第81話 「さあ、気を引き締めなくちゃね」と先輩は意気込んだ
~前回までのあらすじ~
先輩、事情を話す。
元勇者、自信アリ。
先輩、「何言ってんだ、こいつ?」
「もう当日。あっという間ね」
琴音は深呼吸をすると、和泉家の大きな門をくぐった。実家に足を踏み入れるのが久し振りだからか、彼女の歩みはぎこちないように見える。
此度の召集に魔討隊が関係していることは明白。何らかの方法で怜士を誘い込み、大きな戦力をぶつけることが予想されている。そうなると、都合の良い餌となる琴音の身も案じられる。馬鹿正直に怜士が琴音に付き添うことはできないため、怜士は幻影の外套を用いて姿や気配を消して近辺に潜み、有事に備える算段だ。
「さあ、気を引き締めなくちゃね」
この時、琴音は、数日前の志藤家での一幕を思い出していた。
魔討隊の隊長らが出陣した場合、怜士ですら苦戦は必至というのが琴音の予測だった。しかし、怜士自身は戦いに苦戦することなど、一切考えていないようで、「いかに周りに被害を出さないようにするか」という、斜め上の心配をしていた。流石の琴音も、それには驚き以上に呆れも感じた。
「志藤君! 私の話、しっかりと聴いていたの!? 私の予想通りに隊長たちが出張れば、流石の貴方でも苦戦は避けられない!! 悠長に構えている場合じゃないわ!!」
楽観的な怜士の姿勢に、琴音は思わず彼に詰め寄った。
「貴方の実力は知っている。私よりも遥かに上で、魔討隊の上位隊士すら簡単にあしらうことができる! でも、隊長たちを相手にするなら話は別!! 知らないとはいえ、皮算用の自信過剰もいい所よ!!」
琴音はそんな風に声を張り上げ、怜士を叱りつけるようにした。怜士は、琴音の大声にビクリと肩を震わせたが、ニコリと微笑み、ゆっくりと口を開いて告げた。
「大丈夫です。 先輩、知ってました? 俺、強いんですよ」
驕りも慢心も無い。あるのは自信だけ。怜士の真っ直ぐな瞳と、何の淀みも無い力強い声。それらが琴音の心に訴えかけて来たのだ。すると、不思議と琴音の中の怒れる感情が霧散した。
「あの、いいですか?」
その時、傍らに控えていた梨生奈が口を開いた。
「私は妖魔とかいうお化けのことは分かりませんし、先輩たちの事情を知らない部外者です。そんな私が口を出すことは筋が違うって分かってます。でも、これだけは言わせて下さい。怜士は、普段から馬鹿な冗談とか言ったりしますけど、嘘は言わないですし、約束は絶対に守ります。それは小さい頃からずっと一緒にいる私が保証します。そんな怜士が『大丈夫だ』って言うんです。だから、怜士を信じて下さい。だから、怜士を信じる、私を信じてくれませんか?」
自分で言う通り、梨生奈は妖魔や魔討隊のことなど、怜士から少しだけ聞き及んでいるだけだ。詳しい事情は何も知らない。ただ、彼女が唯一理解でき、信じられるものがあった。それは、幼馴染にして最愛の人である怜士のことだ。
『怜士を信じて下さい。怜士を信じる、私を信じてくれませんか?』
これは誰よりも怜士と一緒に過ごし、怜士という人間を理解している梨生奈だからこそ言える台詞なのだ。
(……参ったわね。西條さんのことはあまり知らないけど、それでもこの子の目を見れば理解できる。この子がどれだけ彼を信じているのか)
西條梨生奈という少女。琴音は彼女と面識こそあるが、特段、仲が良いわけでもない。ただの顔見知り程度。よくある、極めて薄い関係に過ぎない。それでも、梨生奈の強い想いが込められた言葉は琴音の心に深く受け止められた。
「ねえ、西條さん。貴方は志藤君のことをとても強く、深く信頼している。それがよく分かった。だから、私も貴方と同じように志藤君を信じる。貴方の彼氏さんは誰にも負けないほど強いって信じるわ」
「ありがとうございます、先輩!!」
梨生奈の想いに押された琴音は降参した。そして、怜士の強さというものを改めて信じることにした。
「貴方達のその関係、羨ましい。やっぱりお似合いね」
信じ合える大切な人がいるということ。目の前で笑い合う怜士と梨生奈を見て、琴音は二人の関係を心底羨ましく思った。
「……お似合い。うん、やっぱり誰から見てもそうだよね。私は幼馴染だし、昔からずっと怜士と一緒にいるし! そうだよ、シルヴィアさんには悪いけど、これはもうそういうことだよ!!」
(……どういうことよ)
突然、自分の世界に入った梨生奈を見て、琴音の梨生奈に対する評価がガラリと変わってしまった。
「お~い、梨生奈~。帰って来~い」
怜士はブツブツと独り言を言い続けている梨生奈を呼び掛けるが、彼女から応答は無い。
「さて、志藤君。今日も修行、宜しくお願いするわ」
「……ええ、そうですね。始めますか」
遺憾ながらも梨生奈を放置し、二人は修行を再開した。限られた時間の中で、少しでも力を付けるために。
(短い期間しか霊力錬成の修行はできていない。実力は上がっている自負はあるけど、それは微々たるもの。それでも、自分の身くらい、自分で護る)
高いセンスの持ち主である琴音であっても、短期間の修行では大きな実力の向上につなげることは難しかった。しかし、霊力錬成を学んだ影響は大きく、攻撃から防御、回復につながる霊術のレベルはいくらか上昇している。
(どこまでやれるかは……その時次第ね)
十中八九、魔討隊との衝突があると踏んでいる琴音。いくら実力が伸びていても、その天井は知れており、格上相手には及ばない。それが彼女の自己分析だ。
玄関口まで歩を進めると、そこにスーツ姿の男性が立っているのが琴音の目に映った。
「お久しぶりです、琴音様。旦那様が奥でお待ちです」
「日高さん……」
琴音の迎えとしてそこにいたのは、彼女の父である和泉壮弦の右腕として彼を支える退魔師の『日高勇介』だった。彼は古くから和泉家と縁のある退魔師の家系の人間で、退魔師としての実力も申し分ない。日高は琴音が子どもの頃から壮弦に仕えており、琴音にとって馴染み深い人間だ。
「さあ、入ってください……というのも変ですかね」
「フッ、そうですね」
日高によって実家に招き入れられるという光景が可笑しく感じられた琴音は、小さく吹き出した。
「入ります」
そのまま琴音は壮弦の自室へと通された。勿論、部屋にいたのは壮弦で、およそ二年振りに会うというのに、彼の表情は厳しく、眉間に皺を寄せ、口はへの字に曲がっている。相変わらずの鋭い眼光は、実の娘を射殺さんとばかりに威圧している。
(表情一つ変えない。私がしてきたことを考えれば、当然の反応)
お世辞にも良好とは言えない親子関係。その原因が琴音自身にあること、それを琴音は理解しているつもりだが、彼女にも彼女なりの信念がある。今更、父親と仲良くしようとは思わない。
「座れ」
壮弦の指示に従い、琴音は椅子に腰かけた。
(お父様以外に人の気配は無い。日高さんも早々に立ち去ってる。この状況、逆に怪しさ満点っていう感じね)
周囲に人の気配は感じられず、この部屋の中には琴音と壮弦の二人しかいない。退魔師特有の霊力の探知も試みた琴音だが、不審な霊力も感じられない。それが、この空間を余計に不気味に染め上げている。
(もしかして、退魔師にも、魔討隊にも気配や霊力を消すような道具がある?)
この仮定が正しければ、琴音が他の人間の存在を感知できないのも無理はない。異世界由来のものとはいえ、実際にそうした機能を持つアイテムを元勇者によって見せられているだけに、琴音の想像は広がってしまう。
「早速だが、本題に入る」
その時、ゆっくりと放たれた冷たく重い壮弦の一言に、琴音は息を吞み、肩をすくめた。
遅くなりました……。
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