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異世界五分前仮説   作者: するめいか
第四目標「イレギュラーの素性を暴く」
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38話「決着……?」

 真っ赤な飴玉(あめだま)の如き単眼が無数に並んでいる。


 (うごめ)き這い寄る子蜘蛛の群れは、ヴィーレとカズヤの姿を舐め回すように眺めていた。


 勇者達に残された猶予は残り二十メートル足らず。その先は断崖絶壁で、さらに向こう側は大海が果てしなく広がっている。


 だがしかし、ヴィーレはこの絶望的な状況を望んでいたと言う。


 それはまるで、間一髪で突破口を探り当てたというより、最初から相手を誘導していたという風な口振りだった。


「カズヤ、お前の仕事は変わらない。全魔力を込めて、奴らの群れの中心に、爆発の呪文をぶちかますだけだ」


 改めて先の指示と同一の台詞を飛ばすヴィーレ。


 彼は魔物から目を離さない。相手の動向を見逃さないように、飛びかかってこられても即座に対応できるように、緊張の糸を切らさずにいた。


 ヴィーレはそのままカズヤと共に、崖っぷちへと後退していく。


「おいおい、ヴィーレ。何度も同じ説明をさせないでくれ! 近距離で爆発は起こせない!」


 そんなリーダーに、カズヤもまた変わらぬ意見を述べた。


 彼らと魔物の間合いにはゆとりがない。背後に残された猶予も今や残り十メートルだ。


 子蜘蛛を殲滅するならば、小さく見積もっても半径三十メートル程度の爆発を起こさなければならない。


 それも『群れの中心点』という理想的な位置に呪文を発生させられた場合の話である。


 カズヤはこの条件をクリアすることが不可能と判断したからこそ、己の命を懸けた自爆作戦を決行しようとしていたのだ。


 反対したくなるのも無理はなかった。


「ここまで追い込まれた状況じゃあ、僕は使えないお荷物だ! さっさと僕を捨て置いて、君は海へと飛び込んでくれ!」


 再び相手の説得に移ろうとするカズヤ。


 だけれども、それは即座に止められた。他でもない。ヴィーレ・キャンベルの手によって。


 勇者は退き続けていた足を止め、カズヤの方へ向き直ると、揺るがぬ信念を込めて応えてみせる。


「お前が自分のことを本当に『使えないお荷物』だと思い込んでいるのなら、俺が使いこなしてやる。お前は黙って人事を尽くせ」


 ヴィーレはその後、カズヤの胸ぐらを片手で掴み、体をぐいと引き寄せた。


「まずは息を止めて、耳を澄ましているんだ。いいな」


 有無を言わさぬ剣幕に圧され、カズヤはただただ頷いた。


 半ば無理やり賛同を得た形となったが、ヴィーレは事の詳細まで気にしない。元より決まっていた計画だ。


 実行しなければ、死あるのみ。


「よし。それじゃあ蹴散らすぞ」


 端的に、まるで当たり前のことを告げるようにそう言うと、ヴィーレはカズヤが着ている服の襟とズボンのベルトを両方掴んだ。


 それからカズヤの足を、自らの足で掬い上げるようにして払う。


 必然的に少年の体は倒れそうになるが、彼を掴むヴィーレがそれを許さなかった。


 カズヤの手足が完全に空に浮いたのを見計らって、勇者は子どもを振り回すように、自身の体を回転させ始める。


 砲丸投げの回転投法に酷似した動きだ。


 ヴィーレが選手で、カズヤが砲丸である。魔力による筋力強化があることを鑑みても、かなりシュールで奇っ怪な光景だった。


 遠心力によってカズヤの肉体はさらに浮き上がっていく。


 回転のスピードも徐々に速くなり、その間にもヴィーレは崖の縁へと近付いていた。


 あまりの高速転回にカズヤが酔い始めた頃、ピークに達した自転の速度は、唐突にゼロへと収束した。


「オォラァッ!!」


 ヴィーレの発した野太い雄叫び。


 それと共に、カズヤの体は空へ向けて放り投げられる。


 勇者の全身全霊を込めた怪力によって、常軌を逸した勢いで飛ばされた少年は、あっという間に百メートル近くの距離を移動した。


 凄まじい空気抵抗がカズヤを襲う。


「~~~~ッ!?」


 その間、彼は口を閉じたまま、声にならない衝撃と困惑をその表情に浮かべていた。


 さながら絶叫マシーンだ。パラシュートの無いスカイダイビングと言い換えても良い。


(怖い怖い怖い怖い怖い……ッ! 何が起きた!?)


 だけれども、カズヤは絶叫をあげることはできなかった。


 ヴィーレから与えられた命令を律儀に守って、息を止めていたからだ。

 そうしていなければ、上手く呼吸をできずに、パニックを起こしていたかもしれない。


 スピードが段々と緩やかになるのを感じながら、カズヤは空から地面に視線を移した。


 崖からは、真上というより四十五度の角度で前方に投げられたから、落下地点は恐らく海面となるだろう。


 とは言っても、骨折必至であるような高度を、カズヤは(ゆう)に超えてしまっているのだが。


「……あっ」


 しかし当の本人である少年は、それとは全く別の事実に注目していた。


「なるほど、ヴィーレ。そういう事か……!」


 カズヤの視線の先、先まで彼のいた崖の縁には、子蜘蛛達が集結していた。


 何をするでもない。ただ固まってそこにいる。


 カズヤが落ちてくるのを待っているのだ。


 一部、糸を飛ばしている魔物もいるが、それが届くよりずっと速く遠くにカズヤは離れていた。


 ヴィーレはと言えば、彼もまた、カズヤの後を追って海へ飛び込もうとしているようだ。

 投擲距離には追いつけなかったらしく、カズヤより大分下方で宙を舞っている。


 崖から走って自力で跳躍したのだろう。


 それでも、ヴィーレには例の超常的な身体能力がある。それを活かして、彼も蜘蛛からは十分な間合いをとっていた。


 つまり『避難を完了』している。


 一時的にだが、二人ともが安全圏に逃れられたのだ。


 さらに追記するとすれば、ヴィーレがカズヤを放ったことにも重要な根拠があった。


(見える……! 木々の枝葉で隠れていないから、魔物の群れのほぼ全体が、ハッキリと視認できるぞッ!)


 そう。カズヤがすぐに思い至ったとおり。


 ヴィーレの狙いは、子蜘蛛を抹殺するために最も適したシチュエーションを作り出すことだった。


 限られた魔力量でもって、ほとんどの魔物を巻き込む位置、つまりは平べったく広がった群れの中央部へ、カズヤに爆発を起こさせること。


 この試練に対する打開策は『俯瞰(ふかん)』だった。


 森のように自然の屋根が無い場所で、俯瞰(ふかん)の視点を得られれば、それが実現可能となるのだ。


 と、そこで、「ピィーッ」と甲高い音が鳴り響く。


 指笛の音だ。


 戦闘の初め、あらかじめカズヤへ伝えられていた合図。『お前の助けが要る』という仲間からのサイン。


 音源は探る間でもない。


「ヴィーレ……!」


 勇者の方を咄嗟に見下ろすカズヤ。


 目と目が合う。仰向けとなった赤の瞳は、少年の行動をジッと見守っていた。


 二人は直感する。


 互いに腹の内を探りあった者同士だが、今なら言葉など介さずとも、相手の考えていることを鮮明に理解できる、と。


『これだけの間合いがあれば、持てる魔力の全てを注いで、爆発の呪文が撃ち込めるだろう?』


 カズヤはヴィーレが暗黙の内にそう伝えてきているような気がした。


 それは錯覚かもしれないが、きっと誤解ではないのだろう。


 何故なら、次の瞬間には、上空へ拳を突き出したヴィーレから明確な指示が飛ばされてきたのだから。


「食らわせろ、カズヤ! ()()()()()()()()()にッ!」


 その声は風に流されることなく、確かに相手の耳へと届けられた。


 ヴィーレは満足そうに落下していく。


 他方で、その命令を聞いたカズヤは一時の間、空を舞いながら呆けてしまっていた。


 仲間から差し出された『常識破りの作戦』。それに対する理解がまだ完全でなかったというのは、事実として勿論ある。


 だが、それよりも広くカズヤの心を占めていたのは、ヴィーレの胆力に対する驚嘆であった。


 ヴィーレはカズヤの事を、仲間であると認めてくれはしたけれども、先に確認していた通り、少なくとも少年が戦い慣れしているとは思っていなかったはずだ。


 だのに、彼は作戦成功の要にあたる部分をカズヤに託してきた。


 一切の憂いも無く。一時の躊躇すら見せず。


 勝利への固い確信をヴィーレ・キャンベルは抱いていた。


 それは詰まるところ、『フタバ・カズヤへの信頼』にほかならないのである。


(策の発想もさることながら、色々とぶっ飛びすぎだよ……。まさしく太陽に届く勢いだ)


 空を見上げ、嬉しさ半分、呆れ半分で心を震わせるカズヤ。


 直後、彼は空中で器用に体勢を立て直す。


 飛ばされてきた方向を体の正面に据えると、二重の両目を引き絞り、子蜘蛛の大群を注視した。


(が、しかし、ここはヴィーレの作戦に乗るしかないだろう……! さもなくば、二人揃って海の藻屑(もくず)か蜘蛛の餌へと成り果てるほかないのだから!)


 魔物達は崖の端まで来て、獲物が海から這い上がってくるのを待ちわびている。


 何も為せずに落下してしまったら、カズヤとヴィーレの前からは、今度こそ希望が消え失せるだろう。


 そう考えるとやはり、少年にとっての答えは決まっていた。


 やるべき事はただ一つ。


(人事を尽くす……ッ! それだけだ!)


 己の果たすべき責務を悟るや、カズヤは歯を食い縛り、執行するための覚悟を決めた。


 遠く下方に見える魔物の群れに焦点を当てて、それを鋭く爪指し叫ぶ。


「弾け飛べッ! この呪文の詠唱と呼び名は――――!」


 彼はそこで、空気を大きく吸い込んだ。


 息継ぎをするためではない。削り取った魂の欠片を炎に()べ、(くすぶ)っていた闘志を燃え上がらせるためだ。


 絶対的な決意。『ありったけの魔力を次撃に注ぎ込む』という確たる意志を言葉に乗せて。


 最高級の殺傷力を誇る異能の名は、声高らかに言い放たれた。


「《エクスプロージョン》!!」


 瞬間、辺りを閃光と爆音が駆け巡る。


 発生した衝撃波は木々を押し倒し、地響きは森全体を縦横に揺れ動かした。


 爆炎は一帯の自然を全て飲み込んでいく。先まで緑のみだったそこは赤と黒に染まり、舞い散るものは木の葉から灰へと変わるだろう。


 蜘蛛の断末魔が重なり、ひどく耳障りな重奏を奏でるが、やがてそれも聞こえなくなる。


 同時に、カズヤの体は重力に従って下降を始めたのだった。

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