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ノーマとエダは、以前と同じ離れの部屋に泊まった。患者の眠る迎賓館とは目と鼻の先である。
倍半刻(三時間)ほど眠ると起き、二人で患者の所に向かった。そして四半刻(一時間)にわたり施療を行い、軽い食事をして、クリムスに状況報告をした。そして、寝た。
倍半刻ほど寝て、再び治療をした。施療師アテルナも、ノーマの指示を受けつつ治療の手伝いをした。
こんなことを二日間ほど繰り返すうちに、気味の悪い置物のようだったザックの顔に、わずかに生きた人間らしい色が戻ってきた。
「さて、これからが大変だよ」
ノーマの予言の通り、それからが大変だった。
ザックはうなされて、じたばたとのたうち回るのだ。ベッドから落ちないよう、付き添いのものが気をつけてやらねばならない。
大きな声でうわごとを言うが、ほとんどの言葉は意味がわからない。それでも時々、断片的に意味の通じそうなことを言うこともあった。
「どこへ行った! トロンは! トロンはどこだ!」
「準備したのだ。高い金を払って準備を!」
「六年だ! 六年も」
「無駄になった! 無駄だ、無駄だ! 竜滅剣が!」
「五十年! 五十年、ずっといたのに!」
リオルか騎士ジャコフが付き添っているときは、うわごとを言うたびにノーマとエダの顔をみた。施療師アテルナは、再び無表情な人間に戻ってしまい、たんたんと付き添いとしての役を果たすだけだった。
コグルスから来た使用人たちは、かいがいしく働いた。病人の世話だけでなく、リオルと騎士ジャコフと施療師アテルナの世話もしなくてはならないのであり、それでなお交代で病人のそばに詰め切るのは、相当の負担だと思われた。
「みつけたのはわしだ!」
「わしが派遣した調査団が発見したのだ!」
相変わらずザックのうわごとはうるさかった。だが、うるさくできるということは、生命力が回復してきているということである。
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「久々だね。ゆっくりとお茶を飲めるのは」
「そうですよね。今日で六日目ですか。だいぶ回復してきたんですよね?」
「うん。順調だね。やはり最後に物を言うのは本人の生命力だ。ザックさんはたいした生命力の持ち主だね。うーん。お茶に文句を言うわけじゃないが、ジンガーのお茶が懐かしいなあ」
「ラクルスさんもノーマさんを懐かしがってると思いますよ」
「はははは。帰ったら大変だろうね。ところでエダ。君は、コグルスから来た人たちのことを、どうみた?」
「どうみた、って何ですか?」
「君の人物評を聞きたいね。たとえばリオルさんをどう思うかな」
「うーん。まじめ、かな。少し前のアギトさんにちょっと似てる。こんなんで貴族やっていけんの、ってくらい裏表がない感じです」
「はは。なるほど」
「心底本気でザックさんのことを心配してますね」
「うん」
「それと」
「うん?」
「みればみるほど、ザックさんに似てます」
「なに? そうか。君は元気な時のザックさんをみてるんだったね。そうか。似てるのか。ジャコフさんはどういう人間だと思った?」
「すごく単純そうにみせかけてるけど、かなりめんどくさい人だと感じてます」
「ほう? 面白い。どうしてそう思うのかな」
「口では、〈地道な偵察活動が大切だ〉とか、〈時が来れば一気に決戦だ〉とか、いかにも戦いしか頭にないかのようなことを言ってるけど、何も行動しようとしてないです。どっかり座って、辺りをみまわしてる」
「ふむ。よくみたね」
「それにあの人、たいして強くないです。武官というより文官ですね」
「なるほど、なるほど。アテルナさんはどう思う?」
「あの人は、よくわからないです。でも、レカンの名を口にしたとき、何であんなに憎々しげだったんだろうなって思いました。あ、それと、患者であるはずのザックさんをみる目が、ちっとも優しくないです」
「うん、うん。その通りだね」
「それと、あの人、嘘をつきました」
「え? どんな嘘を?」
「呪いにくわしくないって言ってたけど、呪いにくわしくない人が、〈仮死〉の薬なんて作れるわけないじゃないですか」
ノーマは一瞬きょとんとして、それから笑い出した。
「ははは。ほんとだ、ほんとだ。なんてことだ。私はそれを聞いたとき妙なことを言うなとひっかかったんだった。忘れていたよ。ほんとにそうだ。ああ、訂正しておくけど、〈仮死〉の薬なんてものはない。あるとすれば」
「あるとすれば?」
「〈仮死〉の毒だね」
「毒!」
「ははは。まあシーラさんの分類でいくと、毒は薬の一種ということになるらしいから、〈仮死〉の薬でも間違いではないのかな? でもシーラさんは、〈食べ物は薬の一種だ〉って言い切っちゃう人だからね」
「ちょっと変わってますよね」
「うん。でも大事なことだ。薬師というのは、薬から人間をみ、薬から世界をみるんだ。そうでなくては本当の薬師じゃない」
「薬から世界をみる?」
「はは。ちょっとむずかしかったかな。だけど、エダの人間鑑定はずいぶん進歩したね。たいしたものだ」
「えへへへへ」
「一つだけ付け加えておこう。アテルナさんは、本物の施療師だ」
「そうなんですか?」
「それだけに、いろいろふに落ちないんだけどね。とにかく、施療師としての知識も技量も本物だし、何て言えばいいのかな、施療師としての魂を持っているよ、彼女は」
「そうなんだ」
「そう私はみた。でも、エダはエダのみかたでみればいい。君にしかみえないみかたでね」
「それから」
「うん? それから?」
「使用人の人たちをみてて思いました。ザックさんて、ずいぶん慕われてるなって」
この言葉には、ノーマは少し意表を突かれたようで、何度かまばたきしたあと、静かに言った。
「なるほど。そういえばそうだね」




