すずの兵隊
カーティス(14) シューの側仕え(愛称:カート)
フィリップ・アヴァロン シューの側仕え。元魔族。(愛称:フィル)
ニーナ・ネーサン(20)
元オルレアン王国騎士団 団員
シューのことを気に入って騎士団を辞した後、アルビオンの護衛兵として雇わられる。
ポツリポツリと優しく白黒の世界に少しばかりの輝きを与えている。街の人は傘をさすなんてことはなくて、少しだけ撥水しそうなフード付きの上着をかぶる。シューもそれに見習って傘をさすことはしなかった。
「人がいる!」
「当たり前です。」
フアナと歩いた時は、シューは世界に取り残されたような心地だったが、今は活気に溢れている。いつもの側仕えたちとニーナを連れて広場に出ると、露天商に靴磨きや物乞い、とにかく雑多な人で溢れていた。
「冷たい雨でも元気だね。」
「これくらいならまだ。」
「風邪ひかないようにして欲しいけどね。慣れていても、体を冷やすのは絶対に良くない。」
「大丈夫ですよ、皆火を起こすのは得意ですし、火属性の人は体温高いですから。」
「雨ばかりで火属性が多いのがびっくりだったけど、逆か。」
「ええ、火属性だからこそ生きていけるのです。」
よく考えればあまり降水量のないオルレアンは基本的に水属性だ。この世界は気候と属性は釣り合いが取れるようになっているのかもしれない。
「神殿にこの地で治癒に関して有名な少女がいるそうですよ。」
「へぇ、フィル知ってる?」
「ああ、知っているな。シューよりも先に知ったかもしれん。」
ニーナは知らなかったようで、興味深そうな声を上げる。
「会いに行きます?」
「約束取り付けられたら。」
素っ気ない返事だったが、実のところ興味深かった。シューがオルレアンで活躍できたのはウイルスによる感染症という認識があり、他の人間が苦心して対症療法をしているところを効果的なワクチンや抗生物質のような魔法を使えているからだ。
カーティスはフィリップとニーナにシューを任せると言伝をしに神殿に走っている間、比較的治安が良いアン市の中央街の魔法道具屋に入ることにしたが入る前に、ショーウィンドウにバレリーナの人形と兵隊とくるみ割り人形が勝手に動いている様子に付けになった。
「面白いなぁ。」
「下らないことに魔法を使っているな。」
特に利益があるわけでもないのに、高度な技術が使われている。戦争で魔法技術が発展するよりもシューには素敵なことに思えたが、フィリップには理解できなかったらしい。
「とても貴族的だね。」
オルゴールの音色に合わせてバレリーナは片足でくるくると回っているのをあまりに真剣に見るものだから、店主の男が声をかけた。
「いかがですか、サー?」
シューの顔を見た店主は眉を下げて謝った。
「失礼いたしました、レディでしたかね。」
「いえ、合っていますよ。」
顔だけなら幼いこともあって男女の区別はつかないが、普段であれば服装だけで見分けがつくものなのだ。それが厚めの外套で分からなかったのだ。
「ああ、よかったです。外は寒いでしょう。中にお入りください。」
店主に外套を預けて、飾られている魔法道具を見やる。竜胆の花の帽子をかぶった妖精の硝子のランプや月と太陽を模した時計、精霊アストライアの腕が秤になっている天秤など凝った意匠の生活用品が多く並んでいる。
「お気に召したものがございますか。」
「どれも綺麗ですね、使うのは勿体ないです。」
「綺麗だけではありませんよ。この時計はねじ巻きではありません。正確に一秒を測るのですよ。この天秤も魔法で加工されていて分銅が狂うことがありません。ランプだって、火や光の魔法が使えない属性でも魔力さえ流せれば光る画期的なものです。」
オルレアンの神殿では魔力の節約の為ランプに油を使っていた。魔力で動くランプなんて、所詮余裕のある貴族か、大きな職場くらいだ。日に5フィル(約5ドル)しか稼げない庶民に500フィルのランプはバカらしくみえるだろう。
「僕には不要ですね。」
「オイルタイプに変更は可能ですよ。」
「僕の部屋には紫のリンドウは合わないです。」
「サーには少し可愛らしすぎますかね。こちらの星空のランプも綺麗でしょう。」
「ラサルハグェが見えないので…。」
「アスクレピオス様ですか。」
12歳の少年の戯言にも主人はしっかりと考えてくれているが困った様子で、話を変えた。
「どのようなものをお望みでしょうか、サー。」
「神殿で役に立ちそうなものがあればと思って来ました。」
「ううん、何がお困りですか。」
「消毒、殺菌について考えてる。アルコールや光魔法だけだとやれる人が限られる。」
「サーは難しいことをお考えなのですね。若く見えますのにご立派でございます。」
「ショーウィンドウのバレリーナたちほどは難しくないと思います。」
「そうでございますか?」
「殺菌などは簡単な光魔法でできるけど、彼女達の動かす魔法はとても複雑そうですから。」
シューがそういうと今まで冷静だった主人の顔に喜色が滲み、瞳がキラキラと輝いた。
「あれは私の自信作なんですよ!」
妻には子供の玩具だと馬鹿にされたとは言うが、自分の最高傑作をショーウィンドウに飾ったのだという。
「とても素敵です。」
「とても嬉しいですよ。あのバレリーナのしなやかさを再現するのにとても苦労いたしました。」
絡繰というよりも、ハデスの力を借りて人形の類に霊魂をいれたかのような複雑さがあった。
「しかし、実際に主人が作られてるのですね。違う職人が作られているのかと。」
「元々はこのような立派な店ではなく、町工場のような店だったのですが、根っからの商人気質だった先先代が大改革をしたのですよ。同じものを売っても中央で売れば10倍の価値が出てくると踏んで見事成功させたのであります。」
「黒真珠の話のようですね。」
微妙に違うのかもしれないけれども。
「…待って。そういえばさっき光や火の魔法でなくても魔力だけでランプが点くんですよね。」
「ええ、そうですが?」
この世界の魔力というものは便利なものだ。それこそこのバレリーナと兵隊たちの動作はよほど現代のロボットよりも優れている。
「特殊な光を出すことが可能であるならば、殺菌灯になる。…フィル。」
「シュー、いや、坊っちゃま。後で違うフットマンに買いにいかせますよ。」
フィリップはもう既に心を読まずとも、シューの考えていることは大凡検討がつく。
「一台試しに買って、光魔法が使えなくても殺菌灯になるなら、その回路を組み込んで主人に作ってもらえそうだ。」
「私で良ければいくらでも手伝います。」
シューの話をよく聞いていた主人は喜んで答えた。
「主人、その時はアスクレピオスのランプをつくって欲しいです。」
「喜んで。」
本当はどんな形でもいいが、無視をするアルテミスよりもしっかりと医術の伝説のある精霊の像の方がご利益がありそうだ。
「もう一度バレリーナの舞台でも見ようかな。」
フィリップは不思議そうだが、シューに付き添った。ティキだったら「バレリーナと想いを繋げても、行先は暖炉の中だ」と嘲笑でもしていただほうか。
「フィルは絵本なんてあまり読まないか。」
「そうだな、あまり。」
フィリップの子供の頃は彼にとって特に暗黒時代だ。食人鬼がある程度の文化があったとしても、絵本のようなものはない。ずっと控えていたニーナがそういえばと手を叩いた。
「ああ、バレリーナの人形と片足の兵隊の悲恋の話があったな。」
「ニーナ姉様は好き?」
「悲恋はどうも。馬鹿みたいな恋愛話の方が好きだ。」
「馬鹿みたいな?」
「例えば死体にキスして復活する話やカエルにキスして王子に戻る話だ。」
馬鹿らしいといえば馬鹿らしいかもしれない。シューだったら絶対にキスしない。絶対に変な伝染病になりたくは無い。
「その話を馬鹿みたいと言ってしまうんですね。」
「すまない。気に障ったか?」
「いいえ。知らない人にキスされて目が覚めるのなんて、例え百年眠ってても嫌ですから。」
「確かに。そこを気にしてなかった。」
ニーナは気持ち悪いと顔を歪ませた。ただの絵本の話だ。でも、シューに合わせて本気で答えたニーナが少し嬉しかった。
魔道具屋の主人は和かに笑い、カーティスが来るまでとお茶を注いでくれた。その手には火魔法が使えなくても温められる新発明のポッドを持って、どれだけ素晴らしいのかと説いた。この国では火魔法が使える人が殆どだから、需要は低そうだが、だからこそ少数派の使えない人が苦しんでいるのだという。
「火魔法が使えない人にはこの国は少し寒いですからね。」
確かにシューにとってはちょっと寒い。




