4.香山譲
桜子を自分の妻にする為の手続きをすべて終え、歌番組に向かうために新幹線に乗り込んだ。
平日の昼頃でもやはり新幹線の中は混雑している。ちょうど観光地から都心へ帰る路線だからだろうけれど。
桜子に会う前は、自分の中の幻想を追いかけているのか正直不安になる瞬間もあったので実在する彼女に会えて本当に良かった。
桜子のスマホを取り上げたので本人は知らないが今頃彼女の元家族の家に父母姉そして姉の彼氏のそれぞれの浮気相手が家に押しかけている手はずで、僕のファンらしい髪を引っ張っていた少女は彼氏との18禁動画が本人のスマホからなぜかSNSに流出しているだろう。
僕本人はここまでする気はなかったけど、結婚のために呼んだ弁護士さん(僕が司会してるバラエティのお陰で人気が出たとかで感謝されてて僕個人のお願いをいろいろ聞いてくれている)が徹底的にやらないとあとで僕や桜子に何かしてくる可能性があると忠告してくれたのだ。
僕が高校に突然押しかけたのも一般人ターゲットのドッキリ番組の設定ということになりそうだ。僕がドジをしてターゲットを間違えたと、A高校にいる芸能人志望ユーチューバーが広めてくれる予定だ。後で彼女と撮り直ししなければ。
そこまでマネと社長とメールで相談して、「あ、とりあえず籍入れてきました」と報告してスマホの電源を切った。今事務所は大混乱だろう。局で再会したらメンバーにうるさくいわれそうだ。
なんてぼーっと考えていたけれど、隣を見ると桜子は駅弁を食べ終えた後、牧場チーズケーキ(地元名物)をおいしそうに食べていた。僕も食べることが好きなので、うまくやっていけそうでほっとしている。
桜子の容姿は正直普通で、かわいいという人もブスという人もいるだろう。ただ、今まで僕の前に現れた美女や美少女は皆、僕をそれか僕たちの誰か(大体皆僕を踏み台にしてハリーかGに行く)を欲しがっていたし本当に自分には手に入ると自信をもって皆僕に接していた。僕を手に入る人間だと思っていたのだ。
けど、彼女は違う。「君は僕のものだよ」と言えば彼女だって喜ぶしそれは伝わる。
でも、本質的に彼女は、「自分も一人で、僕も一人」であると理解している。つまり、人が人をものにできないということをわかっているのだ。
この考え方に苛立つ人は多いだろう。理解できない人もいる。
でも僕はこれが理解できる。だから桜子に僕の妻になってほしいと強く思っていた。
しかし、今の状態の自分の中の先ほどまで結婚しなければいけないと焦っていた気持ちが嘘のように消えている。
籍を出して落ち着いたといえばそうだろうけれど、普通こういうのは一緒に生活して迎える倦怠期で感じる感情ではないだろうか。
桜子を眺めているとこちらの視線に気が付いて慌てて口を拭いていた
「すみません。ジョーさんに買ってもらったのにわたしばかり食べていて」
残り半分以上あるチーズケーキをこちらのテーブルに乗せて謝る桜子
そういえば僕の名前知ってる?と聞くと
「はい。たしか・・・・かぐやま・・・ゆずるさん。ですよね?」
と若干困惑しながら答えた。
流石に妻から芸名で呼ばれるのはね。後、君ももう「かぐやまさん」だよと教えると今気づいたらしく慌ていた。桜子は、
「えっとじゃあ・・・・譲さんで」
と答えたが、僕がもっとフランクにと続けると
「・・・・・・・ゆずるん?あああああごめんなさいごめんなさい」
発言して慌てる姿に大笑いした。ハリーとGはたまにゆずるん呼びするから気にしてないと返してなんとか安心してくれたようだ。まあ譲呼びならなんでもいいよ。
そこから桜子が自己紹介しようとするのを止める。そして桜子の生年月日血液型など個人情報をなにも見ずにすらすらと言って見せた。これイケメンの僕だから許されるけど普通の男がやったらストーカーだね。
桜子は驚いていたけれど困惑や疑問は浮かばないようだ。
なぜ僕が光桜子を知っていたのか。どうして結婚を決めたのか。
僕が知らないことを彼女は知っている。
自分でも何を言っているかわからないけど、確信した僕は一つ質問してみることにした。
「ねえ、どうして僕は君と結婚したんだろう」