Good bye, my dear.
シュー(12) 光魔法(治癒・回復)が得意。
カーティス(14) シューの側仕え1 魔法はそんなに得意では無い。
フィリップ シューの側仕え2 テレパスを応用する闇魔法(心関係)が得意。
ルル 悪魔ティキ・シルヴィアの猫の姿 属性はあまり関係なく、満遍なく使える。
フアナ 闇の精霊 闇魔法(心関係)が得意、本家。
ディーン・ターナー(15) 神殿に仕える少年。ある程度光魔法は使えるが、魔力量があまりない。
3人の少年が死んだ。
まず神殿に帰ってきて、いつもの白い神殿のローブを着て悲しそうなアレンが出迎えて告げた言葉だった。神殿は1番死に近いが、どんなに死者を送っていこうと慣れるものではない。しかし、今週に入って3人も亡くなったのは、流石に異常だ。
「こんなにも立て続けに死ぬなんて、悪魔の仕業かな。」
「悪魔じゃないよ(ねえよ)。」
思わずルルと被って返してしまった。何かとあると、人族は悪魔の所為にしたがるが、人族を取り込む悪魔もそこまで暇ではない。
「感染力の強い感染症、病原菌を取り除くようにすれば…。」
「病原菌?」
美代子の知識があるが故に、届きそうなのに届かず、自分の手でその不安を取り除くことができないのが悔しい。なんの話をしているのかとアレンは首を傾げた。
「とにかく悪魔の所為にしているうちは、エピデミックは起き続けるし、どんな人間も死神と踊るしかないよ。」
現代から脳外科医がタイムスリップしてきてくれれば、シューは全力で力を貸すのだが、一人では何もできない。
後ろから静かな足音が聞こえた。神殿の寄宿舎の方の玄関ホールだから、誰が帰ってきたのかと目を向けると、黒い服を着て目を真っ赤に腫らしたディーンだった。
「久しぶりです、ディーン。」
「ああ、シューか。お帰り。」
「ディーンもお帰りなさい。」
ディーンはうんと一度頷くとさっさと自室へ戻ってしまった。あれでは暫くカードにも誘われないだろう。
「誰がお亡くなりに?」
「末の弟で、凄く可愛がっていたみたいだから。」
「ああ、彼はそういう人ですよね。」
なんだんかんだいって彼は凄く面倒見は良く、執着する人間だ。その様子は簡単に想像できる。
「冷たいね。」
どんなに関係がないと思っても、人が死んだらそれなりに悲しみや同情の表情をするのが普通だろうに、シューはまるで架空の物語の瑣末な脇役の話をするように冷たかった。
「死に一々悲しんでいたら助けられる人も助けられない。僕は生きている人の方が大切だもん。」
「まるで人形だ。」
「それでもいいです。体温があるだけ優秀でしょ?」
迎えに来てくれたアレンに丁寧にお礼を述べると、さっさと自室に戻った。ベッドとクローゼット、小さな窓があるだけだが、それでも妙な愛着があった。殆ど出て行った時と同じ状態だったが
ただ一つ変わったのは一人増えたことだ。
「フィル、光の神殿なのに大丈夫なの?」
折角アルバートの屋敷で人間になる権利を得たのに、神殿で再び黒兎に戻っていた。相変わらずシューの周りは毛玉ばかりだ。
「ああ、それに闇属性の魔法には詳しい。特に心療なら任せてくれ。」
「それはとても心強い。」
心の病気が認知されてないから、あまり患者は少ないかもしれないけれど、メンタルの強さは健康に大きく及ぼすので、役に立たない訳ない。
「って、心療できるの?」
「時間もかかり、対象次第なところもあるが。シューにも魔法をかけようか?」
「ええ、まさか承認欲求とかも抑えられるの?」
すると、フィリップは眉をひそめて面白くなさそうな顔をした。
「確かに前のシューはそれが強かった気がするが、今はそうでもないぞ。そうだったとしてそういう人格形成に関するようなところは難しいな。」
「じゃあ、意味ないじゃん。」
つまらなーいとベッドに寝転がって魔道書を取り出す。
「違うだろう?シューは人形じゃない。」
「なんの話?」
「誰よりも死に恐怖し、悲しんでいるのに知らんぷりしてはならない。」
フィリップの言葉を聞いて、好きに窓辺で尻尾を動かしていたルルの動きが止まった。
「そういうのって野暮じゃねえの?」
「私の独自の研究では、蓋をするよりは涙にしたり誰かに話してしまった方が心の負担は軽くなる、と出ている。シューは、『自然なことだから仕方ない』『冥府にはハデスがいるから大丈夫』、正当化して騙しているだけだ。しかも、一人でだ。」
シューは恐ろしくて言葉も出ないうちに、光の子の手でフィリップを叩いてしまった。うぐぅ、と呻き声をあげるフィリップに慌てて、拾い上げてベッドの上に乗せ、回復魔法をかける。
「ごめん。」
「いや、そうなるような事を言った自覚はある。」
否定する言葉よりも先に手が出てしまったのは、肯定するだけだ。自分でも否定したかった事実だった。
「魔法攻撃されなかっただけマシだろ。シューの光魔法だったら一発でよくて瀕死、最悪死ぬぞ。」
「そんな攻撃魔法覚えてないよ。」
とは言っても一度ガイルにくらわせた攻撃魔法があるから強くは否定できない。
「私はシューが鍛えてなくて助かった、と言っておく。」
黒兎が苦笑いをする。シューの手拳なんて殆ど威力ないが、彼らの苦手な光の属性だからかなり効いてしまったのだ。
「でも、感情をはっきりと出すことは良いことだ。普段はもっと吐き出しているように見えるが、余程のこの心理的外傷が深いのだと分かるぞ。」
「プライバシーの権利くらい僕にもあると思うんだけど。」
「ああ、私もそう思う。しかし、私はこの力でシューに嫌われたとしても、シューの心が救われればそれでも良いと覚悟しているからな。」
「…僕に嫌われたら君はどこへ行くのさ?」
「そうだな、どこへ行こう。シューに追い出されたら決める。」
「君は酷いな。僕が君の居場所を壊すことなんてできないって分かって言ってるんだから。」
「心は移ろう。今の『絶対』は、未来では『恐らく』程度でしかない。」
シューのフィリップへの恐怖心は伝わっているはずだ。それなのにフィリップは引く事を見せない。
シューもフィリップが言う傷に流石に気づいている。シューのナニー、エリザベス・ノーランドの死だ。亡くなった時は呆然として、涙することさえなかった彼女の死だが、その後の人生でも彼女の青白く、骨ばった顔を思い出すのは怖い。既に彼女に身寄りは無くて、アルバート家で看取った。とは言っても屋根裏のナニーの部屋で、シューが入ることは禁じられていたが、覚えたての転移魔法で入り浸った。
死の間際彼女はシューに言った『ごめんなさい』、『貴方は産まれない方が幸せだったかもしれない』という言葉が頭に強く残っている。
能力は優秀だったが、その言葉を残すくらいだから、子供を世話をする人としては最悪だ。そんな最悪な人間の死でもナニーの存在はシューには大きかった。泣けなかったのは悲しくないわけじゃないし、孤独に怯えなかった訳ではない。
「泣いた方が感情は落ち着く。泣いたところで何も変わらないから泣く意味がないと人は言うが、なら、何故泣くという機能が人に備わっているのか?意味がないのならそのような機能は必要ないだろう。」
「いや、泣けと言われてもなぁ。」
「それを心に留めておくだけで変わるだろう。」
もしかしてカウンセリングが始まっていたのだろうか。フィリップもそれ以上踏み込むことはなかった。長期戦を覚悟したのかもしれない。
「カート、今日は?」
「ああ、昼寝の後の奉仕作業からと言われてますね。」
ちゃんと診察をしたわけでも、医師でもないからはっきりと感染症の名前は分からないが、流行が始まっているのは確かだ。
「シュー、どこか楽しそうですね。」
不謹慎だとは自分でも思うが、神殿で働くことは生きている実感が持てて好きなのだ。それで自己肯定感が持てるなんて、やはり自分は慈悲深い人間ではなく、どこまでも汚いのだろう。
「偽善だとしても、人は救われている。それで十分だと思うがな。」
「また君は勝手に心を読んで。」
「シューが自分を否定する限りは、私は読み続けることにした。」
「独善だ。」
「そうだろうな。しかし、私の生きる意味になる。」
「また卑怯な言い方をするなぁ。」
フィリップを相手にするのは止めだ。シューが完全に彼を切り捨てない限り、シューに勝ち目はない。勝つ必要はどこにもないが。
ルルは窓辺で舌打ちをすると、すたっと立った。
「おい、シュー。」
「どうしたの?」
「俺様暇つぶしに行ってくるぜ。じゃあな。」
ルルは猫の姿のまま、開いた窓から外へ出てしまった。いつものことだった。ティキが自分の側から離れることくらい。なのに、開いた窓から目が離せなかった。フアナが楽しそうにピーチクと鳥の歌を歌っているのすら、聞けなかった。
元々貴族の時間に起きたシューは昼寝の時間眠くはなかったので、ずっと起きていた。ティキのことが気がかりだとは思いたくない。
「シュー、ルルさんのこと止めればよかったのでは?」
「僕たちはそういう仲間じゃない。一瞬の暇つぶし一緒に居たに過ぎないんだ。」
学校で知り合った、その一瞬の暇を逃すための友人と似たものだ。卒業と共に一度も会うことはなく、その後駅ですれ違って挨拶を交わすだけの関係。
「私にはそう見えませんでしたが。」
「…それはダメなんだよ。」
「はい?」
「彼に頼ってはいけないんだ。」
「…今更じゃないですか。」
今更だと言われれば、素直にそうかもしれないと思うのだが、それを声に出して認めるのは癪だった。猫に見えても、あれはティキ・シルヴィアだ。いつもフラッと現れてはフラッと消える悪魔で、いなくなったことに悲しんではキリがない。
ルルのことを頭から追いやって、フアナを抱えて奉仕作業のための医院に向かう。
「うわぁ。」
久しぶりに任された医院の病室は思わずそう言いたくなるほど、暗く淀んでいた。空気だけで病気になりそうだ。
「フィル、カートに。」
「分かった。」
フィリップには言葉にする前に伝わって楽だが、言葉が退化しそうだ。シューの想定通りにカーティスに病気の耐性をつけた。シューがしても良かったが、混ざり物よりも純粋な闇の彼の方が良いだろうと思ってのことだ。カーティスは微妙な顔を浮かべつつ、感謝の言葉を言う。
「これを他の人に使えたら死亡率は減るのでは?」
「その前に大々的なプロパガンダが必要になるから。」
すんなりと受け入れられているカーティスが珍しいのだ。カーティスの場合は殆どシューへの信頼のおかげだが、残念なことにシューは気づけない。
「まあ、僕の患者には人知らずやってるけどね。」
「そうやってるから魔力ギリギリなのでは?」
「結果的に患者が減るから、情けは人の為にならないのさ。」
「いつかシューのことを信奉する人が出てきそうです。」
「信奉するレベルの方が治りが早いし、悪いことじゃないよ。ロイヤルタッチみたいなものだよ。」
ロイヤルタッチ、王様が病気や怪我をしている市民に直接触れると驚くことに回復するという迷信めいたものだが、人間の思い込みの力はそれなりに証明されている。成分的には変わらなくても、高い薬の方が安い薬よりも効果が現れたり、プラシーボ薬だったりだ。
従者ばかりに感けるの止めて、シューの担当する患者を診る。前と同じように、カーティスに簡単な問診を頼むと、骨折患者の数は減り、熱病に魘されている人が多い。
「はぁ、戦場みたいにいっきにできればいいのになー。」
「違うので?」
「戦場は怪我の修復だから、同じ魔法で治癒できるんだよ。内臓までの深手や骨折となるとまた違うけど。」
ただの熱を下げる、喉の腫れを治す、鼻水を止めるくらいだったら統一の魔法でも同じだが、ここの症状を抑えても意味がない。そもそも、この症状は体内から要らないものを出そうとする動きであるから、ただ症状を出ないようにするのは良くない。
嘆いていても何も始まらないので、片っ端から順に魔法をかける。闇魔法の耐性付加魔法は、症状が出てしまってからでは却って悪化するだけなので、フィリップの出番がない。かわりに意識がハッキリしている人達に、そのモフモフな毛皮を生かし、ドッグセラピーならぬ、ラビットセラピーをしてもらっている。しかも、心の魔法をかけながらであるからかなり効き目はあるみたいだ。
「なるほど、ああいう仕事があるのですね。」
「カートは僕の手伝いして。」
「すみません。」
カーティスも普段厄介な人に仕えているからか、病人の介助が上手だ。しかも、さわやかな容貌と言葉がおばあちゃん達には癒しを与えている。(制限していないが、男しかいない神殿にくる女性は高齢の方ばかりだ。)
フアナの協力もあって、いつも以上にスムーズに終わった。変に茶々を入れるルルがいないお陰で、シューの作業は途切れることがなかったからだ。
「今日は余裕そうですね。」
「あの五月の蝿がいないから。」
「5月(Mai)の蝿(Mouche)?」
カーティスとシューは文化を共有していることが多いが、残念ながら美代子の文化をカーティスは知る由もなかった。
シューは云々と唸りながら、古い魔道書を読むというよりは眺めていたが、次第に諦めた。昔の漢字が読めるはずもないし、暗号謎解きをしている気分だ。明治、戦後と大分漢字を含む文字は、覚えやすいように整えられ簡略化された。こんなの古文書を研究している人間じゃないと読めやしない。 漢字が読めないなら、もう一つのスピリット言語をと思ってもスピリット言語は見たこともない文字で、ヒエログリフを読める天才じゃないと無理そうだ。悲しいことにシューは言語に関しては凡才だ。
素直に休もうと思った不意に目に入った窓の外に、1人の少年が空を眺めて拳を握りしめていた。
誰かは暗くてよく見えない。二階の窓から身体を乗り出して見てみると、予想通りのディーンだった。
ついついディーンの方に意識がいって乗り出して落下しそうになる身体を転移魔法で彼の後ろに降り立った。
「だ、誰だ。」
突然の気配にディーンは怯えて身体を震わせる。
「僕、シューだよ。」
「あ、ああ…、君の部屋から見えるもんね…。」
ディーンに声をかける予定はなかったため、2人して黙り込む。痺れを切らしたディーンが先に口を開いた。
「あの、慰めに来たとかじゃないんだ?」
「僕は言葉がキツイ。慰める言葉を知らないです。」
実際になんて言えば良いのか美代子もよく分からない。だって、もう無いものをあると誤魔化すことは出来ない。
「はは、そこは嘘でも慰めに来たって言うべきじゃ無いの?」
「そんなの僕が教えてほしいです。」
「慰めになる言葉を?」
「喪失感を埋めるものを。」
そう言うとディーンは目を丸くしていた。それから、目を逸らして彼はゆっくりと話し出した。
「俺さぁ、伯爵家っていっても5番目だし、あんまり目をかけられてなかったんだよね。」
「まあ、そこまで兄弟がいると。」
「お陰で自由に生きられてたってのはあるんだけど、寂しいってのは変わらなくて。」
だから、末弟を可愛がっていた。お兄ちゃんと慕われると寂しさなんて感じなかったのだと。でも、その弟は病弱であまりベッドから起き上がれなかった。その弟を可愛そうに思ってディーンは光の神殿で治癒魔法を学んでいたのだ。ここなら実践を伴って学ぶことができる。
けれども、弟は死んだ。自分の魔法では彼を助けられなかった。ディーンの語る話は涙を誘う話だったが、
「あはははは。」
シューは漫談を聞いたように笑った。想像の範囲から離れるシューの反応に怒ることもできず、ディーンは呆然とした。
「いや、ごめんなさい。光魔法って役に立って欲しいときに役に立たないなぁって。本当に助けたい人は助けられないなんてさ。」
「あ、ああ?」
「僕もだから。」
彼はきょとんとさた後目を伏せた。それから小さく、そっかと同意をするように呟いた。
「ほんと、役に立たないよな。」
涙を零しながら、苦笑する。
思い出す。苦しい時、悲しい時、欲しい言葉は慰めでも励ましでもなくて、ただ共感だ。自分の苦しみや悲しみを認めてくれるのがどれほど手にし難いものか。
「うん、役に立たない。」
中々進まなくてすみません、




