第七話 くまは誓う2
数か月後――。
会場は、帝光系列ホテルの大広間。
重厚なシャンデリア。
格式のある音楽。
笑顔の大人たち。
政治家、企業家、名家。
全員がこれからの社会のパワーバランスをはかっている。
誰につけば自分が有利に立てるか。そのための今回は戦場にも近しい。
おめでたい場所であるのに、そこにいる人たちの目は決して穏やかなものではない。
そうした人の思惑がにじむ会場には、初々しいカップルがいた。
会場の中央に、紗。
淡い緑色のドレス。
春を思わせるグリーンは、花のような、木漏れ日のような、そして春芽のようにも見える。
静かで、柔らかい。
隣には神崎。
黒の正装。
怖い顔は健在。
だが今日は違う。
彼は堂々と、彼女の婚約者として立っている。
周囲の視線が刺さる。
「いささかバランスが……まあ、政略結婚ですからね」
「園崎の方がよかったのではないですかね? あまりに無骨というか優美さがありませんこと」
「花守嬢、気の毒に。政治に利用されるに違いない」
紗は、慣れない視線に少しだけ息を浅くする。
そこへ園崎がグラスを持って近づく。
あいかわらず、完璧な笑顔。
周囲は黄色い声をあげる。
「おめでとう、花守さん」
「ありがとうございます」
柔らかく返す。
周囲がささやく。
「やっぱりお似合いだよな」
「園崎様となら物語になるのに」
園崎はくすっと笑う。
そして、わざと神崎の前で言う。
「今からでも遅くないよ? 僕のほうが楽だと思うけど」
軽い冗談のような声音。
でも、場は一瞬止まる。
神崎の空気が、変わる。
紗は慌てる。
「え、あの……!」
園崎は続ける。
「君、神崎と僕とではまるで態度が違うよね……」
そっとささやかれて、紗の頬が一瞬赤くなる。
(ばれてる……!)
神崎の視線が紗に落ちる。
紗は赤い顔を神崎に向ける。
その目は怖い顔。
でも紗にはわかる。
(怒ってるんじゃない)
次の瞬間。
神崎は、紗の腰に手を回す。
ぐい、と引き寄せる。
園崎に見せつけるように紗を腕に囲んだ。
初めての、抱き寄せる行為。
それもみなの前で堂々と。
紗はきゅんと胸が躍る。
「渡さない」
低く、静かに。
園崎は目を細める。
「おもしろい」
周囲はざわめく。
「やっぱり誠一は、独占欲強いなあ」
「そうやって雅がちょっかいを出すのが悪い」
お互い気安い関係であるが、それも周囲は誤解している。
園崎と神崎は敵対していると。
別に神崎も園崎も悪友であるが、表立って険悪になったことなど一度もない。
むしろ、気が合うとすら感じている。
ただ、園崎は人をからかったり腹黒い一面があるが、顔がやたらといいのでそれがばれていないだけである。
紗は神崎の体温を感じ、どきどきしたまま顔を伏せた。
「花守さん大丈夫?」
「あんなに引き寄せられて、震えてないかしら?」
紗の心臓は爆発寸前。
(近い……!)
だが、彼の胸の鼓動が背中越しに伝わる。
神崎は冷静を装ってはいる。
だがよく見れば耳が赤い。
紗は小さく神崎の袖を握る。
「……うれしい」
小声でつぶやく。
それは神崎だけに届く。
神崎の喉が一度動く。
理性がぎりぎりで立っている。
園崎は満足げにグラスを上げる。
「お幸せに」
こんなに注目の的であるのに、ふたりはお互いしか見ていない。
園崎にとって、自分に好意を向けない異性は少ない。
紗は園崎に興味がない。
だからこそ、煽れる。
そして、宴は続く。
そうして明らかになったことを、帝光の上層は理解した。
いかつい男は、花守のかわいらしいご令嬢に対して本気であることを。
そして花守紗も、嫌がっていない。
政略結婚かと思われたこの婚約は、恋に変わりつつある。




