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悪魔と死神の、ありふれた幸福論  作者: 百助蝶子
『公開審問』編
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『生贄の審問会』

翌朝。


王都ルーヴェリアは、朝を告げる鐘の音とともに、異様な熱気に包まれていた。


公開審問。


北の死神が連れてきた“偽物”を公に引き摺り出し、解体するその一日は、退屈に飢えた王都の貴族たちにとって何より上等な娯楽だった。

王城の中央広場には、夜明け前から既に豪奢な馬車が列をなしていた。


「本当にフォレスト家の令嬢なのか?」

「いや、醜い化け物だと聞いたぞ」

「ただの哀れな愛人だろう」


無責任で、それでいて鋭利な噂の数々が、朝靄のように王都の空気を満たしていた。


そんな下俗な喧騒の中。

ルーヴェリア王国新聞社サンセット所属の記者、ダン・ドミニクは、ハンチング帽を目深に被りながら白聖大広間の門前に立っていた。


王城と聖ルーヴェリア教会の狭間に位置する、巨大な白亜の法廷。国家の不祥事や公開審問のために作られたそこは、貴族から平民まで傍聴を許される、王国最大にして最悪の見世物会場でもある。


ドミニクは咥え煙草のまま、冷ややかに口元を歪めた。


――特等席だ。歴史がひっくり返るか、あるいは一人の女が玩具のように壊されるか。どちらにせよ、最高の紙面になる。


「おいダン!」


後ろから、別の社に属する同業の記者が下品な声を掛けてきた。


「賭けるか? あの偽物が恐怖のあまり泣き叫ぶ方に、銀貨三枚」

「安いな。俺は絶望して発狂する方に五枚だ」


周囲からどっと下卑た笑い声が上がる。ドミニクは小さく肩を竦めてみせた。


「さてな。相手はあの北の死神が連れてきた女だぞ? 案外、泣き叫ぶ代わりに、ここにある全員の喉を刺しにくるかもしれん」


「まさか!」とまた笑いが起きる。


――ゴォン


地響きのような音を立てて、白聖大広間の鐘が鳴り響いた。


刹那、それまで喧騒に満ちていた門前が、ぴたりと水を打ったように静まり返る。重厚な巨大の鉄門が、ゆっくりと開き始めた。朝の白い光が、大理石の床へ長く、冷たく差し込んでいく。


「入場を許可する!」


衛兵の高圧的な声が響いた瞬間、待ち侘びていた群衆が雪崩れ込むようにして会場へ流れ込んでいく。

ドミニクもまた、手帳を片手に素早くその人波へと紛れた。


白聖大広間の内部は、外以上の熱気に包まれていた。


半円状に広がる、すり鉢状の傍聴席。天を突くほど高く聳える白亜の柱。そして天井を埋め尽くす巨大なステンドグラスからは、色鮮やかな光が降り注いでいる。そこに描かれているのは、初代の聖女と王の、光に満ちた美しい姿だ。


中央最奥。


一段高く設けられた黒檀の審問席には、既に厳格な面持ちをした数名の審問官たちが腰を下ろしている。


その真下。

真紅の絨毯が敷かれた、その最先端に用意されたぽつんと孤立した被告席。


――今日の主役を、生け贄にするための席だ。


「おい、見ろ。エドワーズ・フォレスト伯爵だ」


誰かが小さく呟いた。会場の空気が、ざわりと波立つ。


白聖大広間の反対側、原告席に豪奢な衣装へ身を包んだ男が現れた。纏う空気が、周りの貴族とは明らかに違っていた。


完全なる、勝者の顔だ。

用意された証拠、仕込まれた証人、背後のレミントン公爵家。誰もが、今日の審問の結末を、その無惨な結末を最初から知っている。会場にはそんな、残酷な確信が満ちていた。


「これで終わりだな、北のグレイル公爵家も」


隣の記者が、勝ち馬に乗ったような顔で笑う。ドミニクもまた、適当に相打ちをうちかけ――。


その時だった。


重々しい音を立てて、会場の正面扉が、再び開く。


ざわり、と。


白聖大広間の空気が、一瞬にして凍りついた。


誰もが言葉を失っていた。

――否。

奪われた、と表現する方が正しいか。


漆黒の軍装を纏う、北の死神――ゼノス・グレイル。


そして。


彼の頑強な腕に、ごく自然に、けれどどこか傲慢に自らの細い指を預けて歩く、一人の女。


「……は?」


誰かが、間抜けた声を漏らした。


ドミニクもまた、その姿を視界へ捉えた瞬間、言葉のすべてを失った。


王都の連中が噂していたような、醜悪な女、あるいは、恐怖に怯え、命乞いをするような哀れな狂人でもない。


光をすべて吸い込むような、不吉なまでに美しい漆黒のドレス。


高く結い上げられた髪色はまるで、建国伝説に謳われる初代聖女ルーヴェリアを彷彿とさせた。


白金の髪が冬の光を浴びて煌めき、左頬の火傷痕すらも、彼女の持つ残酷なまでの気品を際立たせる装飾のようだった。

ぞっとするほど、美しかった。


だからこそ。


悪意と嘲笑に満ちたこの法廷において、その存在は圧倒的に――異様だった。

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