知らなかった!」


「そうかよ。大賢者様ならそれくらいの事は想定できると思っていたぜ」


 嫌味な口調で返すエルに、イズはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。


「ガッカリだわ。戦闘特化型の呪文使いと聞いて期待していたのに、たった一回の負傷を大袈裟に取り立てて騒ぐような女々しい男だったなんて」


「生憎様だが、優れた能力を持つ者が優れた魂を持つわけじゃあねえんだよ」


「あんたのその低劣さはあんた自身の怠慢でしょう」


 二人の気力はまだまだ有り余っているらしい。


 ヴィーレは彼らの口喧嘩を黙って聞きながら、ユーダンクの酒場でのことを思い出していた。


 このままではあの時と同じ結末が待っているだけだろう。


 ドゥリカ・ブラウンと同様、エル・パトラーはイズとの相性が最悪の男なのだ。


(論点がどんどんズレていくな。相手を言い負かすだけが目的の口論と化していっているぞ……)


 赤い瞳を面倒そうに細めるヴィーレ。


 今となっては食事に手をつけているのも彼のみである。


「これはあんたのためを思って言っているんじゃなくて、上から目線の正論で忠告するのが気持ちいいから言っているんだけど、もう少し寛容さというものを身に付けたらどうかしら」


「ペラがよく回るなァ。舌の根にモーターでも搭載してんのか?」


「どれだけの事を語れるかで人の知性は測られるのよ」


「どれだけの事を語らないかで品性ってモンが測られるんだぜ」


「私に品性が無いとでも?」


「自覚がないとは羨ましい。器が小さいくせして自分が正しいと思い込んでいるから、できない奴ほど謝らないんだ」


「自分は悪くないだなんて、きっと誰もが思っているわ。あんたもそうでしょう? 話が平行線を辿ると分かっていて退けないのは、できないからじゃなくて、やりたくないからよ。私と何も変わらないわ」


 間髪入れずに続く台詞のラリーはいつまでも終わらないように思われた。


 しかしそこで意外にも、エルの方が両手を挙げる。


「……分かった。(らち)が明かねえってことがよーく分かった」


 彼は単純にこれ以上無駄な時間を過ごしていたくなかったのだろう。


 脚を組んで首を傾げると、イズの瞳を見据え、最も解せないことを問いかけた。


「ハッキリさせようぜ。一体何が気に食わない? 俺のどこが悪かったんだ。言ってみろ」


「さあ? 言葉とか、頭とか?」


 けれども、返ってきたのは相変わらずの煽り文句である。


 エルは思わず笑ってしまった。


 面白かったわけではない。怒りが度を越して、乾いた笑いを漏らしてしまったのだ。


「野郎……ッ!」


 イズに掴みかかるため立ち上がろうとしたエルを、隣から咄嗟に制止するヴィーレ。


 彼はエルの肩を片手で押さえたまま、興奮した相手をなだめるように慎重な言葉を投げかけた。


「まあまあ。落ち着けよ、エル。態度は悪いけど、イズはこれでも反省しているんだ。怪我を負わせた時は真っ先にお前の側へ駆け寄った。治療をしたのだって他でもない彼女だ」


「本当かよ……」


 エルは怪訝な顔でヴィーレの腕を振り払うと、自分の席へ腰を下ろす。


 だがしかし、イズはなおも噛みつくのを止めなかった。


「ええ。反省したわ、存分に。だけど後悔は必要以上にしない主義なの」


「……さっきから何だテメェ、その態度は」


「あんたの真似よ」


 イズの不遜な物言いにエルは再び席を立つ。


 ノータイムで殴りかかろうと拳を引く彼を見て、イズも氷雪の呪文を詠唱した。


 氷剣を手にした彼女のもとへエルの拳が飛んでくる。


 が、両者がぶつかり合う寸前で、店中に響く激しい音が彼らに動きを止めさせた。


 ヴィーレがテーブルを手のひらで叩いたのだ。


 彼はスッと立ち上がり、周りの客や店員へ「すみません」と一礼すると、座り直してイズ達を睨んだ。


「二人とも、いい加減にしろ。ネメスとカズヤが怖がっている」


 逸らされたヴィーレの視線の先には、気まずそうにジュースを飲むネメスと、曖昧な表情でまごつくカズヤがいる。


 そんな二人を見て、初めてイズは口を閉じた。


 エルも小さく舌打ちしてからソファーの背もたれに肘をつく。


「イズ。前回と違って、今回はお前に非があるぞ。エルの言っていることは正しい。ユーダンクで彼が手間取ったことだって、故意にやったわけじゃあないはずだ。分かるな?」


 ヴィーレが理性的に叱ってやると、イズは唇を尖らせて小さく頷いた。


 片方が折れたらもう片方も折れざるを得ない。


 エルはもうイズに対して突っかかることができないだろう。蒸し返すことはヴィーレが許さない。


 だが、彼の心にはやはりまだ不満が(くすぶ)っているらしく。


 どうにも我慢ならないといった様子で姿勢を変えると、隣に座るヴィーレへと、強気な態度で話しかけてきた。


「なあ、勇者さんよ」


「ヴィーレだ。ヴィーレ・キャンベル」


「……ヴィーレ。今となっちゃあ後悔しているが、俺はこの任務に自ら進んで志願した身だ。だからもし、あんたがチームのリーダーってンなら、俺は黙って命令に従うぜ」


 エルは相手の肩に腕を回すと、ヴィーレを含むメンバー全員を次々と指差していく。


「けどな、お前らの健全な『仲良しごっこ』に付き合うのはまっぴら御免だ。俺は魔王を倒せりゃあそれでいい」


 まるで他の四人との間に一線を引くかのように、自身のグラスを仲間から遠ざける。


 そうして彼は俯きがちにヴィーレを横目で睨みつけた。


「愛なんて要らねえ。力さえあれば人は救えるんだ。違うかい、ヴィーレ・キャンベル」


「……いいや。俺はお前の意思を尊重するよ」


 ヴィーレは相手の射抜くような視線から目を逸らさずにそう答える。


 青い瞳をさらに険しく細めた後、鼻で笑ってからドリンクを一気に(あお)るエル。


 場は完全に白けてしまっていた。


 テーブルにグラスを置く音や、氷の崩れる音が聞こえるほどに。


 けれども、まだ話さなければならないこと、伝えておかなければならないことがヴィーレにはあった。


 彼は空気を切り換える意味も込めて、再度エルに話しかける。


「ところで、エル。忘れないうちに尋ねておきたいんだが、俺達と出会う前、能力使いの魔物から攻撃を受けなかったか」


「ああ、確かに遇ったぜ。『超越』の能力使いによ」


 ヴィーレからの質問に、エルは帽子を指でクルクル回しながら答えを寄越す。


「手鏡の魔物だった。相手の将来を映し出す奇妙な鏡……。おかげで俺は未来の俺自身と戦うハメになったぜ。まったく気分悪いよな」


 険しい顔でそう呟いた後、「まあ俺の敵じゃあなかったけどよ」と肩を(すく)めるエル。


 それを受けて、ヴィーレはカズヤの方へと目配せをした。


「やはりカズヤの推論は間違っていなかったみたいだな」


「うん……。能力使いの魔物から同時に襲撃されるなんて偶然がなかなか起こらないことは、異世界から来た僕でも分かる」


 カズヤは正直複雑な心境のまま言葉を続ける。


「どうして僕らの居場所が割れているのかはさっぱり分からないけれど――――」


「奴らは魔物の王が仕向けてきた刺客と見て間違いないだろうな」


 ヴィーレ達の話を聞いた三人に緊張が走る。


 彼らの推論が意味するところは、イズやエルなら勿論、最年少のネメスでも理解できるシンプルな事柄だった。


 それを確認するため、イズはネメスの手を握ってからヴィーレへ質問を投げてくる。


「……それじゃあ、これからも能力使い達がああやって襲いかかってくる?」


「そう考えておいた方がいい。相手が人間の姿に化けているかもしれない以上、常に油断ができない旅となるだろう」


 彼はリーダーとしてありのままの真実を突きつけた。


「ここにいる五人全員が魔王討伐任務のメンバーだと認識されたはずだ。ネメスとカズヤだって、もう後には退けない」


 時間遡行で学んだ過去の経験をあまり活かせなくなるというのは、ヴィーレにとって致命的な痛手だった。


 しかし弱気になっている場合ではない。(さい)は既に投げられたのだ。


 リーダーである勇者は、目の前がどれだけ深い闇に包まれようとも、やるべき事をやらなければならない。


「覚悟を決めろ。単独での行動は控え、己の力を過信するな。相手が慢心してくれたのは今回きりの幸運だと思え」


 ヴィーレは仲間達の顔を見渡し、革のソファーから身を乗り出す。


「必ず五人で生きて帰るぞ」


 それは勇者としての決意表明であり、チームとして達成すべき最終目標の決定だった。


 イズは覚悟の込められた瞳を、カズヤは力強い頷きを、ネメスは不安そうな表情を、エルは見定めるような目つきを、それぞれヴィーレへ向けてくる。


 全員が別々の物を求めて勇者のもとへと集結した。


 迎える結末が同じとは限らない。皆が報われる保証も、生きて帰られる確信もない。


 それでも、結束しなければ運命の壁は乗り越えられないだろう。


「……随分と時間を食ってしまった」


 ヴィーレは腕を組んで中身の少ないグラスを傾ける。


 氷はすっかり溶けてしまっていた。店の客も帰ってしまい、残りは勇者達だけである。


「さて、あとはこれからどうするのかを決めるだけだ。具体的には、どういう道順を辿って魔王のもとへ行くかという議論だけ、だが――――」


 そこまで言って彼が顔を横に向けると、他の四人もヴィーレの視線を追った。


「もう空も暗くなっちゃいましたね……」


 ネメスが勇者の言葉を継いで、窓から外の様子を伺う。


 日はとっくに落ちてしまっていた。魔物が夜は活発になることを考えると、今日出発するのはやめておいた方が良さそうだ。


 幸い、五人とも同じ意見でまとまったらしい。


 勇者一行は食事を済ませて店を出ると、ユーダンクで宿をとり、そこで明日まで休むことにしたのだった。




【達成】最終目標「仲間を集める」




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