53話「戦闘特化型の呪文使い」
イズとネメスがヴィーレの前に姿を現したのは、魔物を殺害してからすぐ後のことだった。
まだ気を張っている様子のイズと、突然周囲の景色が森へと変わってキョロキョロしているネメス。
二人の姿を認めたヴィーレは真っ先に彼女らのもとへ駆け寄った。
「イズ! ネメス!」
「あっ! ヴィーレさん! 良かったぁ、無事だったんですね!」
目の前までやって来た勇者にネメスは安堵の笑みを向ける。
屈託なく笑う彼女の服は、イズやヴィーレの物と同様に複数箇所が破けてしまっていた。
加えて、細い腕から頬に至るまで、びっしりと血の化粧を纏っているではないか。
それは少女二人が魔物と交わした戦いの苛烈さを示している。元あった傷口はイズの呪文で回復させられたのだろう。
「色々と大変だったみたいだな」
ヴィーレは多くを聞くことなく、ネメス達の肩に手を置くと、努めて柔らかい声色で二人を労った。
だが、イズは彼の言葉に耳を貸さず。
怪訝の眼差しを勇者へ向けながら話題を別の事柄へと移した。
「……黒時計にトドメを刺したのはあんたね?」
見透かしたような彼女の言い方に、ヴィーレは一瞬硬直する。
イズはそれを認めてさらに言葉を補足した。
「あれだけの魔力量を持つ敵を倒したっていうのに、一向に疲れが取れないわ。生き物を殺したら例外無く、ソイツの有していた魔力がいくらか手に入るはずなのに、私の魔力は回復していないの」
涼しい風が木の葉を舞わせ、イズの髪を横になびかせる。
けれども、彼女は正面の男から目を逸らさない。
「あんたが彼を殺したんでしょう?」
戦闘の直後だからか、ヴィーレのことを疑っているからか、賢者の口調には責めているような刺々しさがあった。
どうやらヴィーレが自身の手柄を隠そうとしていたことを早々に見抜いていたらしい。
しかし、何も意外なことではないのだ。
イズの疑念は必然のものだった。
ヴィーレは時間遡行を繰り返し、通常ではあり得ない桁の魔力レベルを得ている。
しかしながら依然として、原因不明な時の繰り返しについての一切を、仲間達には明かしていない。
徒に心を乱すだけでしかないことを知っているからだ。
少なくとも、仲間を全員集めた後、彼ら彼女らから揺るぎない信頼を得るまで告白するつもりはなかった。
「ああ、そうだな。奴は俺が始末した」
ヴィーレは一度イズの問いを肯定で返してから、彼女が次の句を継ぐ前に首を横へ振った。
「……いや、俺でも始末できた、と言うのが正しいかな。かなり弱っていたから、不意を突いて倒すことができたんだ。お前達に救われた」
「何よ。私はてっきり……」
「『てっきり』? 何だ?」
「……何でもないわ」
問われたイズは気まずそうにはぐらかす。
ヴィーレの複雑怪奇な背景を知っている彼女としては疑念に憑かれることもやむ無しだが、あくまで推測の域を出ないことは口に出せなかった。
相手に大きな秘密があることは分かっているのに、どうやって揺さぶってみてもボロを出す様子がない。のらりくらりとかわされる。
まるで自分の行動があらかじめ知られているかのように、手応えがない。
イズが抱いているのはそんな奇妙な感覚だった。
何ともなしに閉口する勇者と賢者。
話が一旦途切れ、沈黙が場を支配しかけたところで、オドオドとネメスが質問を投げる。
「あの……ヴィーレさん。どうしてカズヤさんはあそこで眠っているんですか?」
彼女が指差したのはヴィーレの背後にある木の陰だった。
よく見ると、太い幹の根本を枕にして、カズヤが寝かせられている。
ヴィーレが魔物に声をかける前、気絶した彼を巻き込まないため、適当な場所に隠しておいたのだ。
そこでヴィーレは「そういえば」と、自分達の身に起こったことも説明し始めた。
「実はな、俺達も能力使いの魔物に襲われたんだ」
「ええっ!?」
襲ってきた男が魔物ということすら知らされていなかったネメスは二重の意味で驚いている。
「だ、大丈夫だったんですか!?」
「見てのとおり、カズヤのおかげで俺は無傷だ。ピンピンしてるよ。アイツも魔力切れで疲労しているだけだろう」
そう答えるヴィーレの服はところどころ破けていたが、確かに彼は無傷だった。
魔力量に比例して増加する生命力。
それが『自然治癒の速度アップ』という形で表れ、勇者の身体を瞬く間に修復したのだ。
しかし、一部始終を知らない者からすれば、彼の浴びている血は返り血か何かにしか見えないだろう。
(俺の魔力レベルについては、後で忘れずカズヤへ口止めしておかないとな……)
眠っている少年を眺めながら勇者は気を引き締め直した。
カズヤの存在はヴィーレがイズ達に時間遡行を打ち明けない理由の一つでもある。
今回初めて現れたイレギュラーな存在。
扱える呪文を頑なに隠したがるという怪しい一面はありつつも、冒険においてはかなり協力的であり、戦闘においても惜しまず力を発揮してくれる。
異世界から来たということは召喚の呪文がまず原因として考えられるが、彼を召喚した主人には見当もつかない。
(唯一分かっているのは、カズヤは俺達の敵ではないということだ。が、それさえ知れたのなら、あとは正直どうだっていい)
カズヤにはカズヤの狙いがあるように、ヴィーレにはヴィーレの目標がある。
互いの存在が邪魔にならないのであれば、比較的友好な関係を築いていけそうな気がした。
「応急治療は施したが、身体のあちこちを噛まれていたから、傷口はまだ痛むはずだ。イズ、呪文で回復させてやってくれ」
ヴィーレがそう指示すると、イズは素直に首肯する。
「ええ。……それにしても、本当に怪我一つ無いのね、あんた。服が破れていたり、血が付着していたりするのに」
「カズヤの後ろにずっと隠れていたからな。あと森の中を走り回ったり、海に飛び込んだりしていた。その時に破けたんだろう、きっと」
「だからちょっぴり潮臭いんですね」
苦笑しながらネメスが言う。
一方で、イズはヴィーレがしれっと吐いた嘘をまんまと信じ込んでしまっていた。
「いくらなんでも情けなさすぎる……。改めて、戦闘においては全く役に立たないんだと実感させられたわ」
額に手を当てて「やれやれ」と瞳を伏せる。
ヴィーレは慣れているため、特に反応も返さず、いつもの仏頂面で佇んでいた。
それを悲しんでいるとでも捉えたのだろうか。
ネメスが慰めるように、彼の背中をポンポンと叩いてこう言った。
「ヴィーレさん! できない事があるのは悪いことじゃないんですよ! イズさんがこう言っていました。『不可能』が載っていない辞書よりも――――」
「ちょっと、ネメス。それはあなたの胸の中に教訓としてひっそりしまっておきなさい。恥ずかしいから、私が、とても」
戦闘中に伝えた台詞がそのまま引用されかけたのを慌てて制止するイズ。
彼女はネメスの口を片手で塞いだまま、演技がかった身振りと共に、カズヤの方へと踵を返した。
「とにかく先を急ぎましょう。馬酔いするカズヤが眠っている内に、ユーダンクへと辿り着くのよ! 服を着替えたら早速出発して――――」
「待て、イズ」
しかし、ヴィーレはそんな彼女の肩を片手で掴んで無理やり止めた。
イズが振り向くと彼は口の前で人差し指を立てている。その表情はとても険しい。
「何かが近付いてきている」
小声で注意を促すヴィーレ。
彼の視線が近くの茂みを指し、女性陣がそこへ目をやる。
すると確かに、草木を掻き分けてこちらへと近付いてくる音、気配がした。
「もしかして、まだ他にも悪者が……?」
ネメスはイズの腕を握って、不安そうに呟いた。
三人の視線が交錯する。
思えば、魔物の刺客が二体だけなどという根拠は最初から無かったのだ。
勇者達が衰弱しきったところを狙って、第三の刺客が攻撃を仕掛けようとしていたり、魔物の増援が向かってきていたりという事態は大いに考えられる。
(俺が行く。お前らはそこにいろ)
ヴィーレは手振りでイズらにそう伝えると、背中の大剣に手をかけながら離れていった。
茂みの方へと忍び足で移動する。
草むらの揺れは次第に激しくなり、ヴィーレが剣を構え終えたところで、何者かがそこから駆け出てきた。
茂みのすぐ横で待ち受けていた勇者はすぐに『それ』の背後をとることに成功する。
「《フローズンスノウ》!」
同時にイズの詠唱。
氷の礫が真っ直ぐに飛んでいき、ヴィーレが攻撃を始める前に、標的の顔面へとクリーンヒットする。
「ひでぶ……ッ!?」
走ってきた勢いを相殺して、なお余りある威力をもろに食らった闖入者。
それは血を吐き出しながら上空へと吹き飛ばされてしまった。
「ぐえっ」
蛙の潰れたような声と共に地面へ叩きつけられた彼はそのまま気を失ってしまった。
若い人間の男性だ。
倒れた拍子に男の被っていた帽子が外れ、金色の髪が露となる。
軍服を身に着けているが、彼の装備している服は旧兵が着用していたものであった。現在の兵士とは色や形状が違う。
「に、人間……!?」
完全に伸びた男の姿に誰より驚いていたのは、真っ先に攻撃を行ったイズだった。
彼女は男のもとへ駆け寄って回復の呪文を詠唱する。
幸い大きな怪我は無さそうだ。
同じく倒れた男に近付いたネメスは、治療に集中するイズの隣で「あれっ」と小さく声を漏らした。
「もしかして、この人って……」
「ネメス。多分、お前の予感は当たっているぞ」
草を踏みしめる音の後、ヴィーレも彼女達の横に並んだ。
意味深な口振りに好奇心をそそられたのか、イズも治癒を続行しながら、視線だけを彼の方へと向けてくる。
「どうしてこんな所にいるのかは知らねえが、まったく想定外ってのは重なるものだな」
ヴィーレは胸元からしわくちゃになった紙を取り出すと、それを伸ばして広げ見る。
羊皮紙に描かれている人物と倒れている男の人相は完全に一致している。
紛れもない同一人物だった。
「コイツが魔王討伐任務における最後のメンバー……」
紙を裏返してイズ達へ掲げてみせるヴィーレ。
「エル・パトラーだ」
女性陣は紙と男を交互に見比べた後、それぞれ驚愕の声をあげる。
旅の始まりから四日目の午後。
勇者一行はその誰もが予想しなかった形で、しかも当初の予定に大分遅れてから、遂に全員集結を果たしたのであった。




