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ユニパル国を2日ほどぶらぶらしてから、私たちは魔法研究の盛んなジルカル街のあるマルイ国へ向けて出発した。
ユニパル国は大きな国だし特に王都はさすがの立派さだけど、王都以外はまぁどこもかわらない街村だった。
ぼんやりと馬車に揺られつつ外を見ていると、遠くに湖が見えた。
「あー……泳ぎたい」
「え?」
「どうしたの、急に? 優姉、泳ぎ好きだっけ?」
「特別好きではないけど、もうずっと泳いでないし。あと最近お風呂入ってないし、あー、駄目だ。なんか急に泳ぎたくなってきた」
湖を見て何となく呟いたけど、うーむ。ホントにやりたくなってきた。
「次の街ってもうすぐかしら」
「はいはい」
「すみません、ここで降ります」
あら、そんなつもりではあったけど、二人とも嫌に物わかりがいいわね。
手早く降りる準備をする2人に私は妙に嬉しくなった。気づかいできるなんて、大きくなったなぁ。まぁ割と露骨だった自覚はあるけど。
「ま、あと馬車で半日だしね。それくらいなら私が本気だせばすぐだよ」
「ん。それに、別に野宿したっていいしね」
てなわけで、本日はアニメでいうところの水着回始まります! 嘘です。魔物はびこってた世界に遊びで泳ぐ文化とか一般的じゃないし、まして水着の持ち合わせとかありません。
と、いうわけで、湖に到着して誰もいないのを確認してから全裸になります。ひゅー、さすがに気分がいいわね。
「ちょ、ちょっと優姉、せめて下着くらい着なよ。ていうか、一言言って! 人除けの魔法かけるから!」
「あ、そんな便利なものもあるのね」
「あるよ。今かけたから。あーもう、なに? 露出狂なの?」
「違うわよ。なによ、普段からお風呂とか一緒に入ってるじゃない」
「そうだけど……野外で堂々とよく脱げるね。ユウコって変に肝座ってるよね」
「えー」
いやだって、泳ぐんだからいいじゃない。どうせだーれもいないわけだし。
とは思って勢いで全裸になったけど、さすがにやりすぎた気がしてきた。パンツははいておこう。
「よし、じゃあ泳ぐわよ! 準備運動からするから、2人とも脱ぎなさい」
「はいはい」
「……」
2人はパンツとシャツ姿になった。むー、なによぅ。この流れだとまるで私が無駄に脱いでるみたいじゃない。恥ずかしくなったのでシャツも着る。
「ようやく文化人になったね」
「さすがに酷くない?」
「いや、でも人がいないからって脱ぎすぎだよ。見てる私たちも恥ずかしいよ」
「シュリの言うとおりだよ。あたしゃ、妹として恥ずかしいよ。いつか、やらかすんじゃないかと、思ってました」
「ちょっと」
裏声で、しかもセルフ目隠しもしてニュース番組でインタビューをうけた人の真似をする結花奈に突っ込む。なに? 結花奈今日厳しくない?
「さて、じゃあいくわよ」
気を取り直して準備運動をじっくりと行い、さっそく湖に飛び込む。
「っはぁ! きっもちいー」
「ぷはぁ、はー、確かにね。冷たくて気持ちいいね」
「……」
「あれ、シュリ溺れてない?」
「おぼれ、おぼれては、うぶ、うぶぶ、だ、だいじょ、ぶぶ」
「いや大丈夫じゃなくない!?」
シューちゃん立ち泳ぎしながら徐々に沈んでない!? 慌てて手を掴む。パニックになってるわけでもなく、単純に浮かび方がわからないようだ。
そう言えば、シューちゃんとお風呂以外で水に入ってないし、シューちゃんなら当然泳いだことないよね。
「よーし、じゃあ今日は、シューちゃんへの泳ぎのレッスンをします」
「おー、どんどんぱふぱふー」
「先生、お願いします」
お、シューちゃんもノリノリだね!
○
「そうそう、上手上手」
優姉がシュリの手をひいて泳いでいる。シュリは運動神経は悪くないのでするすると泳ぎを覚えていて、もう十分に見える。
「へい! まだまだ行くわよー」
「うん!」
どうやらクロールも教えるらしい。普通はばた足で十分でしょ。どこまで本格的に教えるのさ。
「ほら、こう腕を曲げて」
まぁ、いいんだけどね。私はむしろ優姉より泳げるし、お節介大好きな優姉からすれば教える立場はそりゃ楽しいでしょうよ。
でもだからって、シュリばっか構いすぎじゃないですかねぇ。
「こう?」
「そうそう」
そりゃあね、私は優姉と長く一緒にいたよ。二年ほど離れたけど、それでも人生のほとんどが一緒だったんだ。新参のシュリとは慣れたことでもやることなすこと目新しいだろうさ。
でも気に入らない。気にくわない。だいたい妹分とはいえ、私の方がずっと付き合いが長いのに、なに同じように扱ってくれてるわけ?
私なんて、優姉のために世界救ったりして優姉のことちょー特別扱いしてるのにひどくない? そりゃお姫様とか使命感とかなくもないけど、7:3で優姉のため7、その他3だからね。
あーもう、むー。
「うん、わかった。見てて」
「頑張ってね」
別に、シュリのこと嫌いじゃない。単純に悪いやつじゃないし、どっちかと言えばいいやつだ。優姉のこと好きで優姉に好かれてなきゃ普通に友達になれると思う。
でも刷り込みされた雛鳥みたいに優姉に懐いてるし、優姉も猫可愛がりしてて、ちょっとむかつく。
けっ、どーせシュリほど美人じゃないし胸も身長もないですよーだ。
「ぷはぁっ」
「すごいすごい! できたわよっ。いやー、さすがシューちゃん。飲み込みが早いわ」
「ユウコの教え方がいいからだよ」
はぁ、というかなぁ、こんな風に嫉妬する自分もなぁ、どうかと思う。小さな子じゃあるまいしね。でも日本では、まぁそもそも私だけが妹だったからかも知れないけど、こんなに嫉妬しなかった。
離れたことで、その間に一緒だったからシュリを妬んでるのか。それとも、日本じゃないから、唯一同郷の家族の優姉に固執するのか。自分でもよくわからない。
日本では、優姉が友達と手をつないでたりふざけて腕を組んでるのをみかけても、なんとも思わなかったのに。
なんで今はシュリが普通に仲良くしてるだけで、ちょっともやもやして、嫉妬しちゃうんだろう。
「結花奈ー、いつまで休憩してるの? シューちゃん泳げるようになったし、競争しましょうよ!」
「はいよー、いいけど負けたら罰ゲームね!」
優姉に呼ばれたことでちょっと嬉しくなる単純な自分に呆れつつ、私は立ち上がってもう一度湖に飛び込んだ。
優姉が振り向いたことだし、くだらないことを考えるのはやめよう。
○