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第89話 「そう睨むな」と当主は刀を収めた

~前回までのあらすじ~

魔討隊、総攻撃

先輩、実力を見せる

先輩、呆然


「このような場所に、何故、幻獣型が現れる?」


 壮弦は、横で立ち尽くす日高に問う。


「この崎城市に、この土地そのものに、奴らを引き寄せるような何かがあるとは思えません。考えられるとすれば、例の仮面の男と魔討隊の戦闘で生じた膨大で濃密な霊力。これを感知したのでしょう」


 動揺していた日高だったが、壮弦の言葉によって冷静さを取り戻したらしく、状況を分析して見せた。「妖魔は糧を得るために霊力の高い人間を襲う」という、基本に立ち戻った実にシンプルな考えだ。


「強いモノは、強い者に惹かれる、か」


 この地で暴れているのは、曲がりなりにも魔討隊の隊長格だ。彼らが発する霊力に誘われて次々と妖魔が顕現することも無理はない。


「それでも、幻獣型の出現は予見できません」


 この場に現れた妖魔の分類が、非常に厄介なものだった。日高が言う、“幻獣型”というのは、妖魔の姿の特徴から付けられる通称のようなものだ。早い話が、龍とか麒麟とか八岐大蛇などのような、空想上の動物として語り継がれているような姿の妖魔を幻獣型と呼ぶのだ。


「一級は琴音さんでは対応しかねます。我々も戦うべきかと」


 妖魔の妖力や戦闘力、危険度。これらの材料にして妖魔は等級分けされている。数字が小さいほど、強大な力を持つ妖魔ということになる。


 壮弦たちの前に現れたのは、伝説の聖獣である白虎のイメージがそのまま投影されたかのような、巨大な白い虎だ。この幻獣型の妖魔白虎は、紛れもなく、一級扱いの妖魔だった。


「出過ぎた意見ですが、一級の妖魔を前にして、彼女に身の程を知らせるとか、罰を与えて躾けるとか、粛清紛いのことは二の次かと」


 日高の言葉を聞いた壮弦は、霊力を放出しながら、一歩前へ踏み出し、己の武器である日本刀を構えた。日高の発言に完全に納得したという訳ではなさそうで、未だに厳しい表情をしている。仕方なく妖魔と戦うといった感じだ。


(ジッとして、すぐに襲って来ないところを見ると、我々の力を計っているといったところだろうか? それとも……)


 透き通るような白い毛並みの妖魔は、顕現から数分は経つというのに、微動だにせず、じっと目の前の退魔師を見つめている。その所作の不自然さが、かえって不気味に感じられる。


(いずれにしても、気を抜けばやられるのはこちらだ。全開で行きましょうか)


 大きく息を吸い込んだ日高も、自身が使える主人と同じ武器を手に取り、戦闘態勢に移った。




(こんな場面で一級の妖魔のご登場? 最近の私、運が悪いのかしら?)


 琴音も、父たちと同様に、急に現れた白虎の姿の妖魔の存在に驚くとともに、その戦闘力を最大限に警戒していた。


(お父様も、日高さんも戦う気か。幻獣型なんて、魔討隊なら隊長が出張る案件だから当然と言えるわね)


 背後にいる父たちが霊力を徐々に高めていることから、二人が戦闘態勢に入ったことを察した琴音。後ろを振り向き、妖魔に隙を見るような真似はしない。目の前で立ちはだかる白虎は、今まで相手にしてきた有象無象とは次元が異なる存在なのだ。


(格上の相手。地力が伸びたとて、私では対処しきれない。少しでも気を抜けば、間違いなく死ぬ)


 一瞬の気の緩みが命取りに成り得るこの状況。琴音は、これまで以上に、霊力錬成に力を注ぐ。


(来るっ!!)


 不意に白虎が前足をゆっくりと動かし、一歩踏み出した。その挙動を見逃さなかった琴音は、次に来るだろう攻撃に備え、防御姿勢を取った。


「ぐっ!!」


 一瞬で距離を詰めた白虎は、重く鋭い爪で琴音を切り裂こうとしたが、何とか琴音はそれを受け止めた。敵の動きを注視していなければ、受け切れなかったかもしれない。ただ、それでも、攻撃の威力を散らし切ることはできず、琴音の身体中を大きな衝撃が襲う。


(この馬鹿力っ!!)


 退魔師としての訓練を積み、鍛えているとは言っても、琴音の身体は極端に丈夫な訳ではない。一級妖魔の圧倒的なパワーを、琴音がこれ以上受け止め続けることは不可能で、白虎の攻撃によって潰されるのも、時間の問題だった。


「破ァァァァ!!」


 琴音が一時的に白虎の攻撃を受け止めていた隙を突き、日高が白虎の死角から斬りかかった。太刀は浅く、仕留めることはできなかったが、敵を琴音から引き剥がすには充分なダメージだった。


「断ち切る」


 跳び退いた白虎が着地する瞬間を狙い、壮弦が仕掛けた。重厚な霊力を刀身に纏わせ、目にも留まらぬ速度で白虎の胴体を斬り裂く。


「ほう。咄嗟に妖力を集中させて守りを固めたか。妖魔風情がよくやる」

「ガオオオオッ!!!!」


 壮弦を睨み付け、怒り任せに大きな咆哮を轟かせる妖魔。ただの咆哮だが、全身から溢れる濃密な妖力も相まって、対峙する琴音は身体中が痺れるのを感じた。


大きな妖力を持つ妖魔は、自己再生力が高く、白虎の傷は回復して、ほとんど消えたと言ってもいい。しかし、手痛い一撃を貰ったことに変わりはなく、白虎は仕返しとばかりに、壮弦目掛けて突進した。


「させると思いますか?」


 日高は、逆上している白虎の横っ腹に、霊力を押し固めた斬撃を飛ばした。今さっき、壮弦の攻撃を受けた箇所だ。無論、日高は狙って撃った。妖魔を挑発し、意識を自分に向けるために。


(流石は日高さん。そう来ると思った)


 家を追い出されている身と言えど、琴音は日高との長い付き合いがある。日高と戦闘訓練を受けたこともある琴音は、彼がどういった動きを取るか、ある程度予想できたのだ。


「隙は逃さない。『鬼灯(ほおずき)』」


 琴音は、日高に意識を向けている白虎に向け、全力で霊術を放った。淡い橙色の光線。直撃を受けた妖魔は悶え苦しんでいる。


(ある程度まで溜めれば、私の攻撃も一級に通用する!!)


 壮弦と日高が攻撃を仕掛けている間、琴音は霊力錬成を充分に行うことができたため、一級の妖魔を相手にしても通じるほどの高威力の術を放つことに成功したのだ。祓うことまでは叶わなくとも、大きな損傷を与えられることは大きい。


(でも、『霊力錬成をする時間を確保できれば』という仮定は付くか)


 今回は壮弦や日高がいたからこそ、有効打を放つことができたのだ。それを自覚できないほど、琴音は馬鹿ではない。自身のレベルアップに努める必要があることを、彼女は強く認識した。


「……幻獣型と言っても、所詮は獣。物の怪だ。実に扱い易い。運が悪かったな」


 三対一の戦い。一方へ意識を向ければ、他方から攻められ、そちらへ構えばもう一方が来る。一級という位を与えられた妖魔であっても、簡単には突破できない。琴音の攻撃を受け、たじろいでいた隙に、白虎は壮弦の接近を許した。


「『断凍(だんとう)』」


 壮弦は、流れるような、滑らかな動作で刀を振るった。その一閃はただの斬撃にしか見えず、妖魔の体表に切り傷一つを付けただけだ。攻撃を受けた当の白虎は「何かしたのか?」とでも言いたげで、一瞬の硬直はあったものの、すぐに目の前の人間へ反撃しようとした。


「そう睨むな。幕引きだ」


 そう言って壮弦が刀を鞘に納めると、白虎の身体は、受けた刀傷を中心にして瞬く間に凍り付いた。一瞬の間に、立派な白虎の氷像が完成した。氷漬けになり、身動き一つ取れない白虎。壮弦が鞘の先端で、氷像を小突くと、氷像は大きな音を立てながらバラバラと崩れ、ただの氷塊になり下がってしまった。


(嫌な人。そうやって最後は自分が決めてしまう。でも……)


 日高や琴音を交えた戦闘で、援護はあったが、一級クラスの妖魔を祓うことができる実力を持つのが和泉壮弦だ。いくら琴音が鍛えても、その力の差は遠く、簡単には縮まらない。和泉家当主として退魔師界で君臨する彼の力の一端を、琴音は改めて思い知った。





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