15.香山譲
桜子を抱えて歩き出した僕に、2人の少女は戸惑ったようだが、もう一度振り返り顔を見ると、意を決したように片方が、僕の鞄を持ち追いかけてきた。
もう一人の少女はついてこなかったが、
「明日奈は後から来ます。」
と鞄を抱えた少女が、察したのか僕を見てそう言った。
マンションに到着し、エレベーターに乗り込む。
鞄を持った少女は、僕が行き先をを言う前に、最上階のボタンを押した。
来た事あるんだ。
僕の言葉に肩がびくりと跳ね、顔を伏せてしまった少女。何か言い掛けていたが言葉は飲み込んだみたいだ。
エレベーターは僕たちの住む最上階にたどり着き、僕が手首をかざして鍵を開錠し、開けてくれたドアから中に入る。
自分の鞄はリビングに置いてくれと少女に指示し、桜子を部屋のベッドに寝かせる。
「あの・・・。」
と少女の声が聞こえたので、そういえばリビングの場所教えてなかったかと思い至ったが、鞄は手に持たず、洗面所に置いてあるバスタオルを抱えていた。
お礼を言って、後は『家族である自分がやる』と、なぜか強く言ってしまった。
もちろん少女は驚き怯えた様子になったが、
「で・・でも・・・・。着替えや薬の場所分かりますか・・・・・・?」
と、問いかけられた。
冷静にならないと。確かに僕はこの状態の彼女に接するのが初めてで、経験者の少女に任せたほうが良いに決まっている。
非礼を詫びて、介抱をお願いする。
「鉄剤と栄養剤がすぐ飲めればいいんですけれど・・・気を失ってるからどうしよう・・・」
僕の態度を気にした様子もなく、一人悩み始める少女。
救急車は必要ないんだよね。と今更なことを聞くと、
「はい、でも私達もここまで負傷したことがなくて・・・・。」
困惑する少女のポケットが振動し、最初は無視していたが鳴りやまない着信に、出たらと促すとスマホを取った。
「もしもし・・・・愛梨!?。うん・・・・・・どうしよう愛梨・・・桜子さんが・・・・」
電話の先はこの事態を知る人間のようだ。泣きそうな少女に任せてられずに、手からスマホを奪い取り、代わりにスピーカーに耳を着ける。
「お願い落ち着いて尚美。今事務所と懇意の医師に来てもらえるか聞いてみるし、だめでも先輩の知り合いの医者とかこないだクラブでナンパしてきた医学部生とか心当たりは全部電話するから・・・・。尚美?聞いてる??」
さっきぶりだねmiaさん。
そう僕が答えると、捲し立てる様子だったmiaは途端に一言も話さなくなり、数呼吸後
「・・・先ほどぶりですジョーさん」
と僕たちの前で見せていたおとなしげな少女のトーンに変化した。
残念ながら誤魔化しあいしながら君と話している時間はない、どうすればいい?と僕が尋ねると、
「ジョーさんのお知り合いに、事情も聞かず口が堅く、身体の検査もせず、栄養剤と鉄剤・・・・・いや、今回は輸血のほうがいいかも・・。が処方できる医師はいらっしゃいますか?」
miaは状況をすぐ理解して、僕の望む答えをくれた。
心当たりはあるよ、必ず呼ぶ。だから、君達が僕に隠していること、全て話してもらうよ。
そう電話口に宣言すると、
「・・・・わかりました。今からそちらに向かいます。」
そう短く言ってmiaは通話を切った。
怯えた様子の少女にスマホを返し、そういえば君の名前もまだ聞いてなかったねとやさしく問いかけたつもりだったが、何も言わずリビングに走って行ってしまった。そんなに怖かったかな僕、演技できてるはずなのに。
自分のスマホを操作して、心当たりの医師にすぐ来てほしいことと事情を話した。こういう時芸能人は便利だ、金額は張るが最適な医師がすぐ来ると案内された。
そこまで済んで、まだ桜子の着替えが終わっていないことに気がつく。
何故だか周りの目が気になって、部屋のドアを閉めた。心は痛むが、緊急時と割り切って部屋の中を見回すと、前に百貨店で購入したランジェリーとルームウェアの有名ブランドの紙袋が、封も開けられず箪笥の隙間に置いてあることに気が付く。
これを贈った時は、照れる彼女を期待したのだが、
「勿体なくて普段着れません」
と苦笑気味な顔をされただけだった。
彼女の倹約意識と当時の僕の買い物センスに感謝して、袋から一式出すと、着替えに取り掛かる。
一応僕たちは夫婦だが、こんなに接近するのも、相手の体を見るのも、今が初めてなんだなと、今考えることではないけれど、なんだか意識してしまう。少し照れながら、桜子のジャージを脱がし、下着だけの状態にしたところで、僕の手は止まった。
桜子の体の関節、腕と足の付け根、両手足の肘、手首、足首、程度の差はあれ、全て赤黒い痣のようなものがある。よく見ると手足の指にも何か所かあるようだ。
最初は、前の家族の虐待が思い浮かんだが、それにしては、体の細かい傷が少なく浅い。それなのに関節のみが一度千切れてまた再生したように見える怪我の仕方だ。
ありえない、そんなに何度も千切れたら人間は死んでしまうだろう。トカゲの尻尾じゃあるまいし、動揺する僕だが、先ほどの桜子の戦闘を思い出す。
確か桜子はウーパールーパーの口から吐き出された際、足首を噛み千切られていたはずだ。改めて足首を見ると両首は両方とも桜子の体にあった。
しかし、よく見ると、ちぎられたほうの足首は、もう片方と肌の色が違く、また、妙にふわふわとやわらかい。まるで足首だけ生まれたての赤ちゃんのようだ。
驚きに足首をひたすら触っていた僕だが、部屋のノック音で意識を戻す。
「あの・・・医師が到着したと連絡が、入ってもいいですか?」
先ほどの少女のようだ。もう一人とmiaの到着を知らせる声に、礼を言い、玄関に通して欲しい事と、着替えを終わらせたら向かうとことを言って、僕は桜子の着替えを再開させた。今度は余計なことを考えず着替えを完遂させることが出来た。
リビングに向かう前に、ぼろぼろのジャージはどうしようかとたたんでいると、硬い感触に当たり、ポケットの中に手を入れる。
そこには、僕が贈った桜のヘアアクセサリーが入っていた。
桜子にはいろいろ贈った。確かにこれだけは、渡したときに拒否されなかった。
でもこれは、他の女性へのプレゼントついでに彼女に渡した、金額的にも大したことないものだ。こんなに大事にされるなら、もっとしっかりとしたものをあげたかった。理不尽なことだけれど、桜子に怒りすら覚える。そんなものを大事にした彼女に。
もっといいものをプレゼントするから。はやく目を覚まして、一緒に買い物にいこう
僕は、目を覚まさない彼女を見て、顔を近づけ、思いきりデコピンして、部屋を出て医師の元へ向かった。




