第63話 「は、はは、恥ずかし過ぎるよ!!」と幼馴染は大いに照れた
~前回までのあらすじ~
元勇者、今後の在り方に悩む。
幼馴染、元勇者の悩みに気付く。
元勇者、幼馴染をエスパーと勘違いする。
幼馴染、元勇者と問答を始める。
「そりゃあ、仮にも勇者だったし……。困ってる人がいたらどうにかできないかって思うし、俺にはまだ、梨生奈が言うような特別な力があるからさ。目の前にいる人くらいは助けたい、力になりたいって思うもん」
「そっか。それじゃあ、もしもだよ? 今ある凄い力が無かったらどうする? 困ってる人を助けないの?」
――力が無かったら。
怜士は言葉に詰まった。
異世界に召喚されて与えられた、最強と言っても差し支えない勇者の力。それが無かったらということなど、彼はこれまで考えたこともなかったのだ。異世界からの帰還直前には、消失するものばかりだと思っていた勇者の力。これは、理由は不明だが、変わらずに残っており、現代の日本でも問題なく、異世界と同じように使うことができる。最初は驚きこそしたが、今では勇者の力は自らの身体の一部と言っても過言ではないくらいに怜士に馴染んでいる。だからこそ、“勇者の力が無かったら”という、この仮定は怜士に大きな衝撃を与えている。
「仮に怜士が何の力も持ってないとして、不良に絡まれてる人がいても見て見ぬふりをする? 車に轢かれそうになって転んじゃった人がいても、駆け寄って助けないの?」
梨生奈が言った「不良に絡まれている人」と「車に轢かれそうになった人」。これは以前、怜士が助けた人物を指している。これらはいずれも怜士が勇者の特別な力を振るい、助けている。
「……いや、そんなことはない」
ほんの少しだけ、怜士は考え、答えはノーであると意思を表した。
「でも、凄い力は無いんだよ? もしも、お化けが暴れていても、力が無かったらできることは限られる、ううん、できることなんて、一つもないかもしれないよ?」
怜士が人を助けるのは、“力ありき”だからか、それとも、もっと別の“何か”で動いているのか、梨生奈はそれを確かめようとしている。
「確かにさ、何の力も無かったら、ガラの悪い連中に挑んでも勝てないだろうし、怪我だって治してあげられない。妖魔なんかは、梨生奈が言うように、できることは何もないかもしれない。それでも、時間を稼ぐとか、人とか救急車を呼ぶとか、一緒に手を引いて逃げるとか、できることをできる限りやると思う。困ってる人を見捨てられない。それで何もしなったら、きっと俺はその後で後悔すると思う。まずは精一杯、自分の全力をぶつけてからだ」
勇者の力が無ければ、怜士はただの男子高校生だ。運動部どころか部活動にすら所属せず、体育の授業で運動をする程度。ましてや格闘技の経験なども無い。そんな怜士が不良を相手にして勝てる見込みは全くない。同じく、勇者の力無しに怪我の治療などできるはずもない。それで妖魔や退魔師と対峙するなど、いくら仮の話であっても論外だろう。ただ、それでも怜士には「何もしない」という選択肢はない。自分にできることを、どれほど小さなことであろうとも探し出す。守りたい、助けたいを思った人の力になるために全力を尽くす。それが、今の怜士が持つ答えだった。
「うん! 怜士ならそう言うと思った!」
「へ?」
言葉の通り、梨生奈は確信があったとでも言うような、強く自信に満ちた顔をしている。これには怜士も困惑している。
「元からあるじゃない、答えが。なら、もう迷う必要なんてないでしょ?」
怜士は梨生奈が何を言っているのか今一つ理解しきれていないようだ。やや呆れ顔で、梨生奈は言葉を続けた。
「怜士はね、いつだって怜士なの。困ってる人がいたら、何とか助けようとする。力があるとか無いとか、関係ない。その時にできることを、一生懸命やる。それが怜士なの! だから、和泉先輩のこととか、お化けのこととか、困ってる人がいるなら、迷わずに助けてあげて。怜士の力は、きっとそのためにあるんだよ」
琴音との問答で、自分がこの世界の、退魔師たちの事情に首を突っ込むべきか、力を振るうべきか、どうすればいいのか、自分の心にモヤでもかかったように見えなくなっていた怜士は、彼女の後押しによって、本当はどうしたいのか、気付くことができた。
「先輩はさ、俺のことを気遣ってくれたと思うんだけど、それでも俺は納得がいかない。あそこまで関わっちゃったんだ。今更、知らんぷりなんてできない。梨生奈の言うように、俺の力はきっと、誰かを助けるために授かったものだ。俺はそれを、自分が正しいと思うことに全力で使うよ」
詳しい理由は怜士には判らない。だが、琴音が怜士を妖魔や退魔師というものから遠ざけようとしていることだけは確かだ。しかし、実際に怜士は妖魔と戦闘を行い、その力で妖魔を祓うことができた。加えて、見知らぬ退魔師ともやり合っているのだ。今更、「ここで引け」などと言われても、怜士がそれを受け入れることは難しい。ならば、自分勝手と言われようと、自分の思ったように、守りたいものを守れるように、救いたいものを救えるようにひたすら真っ直ぐ走ることが今の怜士にできることだ。
「怜士は怜士の思った通り、自分を貫いて。きっと怜士の不思議な、凄い力が必要な人はたくさんいるから、心に決めたことを精一杯やればいいよ」
「梨生奈……ありがとう。大事なことに気付けた。俺、やるよ」
「うん! どういたしまして!」
自分がやりたいと思うこと、自分がすべきことを理解した怜士は、それに気付かせてくれた梨生奈に向かって、礼を述べた。その表情に迷いや曇りは一切無く、つい数分前までのどんより顔は嘘のようだ。梨生奈も梨生奈で満足げな笑顔を浮かべている。大切な人が、成すべきことを見定め、迷わずに進む決意をしたのだ。嬉しくないはずがない。
「ああ。でも、あんまりそっちにかまけて私とシルヴィアさんをほったらかすのはダメだよ?」
「ああ、もちろん!!」
怜士には困っている人を助け、弱い人を護りたいという意志と誇りがある。それとはまた違う意味で、全てを懸けて護りたい、大切にしたいという二人の恋人の存在も忘れてはならない。
「なあ、梨生奈」
「ん? なーに?」
一呼吸おいて、怜士は改めて梨生奈の名を呼んだ。当然、梨生奈はそれに返事をする。
「俺、梨生奈のことを好きになって本当に良かったよ」
怜士の心からの言葉だった。
今までの妖魔云々の話は、周りのクラスメイト達に聞こえないように小声で話していたが、怜士はこの言葉だけは敢えて大きな声で言った。愛しい人に、確かに自分の気持ちを伝えるためにだ。
「ななな、何を言ってるの!?!? こここ、こんな教室の真ん中で!! み、みんなに聞こえてるよっ!? 馬鹿じゃないの!?」
「まあ、聞こえるように言ったんだけど……」
梨生奈は理解できた。怜士が心の底からの気持ちを自分に伝えていることを。だからこそ、嬉しさと恥ずかしさが、どうしようもなく溢れて来るのだ。
「しょ、しょんな! 『俺だけの梨生奈、世界で一番愛してる。お前と出会えて、お前を好きになって本当に良かった!!』なんてさ、は、はは、恥ずかし過ぎるよ!!」
「のへあっ!?」
照れ隠しで放ったと思われる、梨生奈渾身の右フックが怜士の顔面に命中、直撃した。大して痛みを感じるほどの威力ではないが、思わず怜士は間抜けな悲鳴を上げた。
(ええと、何か色々と増えてるけど、まあ、それくらいの気持ちでいるのは確かだからいいか。梨生奈、嬉しそうだし……)
怜士は左頬を擦りながら、目の前で顔を赤くしている梨生奈が平常通りに戻るのを待った。そして、クラスメイト達は、そんな二人の様子を微笑ましく見守っていた。
梨生奈が赤面しているその頃、志藤家では異変が起きていた。
「っ!?」
「どうしたの? シルヴィアちゃん?」
どこぞの新人類よろしく、シルヴィアは不意に何かを直感したようだ。険しい表情で、辺りをキョロキョロと見回している。傍にいた真奈美は、心配になって彼女の様子を窺った。
「今……」
「今?」
「今、何だかとっても『ああ、出し抜かれたぁ!!』という、とても悔しい気持ちになりました……」
「何、それ?」
真奈美は、シルヴィアの言葉の意味がまるで分からず、頭を掻いた。
「とりあえず、レイジ様が学校から戻られたら、いっぱい頭を撫でてもらいます! ……エヘヘ」
(もう、勝手にやってちょうだい……)
真奈美は、わざとシルヴィアに聞こえるように溜息を吐いて見せたが、当のシルヴィア本人の耳には届かなかったらしい。
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