14
14
バグナッツは〈無敵バグナッツ〉という異名を持つ腕利き冒険者だ。若いころには仲間と一緒にツボルト迷宮に挑戦し、四十階層まで踏破したことがある。今使っている剣はそのとき手に入れたものだ。
王都でちょっとしたいざこざに巻き込まれ、北へ北へと拠点を移すうちにコグルスに着いた。
冒険者協会で依頼書をみていると、報酬のいい仕事があった。ザイカーズ商店の仕事だった。
「この仕事は、しくじるとまずいことになるぜ」
「しくじってうまいことになる仕事なんかあんのか」
「ま、せいぜい気をつけるこった」
その仕事でザック・ザイカーズの目にとまった。
次には名指しで仕事がきた。報酬はびっくりするほどいいが、とびっきり危険な仕事だった。そういう仕事が何度か続いた。
迷宮で培った生命力と戦闘力で、バグナッツは依頼をこなしていった。いっそう報酬は高くなり、いっそう仕事は危険になった。
ザックは気前のいい雇い主だった。それは確かだ。
だからバグナッツも、もらった報酬にみあう仕事はしてきた。その極めつけは、十七年前の〈名も無き神〉の神殿の襲撃だ。あれはごつい仕事だった。かき集められた冒険者の質と数はとんでもないものだった。あれはもう軍団と呼ぶべき規模だ。
あれだけのメンバーをそろえるには、商店を傾けるほどの金がいったにちがいないが、得られた宝物の数と質は、小さな国が作れるほどのものだった。もちろんザックは、入念な下調べをしてから事を起こしたのだ。指揮官だった騎士は、神殿の構造をよく知っていた。ザックは抜け目のない男だ。
そのザックが死にかかっている。
呪いだというから、〈名も無き神〉の呪いかもしれない。あるいは神殿を守っていた魔獣たちの呪いかもしれない。魔獣のくせにいい装備をしていた。仲間同士では会話のようなものもしていた。そしてとてつもなく強かった。不意打ちでなければ、ひどい被害が出ていただろう。一匹残らず殺せという指示だったから皆殺しにしたが、あまり気持ちのいいものではなかった。あいつらにはザックを呪うだけの理由がある。
それでもバグナッツは今回の仕事を受けた。依頼者はザック本人ではなくコグルス領主だが、バグナッツは依頼人はザックだと思っている。
たぶんザックは死ぬ。だがバグナッツは、今までもらった報酬にみあうだけの仕事はするつもりだ。
どうせ行き先はヴォーカだ。
つまらない田舎町だ。その領主館に泊まるというが、ヴォーカの守護隊とやらが総がかりで襲ってきても、この八人なら勝てる。それほどの八人だ。バグナッツ以外の七人も、ザックとの関係は似たようなものだ。この八人であれば、道中も滞在中も何の心配もない。気をつけるべき相手といえば、〈彗星斬りのニケ〉と〈魔王レカン〉ぐらいだが、今は町にいないという情報が入っている。あとは取るに足りない相手しかいない。
そんな軽い気持ちでヴォーカに来たが、来てみて仰天した。
出迎えのなかに化け物がいたのだ。
その化け物が〈浄化〉の使い手であり、〈薬聖の癒し手〉とも呼ばれるエダだと紹介されたときには、悪い冗談にしか聞こえなかった。
それにしても若い。若いがとんでもない強さだ。もちろん八人で同時にかかれば勝てる。だが一対一で戦えば、ろくな抵抗もできずに殺されるだろう。
今回の仕事は、施療師エダがザックの治療をする邪魔を誰にもさせないということと、無事にザックを送り届け、そして連れて帰ることだ。ただし、ザックが病気で死んだときには責任は問われず、報酬は約束通り払われる。そういう約束だ。
ところがその施療師が一番の危険人物なのだ。これはいったい誰が仕掛けた悪ふざけなのだろう。
八人の護衛は、二人ずつの組になって、交代でザックの枕元に詰めた。そこにエダがやってくる。二人では勝てない。自分を簡単に食い殺せる猛獣と同じ部屋で一刻半(六時間)の時を過ごし、しかもこちらから攻撃することは絶対に許されないのだ。なんとむごい仕事だろうか。
だが神はいる。出がけに神殿に寄進してきたのが効いたのだろう。なんとザックはよみがえった。今、バグナッツの前で安らかな寝息を立てている。一昨日決定的な施術が行われ、ザックは奇跡的に回復した。昨日は起き上がって皆にあいさつさえしてのけた。
そして今夜はヴォーカで過ごす最後の夜だ。明日の朝出発してよいと、施療師ノーマは言った。まだザックの容体は完全に安定しているとはいえないが、施療師アテルナがついていて〈回復〉をかけながら移動するのなら問題ないというのだ。
しかも今夜は、エダが来ない。あの怪物は、今夜はここに来ず、自分の部屋で寝るのだ。こんな安らかな気持ちで護衛ができるのは、ここに来てはじめてのことである。
さっき診察が終わって帰るときエダは、疲れたでしょうと言ってバグナッツとキミスに〈回復〉をかけてさえくれた。敵対することにならなくて、本当によかった。
キミスも人一倍エダを恐れている。優秀な魔法使いである彼女には、人の魔力量がおよそわかる。
「なに、あの化け物」
というのがキミスのエダへの評価だ。バグナッツと一緒に付き添いをしていて、エダの診療時間とあたったときには、部屋の隅に張りついてみじろぎもせずエダを凝視していた。それも今となってはいい思い出だ。
もう真夜中だ。
あと四半刻(一時間)で交代になる。ぐっすり寝て、起きて、うまい朝飯を食って、そして出発だ。
そんなことを考えているバグナッツの目の前で、施療師アテルナが立ち上がった。もう施療師が夜通し付き添う必要はないとノーマが言ったのに、この女施療師はザックのそばから離れなかった。たいした女だ。
杖を出したのだろうか。それにしては構えが妙だ。
まさか、あれは。
「ナイフだ!」
叫びつつ、バグナッツは剣を抜いて立ち上がり、一瞬の間にベッドの脇に駆け寄って、ナイフを握って今にもザックの胸に突き立てようとしている、アテルナの右手首を下から上に斬り飛ばすべく剣を振った。
だが一瞬早く、ナイフはザックの胸に突き刺さった。切断された右手首は、しっかりとナイフを握ったままだ。
(くそっ!)
アテルナは左手にも何かを持っている。それをバグナッツに投げつけてきた。素早い反応でかわしたバグナッツだが、少しばかりの飛沫が顔にかかるのは防げなかった。
「おい!」
左手でアテルナの肩をつかみ、ベッドから引き離そうとしたとき、悪寒が全身に走った。
(毒か!)
最後の力を振り絞って振った自分の剣に、アテルナの首が刎ね飛ばされるのをみとどけて、バグナッツは意識が闇に落ちるのを許した。