Can I have your name,sir?
本当は前話と一緒に書いていたんですが、区切りが変になったので別々にしてみました。
シュー・アルバート (12) 主人公 ただの魔法オタク
ティキ・シルヴァ 中級悪魔・愉快犯
午後、シューはフットマンの私服を借りて屋敷の外に出ていた。勿論簡単にその話が通るはずなかったが、いつもなら諦めるところを頑張ってユーリに粘り勝ちした。まだ貴族の地域の中心街ならもう少し簡単に話はついたのだろうが、シューが外に出たのは、お世話になった鍛冶屋の親方と話をする為だった。親方の店は職人街にあって、中心街を抜けた先にあるのだが、反社会組織の人間も武器を必要とするからゴロツキも多い。職人街にはフットマンやページを走らせるからユーリですら殆ど赴かない場所だ。驚いたことに、渋面するユーリにエリオットJr.が騎士団の巡回でよく行く地域だから気にするなと援護を貰うことができた。
カーティス以外の護衛にジルとフィリップが居て、更にフアナとルルも連れ出したから大所帯の移動になった。フアナはフィリップに大事そうに抱きかかえられ、ルルはシューに抱えられているが、首が締まりそうだ。馬車での移動は職人街の道が荒く逆に体の負担になるからと徒歩で向かうことになった。
「親方の店の道忘れちまったな。」
「…酒に酔っていたせいか。まあ、広場の鍛冶ギルドによれば問題ないだろう。」
案内はジルとカーティスに任せ、シューはその後ろをついていく。
「少しかかりそうだな、背負うか?」
「いい。市民に馬鹿にされたくないから。」
「貴族っていうのはプライドが高くて大変だな。」
フィリップが後ろから心配しているが、妙なプライドが邪魔する。もっと幼ければ素直に応じたが、12歳のプライドがある。これでも、アンデッド討伐隊に参加する前の基礎訓練で大分体力がついた方なのだ。
「よゆー、が、あるなら、俺様の首を、どうにかしやがれっ!」
「自分で歩けば良いのではないか?」
「猫、の一歩が、小せえんだよ!」
そこでシューは漸くルルの首を絞めていることに気づいた。一度ルルを下ろすと、ちゃんとお尻から支えて抱えた。
「猫の抱き方、知ってたのかよ!ぬいぐるみ持ちしやがって。」
ちゃんと持ち直したら、いつもシューがルルをクマのぬいぐるみを持つように持っていたことを怒り始めた。いくら猫とは言っても、10キログラムもあるのだから、ずっと持っているのは大変だ。
「君の中身が綿でできていたなら、もっと優しく持てたのにね。」
「腹わただろうが。」
「上手く無いし。」
「シュー、ルルさんを持つの代わりましょうか?」
「護衛だと投げ捨てられそうだから、俺様反対。」
猫の小さな手でしっしっと追い払う動きをすると、カーティスはルルを睨みつける。
「じゃあ、俺が持ってやるぜ。投げ捨てなんてしねえから安心しろよ。」
「俺様はシューの筋トレに付き合ってんだよ。」
なんだかんだ言い訳をし、ジルも丸め込み、結局はシューがルルを持つ羽目になった。
こうして外を歩くのは、神殿に行くあの日以来だ。その時よりも大分自分の心は落ち着き、周りの人間たちの顔がよく見えるようになった。
「あの山の先が、カルヴィン辺境伯領だよね。」
城塞の先に見える山を指すと、フィリップはああと頷いた。
「近くに見えるけど、あれ随分遠いぞ。王国一の山脈だ。その間にマドレーヌ伯爵領とカルマン伯爵領があるからな。」
フィリップはカルヴィン辺境伯領から王都まで移動したことを思い出して疲れた顔をする。
「アルビオンとはどっちが遠い?」
「距離的な話は難しいですが、海路があるアルビオンの方が短い日数で着きますね。更にアルビオン研究所ーアルバート家のタウンハウスなら転移魔法で一瞬です。」
シューは転移魔法で抜け出していたこともあって、王都やその近辺の地図は一寸の狂いもなく覚えているのだが、流石にそれ以外は分からなかった。
「アルビオンの転移魔法って、家にしか来れないんだ。」
「逆にアルバート家のタウンハウスが治外法権なんですよ。」
「同じ国なのにねぇ。」
「他家の領地と違ってアルビオンは同じ国と言っても、実質的には軍事同盟ですからね。」
「へ、同じ人族で同じ王様を上に立ててるのにな。」
ルルが面倒くさそうに欠伸をした。
しかし、絶対にアルビオンとオルレアンが戦うような事態になってはいけない。魔族がこれ幸いと横槍を入れ、バッドエンディング直行になってしまう。
「まあ、魔族がいる限り戦争になんてならねぇだろうけどな。」
「お陰でまあ仲良く同じ国をしてるもんね。魔族が滅んだら、きっと次はオルレアンvsアルビオンだ。」
同じ人族なのにずっと対立し合っていた。それこそまだ神代の時代であったときは元々一つの国だったはずなのにだ。魔族のおかげでまた一つの国になれているのだから、皮肉な話だ。
そんな物騒な話をして、静かな中心街から出るとこの国の経済の中心である広場に着く。様々な商店や多くのギルドが並び、沢山の人でごった返していた。
「この時間が1番人が多いか。」
「そうですね。あまり離れないでください。」
カーティスが腕を差し出したが、傲慢な猫のせいで惜しみながら却下した。
「いざとなったらキラッと光るよ。」
「蛍か。」
「逆に見つけらんねえわ。」
ルルとジルが呆れた顔をシューに向けた。何をしてもルルに腹立つのは変わらないので、頭突きをかます。
「それは冗談で。迷子になったときはギルドの前集合でいいよ。護衛はまあルルがなんとかするよ。」
「か弱い猫ちゃんを身代わりにする気か?」
「我強い猫ちゃんでしょ。」
「ああん?」
なぜプラナリア並みの生命力がある悪魔を守る必要があったら教えてほしいし、盾にしても死にはしないんだから、役に立ってほしい。
「そんな俺様な態度してるのに、これで本当に猫のように弱かったら面白えな。」
「伝令、ぶん殴るぞ。」
「したところで猫パンチじゃん。」
人々をかき分けるのはジル、その後ろを丁寧についていけば、アンドリューに助けられる必要は無かった。鍛冶屋ギルドの傍にたどり着くと、複数の男たちの怒鳴る声が聞こえ、前にいるジルはあーあとめんどくさそうに落胆した。
「ふざけんな、鉄の値段上げやがって。そんなんじゃ商売にならねえよ!」
「んだと、採掘にもコストが上がったんだよ!その分上乗せするのは当然だろうが!」
その派手な喧嘩に周囲には人が集まり、野次を飛ばしている。内容を聞く限り、本人たちはかなり真剣な悩みで喧嘩をしているのだが、周囲はある種のエンターテイメントのように楽しんでいた。
「…どうする、坊ちゃん?」
「止めてきましょうか?」
「なら、私がやるが?」
拳を握りしめるフィリップを制し、ルルをカーティスに押し付けた。
「僕が文句を言いに行こう。相手は客商売でしょ?」
「助長するだけでは?」
一応ルルをカーティスは受け取るが、シューが何をするか不安だ。シューがいつもの綺麗な服を着ていれば、モーセのように道は開いただろうが、フットマンの私服だから、庶民とは違うが、大したことはない。
カーティスの不安を振り切り、小さい体を駆使して、楽しそうな大人たちの間を縫って前に進む。
少し時間がかかったせいで、既に殴り合いにまで発展してしまっていた。これはシューの言葉なんて一切届きやしない。
「ロック。」
数ヶ月前、骨折患者を大人しくさせた魔法を殴り合いをしている2人にかける。無属性魔法の一つで物を動かなくさせる魔法だ。魔力量によって、止められるものは代わってくるが、シューはなんでもかけられる。突然体が動かなくなった2人は、シューを睨みつけた。
「なんだぁ、坊ちゃん!」
「なにしやがんだ!」
魔法を使われれば意識はほぼ全員のシューの方へ向かう。このエンターテイメントを止めたシューに対してのブーイングも酷い。
「君たちが喧嘩していようと、それを見て楽しんでいたとしても、どうでもいいけど、僕はそこに用があるんだ!」
そんなことで彼らのシューに対する憤りは止まらない。
「すみませんねぇ、うちの者が騒いでいると聞いて来たんだが。」
どこかで聞いたことのある声が人並みを掻き分けて中心地に入ってきた。
「親方!」
「お、シュー!」
本当の目的である鍛冶屋の親方がシューを見つけると、その力強い腕でシューを抱き寄せ、思い切りぐるんぐるんと頭を撫でた。
「頭を撫でるのはいいけど、僕は繊細だから優しくして!」
「頭は撫でて欲しいんですね。」
欲望に忠実な要望に呆れたようなカーティスが親方の後ろから出てきた。それから続々とシューの護衛が出てくる。
「坊ちゃん、全然喧嘩止められてねえじゃん。」
「火に油注いでるな。」
「あはは。庶民の喧嘩はおぼっちゃまには無理だろう。シュー、魔法を解いてやってくれ。」
親方に頼まれれば直ぐに魔法を解く。親方がいるせいか、1人はすんと大人しくなった。相手方はまだ言いたげではあるが、こちら側が大人しくなったせいで矛を収めたようだ。
成人男性が2人で殴り合いの喧嘩だ。すぐに止めたから、大怪我こそはしてないが頬は赤くなり、口が少し切れている。
「とりあえずじっとして。」
凄く簡単な傷だったから、深く考えずその場で直ぐに治してしまった。
「もしかして、あの…!」
沢山の野次馬たちのブーイングが一気に賞賛と嘱望の声に変わる。ここまでの変わりようも面白く、笑いたいがそれすらできない。
「俺の母さんが死にそうなんだ!」
「私のお父ちゃんが!」
「おらのかあちゃんを!」
「わしの妻が転んで動けなくなった!」
光の神殿に幼くても腕の良い魔導士の噂が民衆で広がっていた。でも、神殿でどの魔導士に当たるかなんて運によって変わるし、そもそも魔導士に診てもらえるかも運による。ここで懇願するのも仕方がない。なにも考えてなかったシューの手落ちだ。
「シュー…。」
護衛たちから呆れた目を向けられる。
「フィル。」
「ああ、簡単なものでいいんですね。」
フィルは聞き取れないくらいの小さな呪文を唱えると、興奮する民衆たちが徐々にクールダウンしていった。勿論それだけで懇願が止むわけではないが、シューが話せるレベルになった。
「今は神殿のローブを脱いでる。誰一人治す気は無い。」
「…魔導士様、慈悲を。」
「僕は君たちの慈悲を願う。久しぶりに何もない日なんだ。」
ねっ?と念を押して笑ってみせる。シューだって別に人を見捨てたい訳ではないが、ここにいる人たちの関係者を救うとなると、神殿で並んで順番待ちをしている方々に申し訳が立たないし、どんどん歯止めが効かなくなる。また、一人二人を治してしまえば、何故彼らだけと治療された人たち」にも変に嫉妬されるはずだ。
慈悲をと懇願している側に、慈悲をと願うと彼らは戸惑っているようだ。それを無視して親方に話をする。
「親方、頼みたいことがあって来たんだ。」
「あ、ああ。俺にか。」
「うん、先のお礼もあったから、直接ね。」
「短剣のことか。あれこそ俺からの礼だ。」
「それは僕個人へじゃなくて神殿へして。」
医療従事者として、それはシューも譲れない。ただの感謝の気持ちだったとしても周囲から見れば賄賂の一つでしかない。
「まあ、仕事の話っていうんならここでしない方がいいな。俺の店に来い。」
「そうさせてくれるとありがたいな。」
シューと鍛冶屋の親方の様子を見て周囲の人間も諦め始めていて、パラパラと去っていく。フアナがいるせいで、心が乱されているせいもあるだろう。慣れてしまえば無視できるが、何も知らない彼らからすればここは落ち着かない場所だ。
「あの、どうしてもおらの妹を。」
シューが親方の後をついていこうと足を職人街に向けると、シューよりも僅かに幼い少年がシューの服を掴んだ。
「傲慢だね、君は自分が他の人より偉い人間だと思っているのか?」
「おら、妹がいなくなっちまうと。」
「皆そうなの。皆そう思ってる。それでも、僕の為に皆身を引いたんだよ。」
シューが冷たく言い放つと、少年はグズグズと涙を溜めた。
「君の妹は可愛そうなんじゃない。君の妹も可愛そうなだけ。」
その年端のいかない少年に対しても冷たい様子に、親方も少し可愛そうだと同情をする。
「僕は赤ちゃんだろうが、何だろうと同じだと思うけど。同情ありなら、社会への貢献度や効率なんて考えて20代くらいの人を優先するよ。」
「それをしないのがシューの正義なんだろうな。」
「まあ、そういうこと。僕は効率や優先度を考えて少し入れ替えたとしても、大方順番通りにするだけ。」
それしないで気紛れで今のように治してしまうのがいけないのだ。
ギルドの側の脇道から、いくつか曲がり角を曲がるといくつもの鍛冶屋などの専門店の看板がかかる、馬車が通れるほどの広い道に出る。視界の端にちょろちょろと鼠が通るのがシューとしては頭を抱えたい。
「やだなぁ。中世、鼠、なんて嫌な想像ばかりする。」
「忠誠と鼠?スパイでも疑ってるんですか?」
「ごめん。なんでもない。」
まだスパイ相手の方が対策は立てられそうだ。感染症なんて国が本気で取り組まないとどうしようもないし、ワクチンや抗生物質なんて存在しない世界だから一度感染してしまえば死んでしまう。
もしシューが公衆衛生を説いたとして、シューの知っている衛生管理はこの世界では役に立たない。だから、考えても意味のないことだと押しやって、親方の案内のまま一つの工房に入った。親方が工房に入ると、職人達が次々と挨拶をする。親方はシューのことを貴族であるとは言わずに、神殿で親方の骨折を治した魔導士という紹介をした。
そのまま来客用のテーブルに案内される。職人がそれなりにいる鍛冶屋だが、質素な木の机と椅子だ。
「シューには硬いか?」
「神殿で慣れてるよ。」
来賓用の部屋は豪華だが、修道士たちが主に過ごしているところは大体質素だから、シューも流石に慣れた。他の3人は主と同席するわけにいかないと後ろで控える。さっき親方が貴族とは紹介しなかったが、簡単に察することができるだろう。そして、ルルはいつものようにシューの膝の上にどっしりと座る。
「カート。」
シューに言われるとカーティスは抱えていた小包をシューの前に持ってきた。
「なんだ?」
小包はシューがアンデッド討伐隊で持っていった、親方が打ち直した短剣だ。シューの魔力に耐えられなかったのか、柄の宝石は割れ、剣先も既にボロボロとなってしまったのだ。
「これを直して欲しいんだよ。結構気に入っていたから。」
「まじか。結構強い魔力補正の高い宝石だったんだぜ?貴族が使うにはちゃっちかったかもしれねえけど、並みの冒険者レベルだったら凄え代物なんだがな。」
親方は困ったようにポリポリと頬をかく。
「僕の魔法の凄さは君が知ってるはずだけどなあ。」
「ガハハ、違いない。」
冗談っぽく言ってみると、親方は楽しそうに声を上げて笑った。
「最初の剣の価格も含めて修理代は言い値ではらうよ。」
「おいおい、坊ちゃん。俺が吹っかけたらどうするんだい。」
「払うよ。もう二度と来ないけど。」
「そいつぁ、少しでも安くして次も来てもわなきゃなぁ。」
「それもいい。経理には話をつけてきたからは大丈夫だよ。僕にはある程度吹っかけていいんだ。代わりにお金のない冒険者に安くしてあげて。」
「大貴族様は言うことが違うな。」
「それくらいはしないと釣り合いが取れない。」
「貴族が皆そういう考えがあればいいんだがな。」
親方は短剣の状態を手にとり、魔法で確かめた後顔をしかめた。
「ああ、こりゃあ直らねえかもな。なんの魔法を使えばこんな中がスッカスカになるんだよ。」
「古い魔法。」
イールゥイから(アルバート家が)買った光の魔道書は、シューが探していた古い光の魔法が書かれていたのだが、あの時は何となく文章が読めたものの、今は全く読めなかった。だから、何が悪かったのか検証もしようがない。
だが、興味深かったのは、あの魔道書には(恐らく)スピリット言語と、イールゥイの国の古語に訓読用の返り点や句読点が書かれていた。この世界にも日本のような国があるということだろう。世界地図は美代子といた世界とは全く違うのに、なぜ似た文化のある国があるのか不思議で仕方がないが、これが創作された世界だからなのだろう。
魔道書の言語の話を抜き簡単な魔法の説明だけすると、親方は更にううんと唸った。
「んん、魔法の武器を作るのは苦手でもないんだけどな。シューみたいに魔法特化しているような人間に対する武器はなぁ。」
「親方でも難しい?」
「過去を見てもシューみたいな魔法特化しているような人間は魔道書くらいしか持たないからな。」
「ええええ、短剣くらい護身用で持たないの?」
「そもそも魔法特化する人間ってほぼ貴族しかいないからな。俺の店は冒険者ばかりで、そういう人種が少ないんだよ。」
「親方を見ていれば、貴族相手の商売をほとんどしてないのは分かるよ。」
貴族と商売していれば、シューに不遜な態度をとらずに、へこへこ媚を売っているはずだ。それをしないで、普通にシューと呼んでグリグリと頭を撫でるのだから、あまり貴族とは関わったことはないのだろう。
「ガハハ、繕うのが苦手だからな!」
「褒めては無いね。で、無理ってこと?」
「まあ、待て。俺の弟子の方が魔法補助の武器は上手いんだ。」
タイミング良く扉が開き、弟子の一人がお茶を持ってきた。彼はフィリップと同じような長く艶やかな射干玉の髪を一つに束ね、同じ色の瞳で、どこか日本人のような顔立ちだ。お茶を運ぶ所作が、職人街にいるような人間とは思えないほど、丁寧で優雅だ。
「ああ、レン。丁度いい。」
「どうかされました?」
「彼はシューと言って、魔法が得意なんだが、魔力が強かったようで、一回で壊れちまったんだ。彼に作ってやれねえか?」
「私でいいんですか?」
「こういうものに関しちゃお前が1番だからな。」
彼は親方に認められて嬉しかったのか頬を染め、親方は彼を紹介してくれた。
「シュー、コイツはトーレン・スミス。若いが筋がいい。」
「トーレン ・スミスです。よろしくおねがいします。」
軽くお辞儀をするトーレンに妙な懐かしさと既視感があった。もしかしたらゲームで出てきたキャラクターだったのかもしれないのだと納得する。10代の少年にも見えなくもないし、落ち着き具合はもっと年寄りにも見える。
「職人街でアルビオンっぽい名前は珍しいね。」
「確かに少ないですね。」
縄文系の日本人顔なんて彼の名前以上に珍しいが、ここで人種云々の話はややこしい。
「トーレンってどう言う意味なの?」
「…私の祖先の言葉で東の蓮と言う意味です。」
「え。」
トーレンとオルレアンの訛りで聞くと分かりづらいが、美代子が日本語のように平坦に発音してみると「東蓮」のように聞こえる。
「私の名がどうかしました?」
シューはカーティスから紙を受け取り、親方からペンとインクを借りて、(新字体だが)漢字で彼の名前を書いてみると、トーレンは信じられないものを見る目でシューを見た。
「君の名前ってこう書くってことだよね?」
「…だいたい同じです。」
「ブッティストみたいな名前だなぁ。」
「ブッティスト?」
「それは気にしないで。」
法名のような名前だが、この世界と美代子の世界では全く宗教観が違う。キリスト教も仏教もイスラム教もこの世界には無い。
「…貴方は漢字を勉強したことが?」
「ん、あるよ。」
めそのシューの丁寧な字にトーレンは訝しそうだったが、何かに気づいたのか妙に納得する。今度はシューが困ってしまった。
「貴方は『シュー』ですね。」
「そうだけど、どうかした?」
「いえ、懐かしい名前だと思っただけです。」
「懐かしい名前?」
基本的にいつもシューも珍しい名前だと言われることの方が多いから、懐かしいといわれて首をかしげる。
「君の国の名前なの?」
「…どうなんでしょう。」
トーレンはふふっと微笑んだ。それ以上尋ねても何も返してくれないので、諦めて短剣の話をすると、彼も職人の顔になった。疑問は残っていたが、トーレンと話すのは心地が良かった。自分の思った通りの短剣が出来上がるに違いない。
ホクホクと喜びながら家に帰り、機嫌よく明日は神殿に戻るのだと思いながらベッドに飛び込んではっと思い出した。
「トーレン・スミス!攻略対象じゃん!」
「攻略対象?」
美代子がキャラクターコンプリートできなかった要因の一人。トーレン・スミスがどこに現れるか分からなくて仲間にできなかったのだ。
キャラクター絵ではあまり人種の違いを感じられなかったが、こうしてリアルで顔を合わせると日本人キャラだったんだろうと実感する。
「あー、僕の知っている世界では重要人物くらいの意味だよ。」
「攻略対象って敵ってことじゃないんですか?」
恋愛ゲームなんてどう説明すればいいのか全く分からなかった。
「んんんん?」
唸っていると、それをフィリップが読み取ったらしく、
「結末は人族と魔族の決着の選択肢のある小説であるが、その話の過程で発生する恋愛小説の相手…らしいな。」
と説明してくれた。
しかし、攻略対象だと気づいた上で、シューの名前に引っかかったのは、彼も「ゲーム」か過去の記憶があるのかもしれない。
【どうかな、フアナ?】
シューの枕元にいる心の精霊は、ううんと首を傾げた。
【分からないわ。あの子の心は私では読めないの…。】
いつも不敵に笑う彼女の声が珍しく不安そうだった。
【あの位の年頃なら、読めなかったことないのに。】
シューはベッドから起き上がると、自分の書斎にある、真理亜のメモを持ってくる。そこにはトーレンは学院に通っていて学年は、オズワルドと同じとなっていた。
「でも、年齢が書かれてないな。」
「これが重要人物なんですね。確かにトーレンさんの名前がありますね。カンジ(漢字)の名前も。」
カーティスがシューの持っているメモを覗き込む。彼はどうやら何が何でも巻き込まれたいらしい。
「ルルはなんか知らないの?」
普段何かとうるさい癖にトーレンと会ってから、ルルは妙に静かだ。
「ああ、いや…俺様は知らねえんだけどよ。なあんか、引っかかるっつーか。」
「まるで君以外の誰かは知ってるみたいな言い方だね。」
「…俺様も悪魔だ。悪魔は生まれた時は平等に下級悪魔だ。あんまり無駄なことはしたくねえ俺様が中級悪魔って言えるくらいにはなった。」
「君のそういう話は回りくどい。いつもさっさとしろって言ってるくせに。」
「うっせうっせ。お前がいっつも最初っから知りたがるから最初っから説明してんだろうがよ!」
「はいはい、ごめんなさい。」
「心こめろよ。まあ、んで悪魔の成り上がりっていうのは簡単に言えば他者を取り込むことなんだよな。」
悪魔は人族に取り付いて力を得るらしいということは朧げには知っていた。かなり前にティキが話したのかもしれない。
「なんとなくわかった。取り込んだ相手の記憶の残滓がある?」
「そーそー。理解力があって助かるわ。」
ティキが昔取り付き、力を奪った相手にトーレンを知る人物がいたということらしい。だが、いくつもの御伽草子に出てくるほどのこの悪魔はとても古くから中級悪魔だったはずだ。20年も生きて無さそうなトーレンを知る人物を取り込んだとしたら、つい最近そうしたことがあったということだ。
「君取り憑くの面倒って言ってたけど。」
「悪魔って取り憑いて相手から力を奪うんだけどよ。自分より力の強い奴き取り憑くのが大体失敗するが、偶に成功しても逆に意識を乗っ取られたりするんだよ。」
「確かに面倒だ。」
「だから、最近は。」
そこまで言って、ルルは止まった。
「やっぱりアイツ…。」
「ルル?」
「あーいや、テメエには関係ねえし、俺様もほとんど関係ねえからどうでもいいや。」
考えるのが面倒くさくなったらしく、ルルはいつものように欠伸をすると、シューの枕で勝手に寝始めた。シューは拳を握りながらも振るうことなく、押し込めてもう1つの枕を使う。
美代子の記憶があるからこそ、ティキの言う他人の記憶が邪魔なことはよくわかる。違うのははっきりと美代子がかつての自分だと分かる分、感情が流されても構わないが、ティキの場合ただの他人だ。初めてティキに同情した。
数種の化学薬品の混ざった匂いがする暗い部屋で座っていた。彼の隣に座る褐色の肌の男はいつもの五月蝿いほどの明るさは搔き消え、暗闇の中から遠くを見つめていた。
「これもそれも、ゼウスが死んだからだ。」
「…あの男は本当に死んだの?」
「もう千年も経つんだ。死んだんだろう。」
「全知全能のゼウスが死んだなんて信じられるわけない。病気だろうと、事故だろうと、誰かに殺されるのも信じられない。」
「だからこそ、アトゥムの息子が殺したのかって言われたんだ。」
「殺してない。殺せるわけない。僕が彼を出し抜ける筈がない。」
「そう思っているのはお前だけだ。それが真実だったとしてもな。」
褐色の肌の男の言う通りだ。けれども、彼は何もしていなかった、いや、それでは語弊がある。彼は確かに戦うのが大好きで、よく近侍の者たちに喧嘩を安く売り叩いて買わせていた。それは光の民の長たるゼウスにも関係なくて、寧ろあの男も好戦的だから酷い戦いになったものだ。しかし、突如としてゼウスが居なくなったのは彼のせいではなかった。しかし、周囲はゼウスを殺したのは彼のせいだと非難し、そして彼を守ろうとした者たちがまたそれを非難して、同質たるものがいつしか対立した。
彼はもう嫌だと立ち上がろうとしたが、褐色の肌の男は手を掴み止めた。
「シトリはお前のことを信じていた。」
「もう信じてないさ。彼も僕を殺そうとした。」
「違う、シトリは纏の神だぞ。」
「違う、シトリは水の精霊なの。変わってしまった、千年の間に。」
「お前が封印されていたからだ。お前が封印されたことで多くのスピリットが死んだ。お前と再び会うためにシトリは…。」
しかし、その先を褐色の肌の男は黙ってしまった。彼の目が偽物の色ではなくて、かつて男と共に笑い歩んだ本物の目の色に戻っていた。
「彼も君も神じゃなくなった。僕も神じゃなくなった。もうそれでこの世界は終わり。」
「は?」
いつも彼はそうだった。いつも何か楽しいことはないかと自由に生きていた。ここ最近の彼が人の心に踊らされて、男が庇護しなければならないと言うような意識を持たされたことが珍しかったのだ。シトリのことなんて歯牙にもかけちゃあいない。
「次の世界を始めようかな。」
「何言ってやがる。」
「お父様の望みを叶えてあげようかなぁって。」
「この世界でたくさん取りこぼしたお前に何が出来んだよ。もういいだろ?」
男は叱責するように彼に言う。それでも、罪ばかりの世界で永い時を生きれるほど、彼は完璧ではなかった。
「次の世界は、贖罪のお話。」
「くそつまらねえじゃねえか。…死んだ坊ちゃんの為?」
「坊ちゃんの為ならね、違う話を始める必要なんてないのさ。」
「まあ、天上天下唯我独尊のテメエが自分以外の為にすることなんてねえよな。」
「酷いな。僕だってね、哀憫の情だって持つよ。僕の名前を分け与えられて、僕のために死んだ坊ちゃんにくらいさ。」
彼は自分の頬を摘んで見せる。子供が笑われようと変な顔をしているようで可笑しかった。見た目こそ男より彼は年下だが、その中身は自身より随分と年上だのに。
「坊ちゃんの為を考えてたら、結局このまま終わらせた方が良い。でも、それじゃあダメなんだ。」
丁度その時、暗い部屋の扉が開き、別の男が現れた。褐色の肌の男が大嫌いで憎んで堪らない人物だった。
「シューを頼んでいいかな、愉快犯さん?」
「もう愉快犯じゃねえし。」
彼はクスクスと肩を揺らして、現れた男と共に部屋を出て行ってしまった。おいと声を掛け、手を伸ばしたのに、聞き耳を持たなかった。
それから、彼とはもう二度と会うことは叶わない。
2週間?3週間ぶりですか?遅くなり、すみませんでした。




