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その夜、〈ラフィンの岩棚亭〉で、〈グリンダム〉の三人と夕食が一緒だった。
「ところで、あんたら。何階層を探索してるんだ?」
短槍使いツインガーの質問にアリオスが答えた。
「九十階層です」
レカンの耳は、カウンターの後ろでナークが水を噴き出すのをとらえていた。
(やはり信じていないな)
ナークは〈ウィラード〉の告げた攻略速度があまりに速すぎるため、疑っている様子があった。たぶん額面通りには受け取っていないだろうと思われる。
「最高到達階層はどこだ?」
ツインガーの質問に、アリオスが今日九十階層に到達したところだと答えると、魔法使いのヨアナが、追いついたら一緒に九十三階層を目指すかい、と言い出した。ツインガーもブルスカも賛同した。酒の勢いも手伝ってか、すっかり共同探索の約束ができあがってしまった。もっとも〈グリンダム〉の三人は、それは当分先のことだと思っているようだ。
「ツインガーさん。九十階層の大型個体は手ごわいんですか?」
「おう? 九十階層がどうしたって?」
「九十階層の大型個体は手ごわいんですか?」
「ああ。九十階層になると、魔獣がやたら早く攻撃してくるんだ。こちらが部屋に入るなり斬りつけてくるし、魔法を撃ってくる。大型個体にそれをやられると、きついぞ! そのまま全滅しちまうパーティーもあるわい。かかかかか」
「なるほど。数は十体なんですよね?」
「おお、そうじゃ! ツボルト迷宮の最大数だな!」
「へえ? 百階層では何体の白幽鬼が出るんです?」
この質問にはアリオスの右側に座ったヨアナが答えた。
「五体だよ」
(なに?)
(百階層では五体に減るのか?)
「百階層なんて、俺たちも行ったことはないけどね。話は聞いてる。体も九十階層より小さいらしい。その代わり動きは速いし、狙いはいやらしいし、手ごわさは格段に上がるってこった」
「かかかかか! わしらも百階層越えを夢みてここまで来たからのう。情報収集には怠りないわい」
(そうか)
(この三人はこの町出身だったな)
(冒険者の知り合いも多いんだろう)
(いずれにしてもこの情報はありがたい)
(まさに今欲しかった情報だ)
(やはりこの宿を選んで正解だった)
アリオスがうまく会話を誘導して、百階層以降のことを三人から聞きだした。
幸い、ほかのテーブルに座っている客たちは、冒険者ではない。迷宮の話題に興味はないようで、人の耳を気にする必要もなかった。
7
翌朝は、少し早めに宿を出た。
「あれ? レカン殿。迷宮に行かないんですか?」
「受付に行くことになっていただろう」
「それは深層や百階層以降の情報を買うためですよね。もう必要ないんでは」
「念のためだ」
時間が早いためか、受付は二か所しか職員が座っていなかったが、並んでいる冒険者も少なく、すぐに順番が回ってきた。
いかめしい顔をした老人の職員だ。
「迷宮の情報を買いたい」
「質問をしなさい。値段を言う」
「九十階層の魔獣は何体か。また、九十階層台の部屋の広さは、八十階層台と同じかちがうか。この情報はいくらだ」
「その情報は公開されているので無料だ。九十階層台での魔獣は十体だ。部屋の広さは八十階層台までと同じだ」
「百階層の魔獣は何体か。また、体の大きさや能力、戦い方に、それまでとのちがいはあるか。この情報はいくらだ」
「百階層からの情報は売っていない。知りたければ、深層探索者用の宿に泊まり、そこの職員に聞け」
「なに? それはあっちにある石造りの建物のことか」
「この建物の東側にある領主様直営の旅館だ。深層探索者用の棟は屋根が深緑色をしている」
「そこに一晩でも泊まれば、百階層から下側の情報を教えてもらえるのか」
「そうだ。無料で教える。ただし泊まれるのは八十階層以降で探索している者に限る」
「そんなこと、どうやって確認するんだ?」
「深層を探索しているほかのパーティーに保証してもらえばよい。受付職員が同行して確認することもできるが、大銀貨一枚の料金がかかる」
ということは、八十階層以降に〈印〉を持っている職員がいるということだ。
「ふむ。〈鼠〉を雇って情報を聞き出すのはかまわんな?」
「百階層より下には〈鼠〉の斡旋はしておらん」
「ほう。わかった。手間をかけた」
レカンはアリオスを従えて受付の建物を出た。
うしろから追いかけてきた男がいる。
「けけけ。旦那、旦那。百階層から下っかわのことがお知りになりたいんで?」
「ああ」
「へへへ。あっしがお教えしますぜ。格安で」
「いや。いらん」
レカンはそのまますたすたと歩き去ってしまった。
「レカン殿。どうして情報を買わなかったんですか?」
「勘だ。今の〈鼠〉は信用できん」
「へえ? あ。昨日九十階層台についても百階層より下側についても、〈グリンダム〉の三人から情報をもらったのに、どうしてわざわざ受付で情報を買おうとしたんですか? 〈グリンダム〉を疑ってるんですか?」
「疑ってはいない。だが信じてもいない。あいつらが理解している迷宮の姿と、領主の部下たちの理解している迷宮の姿にちがいがあるようなら、情報の密度を高めることができると思っただけのことだ」
「なるほど。レカン殿は慎重なんですね、みかけによらず」
レカンは立ち止まって、アリオスの顔をみた。
「アリオス」
「はい?」
「覚えておけ。強い獣ほど臆病なんだ。臆病でない獣は長生きできない」
安全な場所だからといって正体をなくして眠りこけるような愚か者は死ぬ。
寝ていても物音一つ、気配一つに気づいて警戒する臆病者だけが生き残れる。
狼は臆病なのだ。決して熟睡することはない。




