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「なに? 言って」
シュリさんが優しめの声で促してくる。それだけで、あらゆる全てを白状してしまいたくなる。何なら請われるままに、あることからないことまで白状しそうだ。
「その……すみません、泣きそうに見えたもので。ユウコ君のことを思い出していたのかと思って、えっと、大丈夫、かな、と」
本当はもっといい言葉で慰めたり、はたまた気持ちを切り替えられるような話題転換をしたかった。
なのに結局私が口から出したのは見たままの意味のない言葉だった。情けない。
他ならぬシュリさんの前でこそ、私は何もうまくいかない、不器用な役立たずになってしまう。
「……シーコは、私のことよく見てるよね」
「すみません、気持ち悪くて」
「うん、気持ち悪い」
ぐは。あえて自分から言うことでシュリさんの口から言われることを避けたかったのに。ひどい。さすがシュリさん無邪気。
「でもいいよ。シーコだし」
「お、おお。えと、ありがとう。というか、うん。えと、シュリさんはさ、全然泣かないけど、そんなに我慢しなくてもいいんじゃないか?」
ユウコ君が帰ったときに大泣きして以来、ずっとシュリさんは泣いていない。たまに涙目になっているのは見かけるが、指摘せずにいた。言葉にだせばそれはシュリさんを傷つけると思ったからだ。
だから今日も指摘する気はなかったのだ。だけど少し久しぶりだし、つい言いかけて突っ込まれて、聞いてしまった。
出した言葉は戻らない。ならばいっそ聞いてしまおう。ずっと言いたかった。聞きたかった。その心の内を。
「ユウコ君のことを思い出した時くらい、泣いてもいいよ。私も、それを支えるくらいできる。いや、支えさせてほしい」
「……ありがとう、でも大丈夫だよ」
「シュリさん…」
「だって、ユウコのことを思い出す度に泣いていたら、毎日ずっと、泣いてなきゃいけないもん」
え、毎日? ずっと、って……毎日、思い出しているのか? あれからもう半年以上たつのに、毎日? 毎日泣きそうなほど、ユウコ君のことを思っているのか?
「そんなに驚くこと? だって、私のあらゆる全てがユウコから始まったんだもん。おはようって言う度に、いただきますって言う度に、ユウコのことを思い出さずにはいられないよ。だからこそ寂しいし、だからこそ寂しくないとも思う」
私の考えが足りなかったのだろう。シュリさんにとってユウコ君は母親よりさらに大きいのかも知れない。
だけど今更それに嫉妬することもない。その上でシュリさんのことを大切に思っているのだから。
「そうか……」
「いけない、かな?」
「いや、そんなことはないよ。シュリさんが自然と思い出さなくなるならともかく、無理に変える必要はない」
「そう? その割に変な顔してるよ」
「こ、これはその……」
表情にでていたか。しかし、自分でもどういう感情なのか説明できない。
繊細で一途なシュリさんを愛しいと思いながら、あまりに繊細すぎるその深い愛に憐憫の気持ちすらわいてくる。今更ユウコ君と別れたシュリさんが可哀想だなんて言っても仕方ないし、そうならないよう私が支えたいのに。どうしようもない無力感ももちろんある。私は結局ユウコ君に関しては何の役にも立たないのだ。
「シーコは変な顔をしすぎだよ。私は大丈夫だよ。ちょっとずつ、泣きそうな頻度も少なくなってるし、シーコのおかげで助かってることたくさんあるよ」
「……慰めではなく、本当にそう思ってくれているのかい?」
「もちろん。シーコをうざいと思ったら、素直にそう言ってるよ」
「確かに」
確かに私がついやりすぎてしまった時なんか、シュリさんは遠慮なく私にうざいとか馬鹿とか言ってくれる。ならば今の、助かってることがあるというのも信じていいのではないだろうか。
「シーコは笑っていれば綺麗な顔してるんだから、変な顔せずに笑ってなよ」
「なっ、き、しゅ、シュリさん!?」
きれっ、綺麗とな!? 私が!?
「え、そ、そんなに照れなくても。私にもよく言ってるじゃない」
一瞬で体中が熱くなって、真っ赤になってるだろう私にシュリさんは困惑したように目を見開く。
「シュリさんは、本当に綺麗だし。でも私は、その、綺麗とかじゃないし」
不細工ではないし、悪くないんじゃないかと自画自賛する時もあるが、しかしシュリさんに比べたら私なんて肥溜めみたいなものだ。
他ならぬシュリさんに言われて照れない訳がない。
「……そうだね、さっきの綺麗は訂正するよ」
「シュリさん…」
えぇ、訂正するの? それはそれで……恥ずかしかったけど、嬉しかったのに。そりゃ、私が言ってた言葉を真似ただけかも知れないが。
「シーコは綺麗じゃなくて、可愛いもんね」
「なっ!?」
かかかかかかわいい!? なんっ、そ、それは本当に、子供のころに親に言われたことしかないし、可愛い系では絶対にない!
「シーコ、耳まで真っ赤だよ」
「う、うう……シュリさん、か、からかわないでくれ」
「からかってるけど、別に嘘じゃないよ。シーコ、可愛い」
「〜〜っ」
微笑んでるあなたの方が百万倍可愛いし綺麗だし素敵だー!
そう思うのに、予想外すぎるシュリさんの言葉に私の体温はあがりっぱなしで、うまく言葉がでない。
「ふふふ、とにかくさ、そんなに気にしないでよ。シーコはそのままでいてくれるだけで十分だからさ」
「シュリさん…っ、結婚してくれないか!?」
って私は何を言ってるんだ!? 今シュリさんが嬉しいこと言ってくれてたのに、常日頃胸に秘めていた魂の叫びが勝手に!
だがそんな突拍子もない私の台詞にシュリさんは馬鹿にするでもなく、にっこり笑った。これはまさか!?
「やーだよ、ばーか」
ですよねー。でもユカナ君風に断るあなたも素敵だ!
「全く、シーコはほんと、馬鹿だなぁ。うんでも、馬鹿なシーコだから、助かってるんだ。だからもっと自信持って、馬鹿なままでいてよ」
馬鹿馬鹿と、他の人なら一言言いたくなるくらいに連呼するシュリさんだけど、その声音は優しい。
私が慰めなければいけないのに、私の方が慰められている。やっぱりシュリさん最高! 愛してる!
「わかった。私は私のありのまま、ずっとシュリさんのそばにいると誓おう」
「別に誓わなくても……まぁいいか。じゃあ、いつまでもここにいても仕方ないし、行こうか」
「ああ。シュリさん、愛してる!」
神様! いや、ここで神はおかしいか。ならばあえて、ユウコ君、いや、ユウコ様! これはユカナ君の言うところのフラグ立ってますよね!?
「はいはい」
ああ、苦笑であっさりスルーするクールなシュリさんも麗しい。
フラグたってなくてもいい! シュリさんと、ずっと一緒にいられますように!
私はシュリさん曰わく馬鹿なことを考えながら、シュリさんに並んで歩き出した。
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