第62話 「梨生奈ってエスパー!?」と元勇者は驚愕した
~前回までのあらすじ~
元勇者、先輩に異世界の話をする。
元勇者、変な組織に目を付けられそうだと知る。
先輩、元勇者を一方的に突き放す。
「退魔師とは関わらないように」と、琴音が怜士に警告し、彼女自らも怜士と接触をしないと一方的に告げてから一週間が過ぎた。琴音は宣言通り、怜士の教室に顔を出すようなことはしなくなった。無論、学校外での接触も無い。
(先輩にコンタクトをとろうにも、こうも会えないんじゃ、どうしようもない……)
琴音の言動に納得がいかなかった怜士は一度、彼女の教室へ赴いたが、門前払いされた。一学年上の先輩の教室で目立つような行動を取ることは憚られるため、怜士は大人しく引き下がるしかなかった。また、放課後に学校とは関係のない場所で接触を試みようにも、いつの間にか琴音の姿は無く、それすらも叶わなかった。
(手っ取り早いのは神社に、和泉先輩の家に直接行くことなんだけどな。それは流石に不味いもんな……)
琴音が有名な神社の家の娘であるということは、優斗から聞いている怜士であるが、だからといって、直接訪問することは控えるべきだと考えている。怜士は、突然の訪問は礼節を欠き、迷惑になるだろうと思ったからだ。また、和泉の家は由緒ある退魔師の家系だ。つまり、和泉の家への訪問は退魔師の拠点の一つに足を踏み入れることと同義になる。こればかりは避けなければならない。迂闊に踏み入ると、琴音から受けた警告を無視する形になる。
(なんだかなぁ……。一体どうしたらいいのかね、俺は)
怜士は教室の机に突っ伏しながら、己と妖魔、退魔師との関わり方について考えていた。四時限目の授業が終わり、これからが学生にとって大切な昼休みだというのに、弁当すら鞄から出していない。代わりに怜士は、吸い込んだ息を大きくブフウと吐き出した。
琴音の言うように、日常に平穏を欲するなら、これ以上目立つような行為は控えることが望ましいと言える。魔法の使用も同じように控えるべきだ。さらに徹底するには、仮面を着けての人助け活動も自粛することが求められるだろう。
(自分で勝手に始めたことだけど、ここまで来て、ここまでやって、急に止められるもんか……)
怜士は、琴音の意見について頭では理解しているつもりだ。しかし、その理解以上に、困っている人を助けたい、力になりたいと思う気持ちが強い。シルヴィアと梨生奈と一緒に楽しく過ごす平和な日々を手に入れるか、理不尽に虐げられる弱き者を妖魔から守るために力を振るうか。元勇者は、選択を迫られていた。
「怜士、大丈夫? もうお昼だよ?」
「ああ、うん。まあね」
既にほとんどの生徒たちが弁当を広げ、昼食を摂り始めている。そんな中で、昼食の用意すらしない怜士の普段とは違う様子を見かねた梨生奈が、彼の顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。それに対して怜士は気のない返事をした。
「嘘ばっかり。まあ、悩むのも解るけどね」
流石は幼馴染兼恋人である西條梨生奈。彼女はすぐに怜士の異変に気が付く。
既に怜士は、梨生奈とシルヴィアに事の成り行きを説明している。妖魔や退魔師について、怜士の知り得る限りの情報は大まかに伝えてある。偶然、怜士と梨生奈とシルヴィアの三人で過ごす時間ができたため、そこで二人に説明をすることができたのだ。琴音個人についての話をする際、梨生奈とシルヴィアの目つきが異様に鋭くなったことは伏せておくべきだろう。
梨生奈は、フウと息を吐きながら自分の弁当包みを怜士の机の上に置き、椅子に腰かけた。
「最初に話を聞いた時は流石の私も驚いたな。やっと異世界云々のことを呑み込めたのに、今度はお化けみたいなのが身近にいて、それを退治する人もいて。おまけに学校の有名人がその退治する人なんだもん。開いた口が塞がらないって、このことね」
怜士と異なり、ファンタジー耐性が低い梨生奈は専門用語を憶えることがなかなか難しいらしい。決して外れておらず、遠くもないが、妖魔のことはお化け呼ばわりだ。
「で? どうするの?」
「…………」
梨生奈が真剣な面持ちで怜士に問うた。しかし、怜士は言葉を返さない。いや、返せないと言った方が正しいだろうか。
「……今の怜士が何を考えてるのか、当てて見せようか」
「えっ?」
梨生奈は自分の顎に右手を添え、真っ直ぐに怜士を見た。それはまるで、事件について考察をする探偵のように見える。怜士は、梨生奈の眼差しから溢れる迫力に押され、微動だに出来ないらしく、固まったままだ。
「『お化けのことに首を突っ込めば、自分の力なら、和泉先輩やたくさんの人を助けることができる。でも、そんなことをしたら、梨生奈とシルヴィアと一緒に過ごす時間が少なくなるし、身の回りに何か危ないことが起こるかもしれない。あわわ、ど~しよ~!!』って感じ?」
「はあっ!? 何で分かるの!? 梨生奈ってエスパー!?」
見事に自らの心の内を暴かれた怜士は驚きを隠すことができず、声が裏返ってしまっている。同時に、突如として大声を上げた怜士に対し、周囲にいたクラスメイト達の視線が集まった。ただ、それもほんの一瞬で、声の主が怜士だと判ると、クラスメイト達はスッとその視線を外し、中断していた食事を再開した。「何だ、志藤か」、「あいつならしょうがないか……」という、憐みを感じ取れるような言葉があちらこちらで囁かれている。異世界生活と現代日本生活のギャップに苦しんでいた怜士の挙動は、クラスメイト達にネガティブなイメージを植え付けたらしい。「志藤怜士は変わっている人間だ」というのが最早共通認識だ。そんな怜士を傍目に梨生奈は苦笑している。
「和泉先輩に続いて梨生奈まで特別な力を持っていた? 一体これからどうすれば……!?」
「私がエスパーなわけないでしょ! 何年怜士の幼馴染をやってると思ってるの? 怜士の考えてることくらいはお見通しよ、お・見・通・し!!」
怜士のおとぼけに対し、梨生奈のツッコミが炸裂した。
西條梨生奈は普通の女子高校生で間違いない。特殊な能力など、断じて持っていない。ただ単純に、梨生奈は怜士から聞いた話と今の彼の様子から怜士が何について考え、悩んでいるのかを予測して分析したに過ぎない。また、彼女の言うように、長年の幼馴染として過ごして培った経験もある。敢えて言うなら、西條梨生奈は、怜士の考えをいとも容易く察することができる能力を持っていると言える。
「で、おふざけはこの辺にして……。怜士はさ、漫画とかアニメのヒーローみたいな凄い力を手に入れて、実際に色んな人を助けてるでしょ? それってどうして?」
梨生奈は怜士に、「何故、人を助けるのか」という問いを投げ掛けた。
「そりゃあ、仮にも勇者だったし……。困ってる人がいたらどうにかできないかって思うし、俺にはまだ、梨生奈が言うような特別な力があるからさ。目の前にいる人くらいは助けたい、力になりたいって思うもん」
梨生奈の質問に対し、怜士は自身の考えていることを素直に吐き出した。
異世界で勇者として過ごした怜士にとって、困っている人に手を差し伸べるということは、最早当たり前の習慣になっていた。勇者という称号やそこに課せられた使命から来る圧力の影響も少なからずあるが、元来、素直で優しい性格の持ち主である怜士は迷うことなく、誰かのためにその力を行使する。それは、日本に戻って来た今でも変わらない。
「そっか。それじゃあ、もしもだよ? 今ある凄い力が無かったらどうする? 困ってる人を助けないの?」
梨生奈からの問い掛けは、怜士の力が“無かったら”という仮定の話だ。どうということのない、あくまで仮の話。怜士は特に何か言葉を発することもせず、ただ、押し黙った。
「頑張って年内にもう一話くらい投稿したいです!!」と、前回の後書きで言いましたが、無理でした。すみません……。
今話は、長くなりそうだったので、分割しました。
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