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棺桶少女  作者: 海月大和
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街道の真ん中で/傭兵と盗賊

 あるとき、少女は街道の真ん中にいました。


「やぁやぁ、お嬢さん。一人でどこへ行くのかな?」

「知ってるかい? ここいらは今とっても物騒なんだぜ。恐ろしい盗賊が出るからね」

「おお、怖ぇ。だけどお嬢さんは運がいい。なにせ百戦錬磨の傭兵が目の前にいるんだから」

「どうだい? 護衛に俺たちを雇っちゃくれないか、お嬢さん」


 少女を囲んだ傭兵たちは、芝居がかった口調で自分たちを売り込みます。


「別にいらないわ」


 傭兵の口上を黙って聞いていた少女は、彼らの言葉をにべもなく断りました。道を塞ぐ傭兵たちを素通りします。


「待て待て待て」

「いいかいお嬢さん。ここらにはおっそろしい盗賊たちがいるんだぜ?」

「獲物が通るのを舌なめずりして待ってるんだ」

「一人で歩いてたら、たちまち身ぐるみ剥がされちまうよ」


 少女の行く手を遮って、傭兵たちはまくし立てました。


「そう」


 しかし、少女はどこ吹く風。ころころと車輪を転がし、傭兵たちを避けていきます。まるで相手にされない傭兵たちは、肩をすくめて少女を見送るしかありません。


 そんな中、一番奥にいた傭兵が剣を抜き、少女の顔の前に突き出しました。


「待ちな」


 ぴかぴかの剣身に映る自分の顔とにらめっこした少女は、剣を抜いた傭兵を見上げて言います。


「傭兵も盗賊もおんなじね。どっちもどっち」


 少女の言いように、傭兵は驚いて目を丸くしました。


「こりゃ驚いたな。胆の据わったお嬢さんだ」

「ありがとう」

「おお、おお。本当に肝が据わっていやがる」


 傭兵は愉快そうに笑います。


「か弱いお嬢さんかと思ったが、とんだ見込み違いだったようだ」


 剣で肩をとんと叩き、ふむ、と無精ひげを撫でました。


「女子供、ましてやこんなお嬢さんから巻き上げたとあっちゃ、今夜の酒が不味くなると思ったが、なかなかどうして肝が太い。これなら遠慮はいらねえな」


 怯えもせず、強がりもせず、真っ直ぐに見上げてくる少女をちらりと見て、傭兵はにやりと笑います。


「お嬢さんよ。持ってる荷物、全部置いていきな」


 傭兵たちは剣や弓に手をかけ、少女を取り囲みます。少女は傭兵たちの顔をぐるりと見回し、小首を傾げて言いました。


「どうして置いていかなくちゃいけないの?」


 思ってもみない言葉に、傭兵たちは固まってしまいます。そして、一斉に笑い出しました。


「おいおい、すげえジョークが飛び出したぞ」

「こんなに笑えるジョーク、久々に聞いたぜ。笑いすぎて腹がいてえ」

「『どうして?』だとよ。教えてやっちゃどうだい、お頭?」

「そうだな。教えてやろうかお嬢さん。どうして荷物を置いていってもらうのか?」


 お頭と呼ばれた傭兵は、剣を地面に突き刺して、少女の傍にしゃがみ込みました。


「それはな、俺たちがおっかな~い盗賊さんだからさ」


 お頭のおどけた言い方に、盗賊たちはまた大笑いします。


「お嬢さんが俺たちを傭兵として雇ってくれりゃ、穏便にことが済んだんだがなぁ。一緒に町までお散歩して金をもらうだけで良かった」


 盗賊の頭は、大げさに溜め息を吐きました。


「お嬢さんにゃ悪いが、俺にも頭として、こいつらを食わせる責任ってもんがあらあな。頼むから抵抗するなよ。こっちだって手荒な真似はしたくねえ」


 盗賊の一人がロープを持って少女に近寄ります。他の盗賊は、金目の物がないかと棺桶の蓋を開けました。


「なんだこりゃ」


 棺桶の中を覗いた盗賊が、すっとんきょうな声を上げました。なんだなんだ、と盗賊たちはこぞって棺桶を覗き込みます。


 棺桶には、若い男が収まっていました。シミ一つない真っ白なシャツに、高級そうな仕立てのよいトラウザーズを身に着けた青年が、目を閉じて横たわっています。


「人だ」

「生きてんのか?」

「棺桶に入ってんだ。死んでるに決まってるだろ」

「でも、死体にしちゃ綺麗過ぎるぜ」

「もしかして人形じゃないか?」

「なるほど。人形か」

「いやいや、こんな精巧な造りの人形があるもんか」

「じゃあなんだってんだよ」

「そりゃおめえ……人間だろ」

「そう言うんなら触ってみろよ」

「お、おお」


 盗賊の一人が青年の腕を持ち上げてみせました。盗賊たちはじろじろとその腕を観察します。


「どう見ても人形にゃ見えねえな」

「ああ。でも氷みたいに冷たいぜ」

「死んでんだから当たり前だろう」

「けどよ、死体がこんなに動くもんかね?」


 ああでもない、こうでもないと盗賊たちは言い合いますが、とても結論が出そうにありません。


「おいお前ら! うだうだやってねえでさっさと運べ!」


 痺れを切らした盗賊の頭が、手下たちを怒鳴りつけました。


「だけどお頭……」

「死にたてのほやほやなんだろうが。何の不思議があるってんだ。いいからとっとと運びやがれ。分け前減らされてもいいってのか!?」


 お頭の一喝に、青年に興味を奪われていた盗賊たちは慌てて棺桶の蓋を閉めます。ロープを持った盗賊も、我に返って動き出しました。


「しかしお嬢さんよ。死体を連れての旅路とは、また酔狂なことするもんだな?」


 縛られようとする少女に向けて、盗賊の頭は言いました。


「死んでなんていないわ」


 盗賊が少女に触れる直前、無抵抗な少女はポツリと呟きます。


「なんだって?」


 小さなその声を聞き逃した盗賊の頭は、少女の口にぐっと顔を近づけて聞き返しました。けれど、もう一度少女が喋る前に、手下の叫び声が割り込みます。


「お頭ぁ!」

「なんだァ!?」


 つられて盗賊の頭も声を張りました。


「やべぇぜ! 騎士連中が来やがった!」


 手下の言葉通り、街道の向こうから蹄の音が聞こえ、土煙が見えます。


「なんだと? ちっ、言わんこっちゃねえ。お前らがぐだぐだやってっからだ!」

「す、すんませんお頭!」

「うるせえ! ずらかるぞ!」


 盗賊たちは泡を食って逃げていきます。あっという間に少女は取り残されてしまいました。


 棺桶を見下ろして、少女は一人呟きます。


「死体でも、人形でもないわ。このヒトはね」



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