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83.番外編 カイル王子と魔法の鏡 後編

 目の前の麗人は、その美しい額に青筋を浮かべてカイル王子の報告を聞いていた。軽くイライラしているのだろう、肘掛をこつこつとその綺麗な白い指先で叩いている。それはそうだろう、反省として掃除をさせてみれば、部屋は崩壊している上に、鏡の向こうからひとを一人呼び出してしまっている。


 この世界で人為的な異世界人の召喚はタブーだ。偶発的に起こった事態とはいえ、角が立たないように貴族連中に納得させるにはなかなか難しいものがある。何とかうまいことやり過ごさねばないのだ。頭痛を和らげるためであろうか、国王陛下はゆっくりとこめかみを揉んでいる。


 やるべき仕事はたくさんあるというのに、また仕事が増えてしまったせいだろうか。ふうっと悩ましげに、ため息がひとつ落ちる。そのため息に、カイル王子は条件反射でびくりとした。


「此度の件、そなたの管理不行き届きだ」


「いや、オレ悪くないよね?!」


 真っ白な髪の毛のまま、国王陛下の前にひざまずいていたカイル王子は即座に言い返す。礼儀がなっとらんなと、隣に控える騎士団長が目を光らせていたのが気にかかるが、今は弁明しなければなるまい。これ以上、わけのわからない理由で罰が増えるのはごめんである。


 どう考えても勝手に部屋に入り込んだ年少組が悪いのだが、この場に張本人たちはいない。あまりにも二人が全身埃と煤でまみれているため、そのままお風呂に直行になったのである。この時点で、結論はすでに出たようなものである。弟妹の失態は兄の責任である。


「きちんと年下であるメープルやジュムラー(小)の行動にも、目を配ることが年長者の役割だ」


「え、あいつら実際のところオレより年上だよね?! マジで理不尽!!!!」


「まあ気にしても仕方のないことだよ、カイル君」


「元凶のくせに、何くつろいでんだよ!!! あと気安くカイル君って呼ぶんじゃねえ!!!!」


 血の涙を流すカイル王子に、テキトーな慰めの言葉をかけるアストルフォ。どこから借りてきたのかカイル王子の私服を着ているのがいまいましい。そもそも短くもないはずなのに、なぜにアストルフォが着ると自分の服は寸足らずになっているのだろうか。そしてそれにもかかわらず、いかにも様になっているのは一体なぜなのか。


 そんなアストルフォを見つめる国王陛下の視線も、それなりに柔らかなような気がして、カイル王子は歯をくいしばる。もともとカイル王子も美形ではあるのだが、なぜかこういう損な役回りなのである。大変気の毒な王子様だが、今までの人生で楽をしてきたツケが回ってきている感も否めない。


「そこの者もどこぞの王子だと名乗っているではないか。鏡が治るまでの間、そなたが面倒を見ておくがいい」


「ぐええええ、マジかよ……」


「はっはっは、我が友よ。同じ王子同士、よろしく頼む。さあそれでは早速湯屋に行こうではないか。ボクとしてはぜひとも混浴で……」


「お前はもうちょっと申し訳なさそうな顔と行動をしろよ!!! このアフォが!!!」


 ひそひそとなぜかカイル王子が蔑まれる中、アストルフォは能天気にカイル王子にこんなお願いをしてみせるのだ。そしてちょっとブチ切れ気味に呼びかけた名前で、アストルフォがにっこりと笑い返してくれた意味など、カイル王子にはわからないのである。


「初対面で、アフォ呼びだなんて。親愛の証とは照れるではないか」


「どういうおめでたい構造の頭してんだよ!!!」


 さてそれから数日。宮廷魔導士による鏡の修復は一向に進展しないものの、不思議なほど自然にアストルフォは王宮に馴染んだ。いつもふらふらへらへら過ごしているにもかかわらず、つい許してしまう愛嬌がアストルフォにはあるのだ。それだけではない。


 カイル王子がへばる騎士団長特製トレーニングにもついてくるし、騎士団の演習にも顔を出す。決して強くはないが、戦いから逃げるわけではないのだ。食事も出されたものは文句を言わずに食べる。本人曰く、野営や戦争中の保存食と比較すれば、すべての食事は天上の食べ物に値するのだという。トレーニングをサボる上に好き嫌いの多いカイル王子に手を焼いていた騎士団長は、それだけでこの奇妙な客人を見直したらしい。嬉々として剣の指導を行っている。


「あ、カイル君ごめんね。ボクは槍の方が手に馴染むから、つい手が滑って。怪我はないかい?」


「今日から女の子になるのかと思いました……」


 どういう戦い方をすれば、訓練で長剣が手を離れ、股間に刺さりそうになるというのだ。実戦経験のない第二王子には全くもって想像がつかない。カイル王子は、アストルフォがいる間はいくら重かろうがきちんと鎧をつけて練習に当たろうと心に誓った。ちなみにこの練習風景をたまたま見学していた元聖女は腹を抱えて笑っていたようである。


 一方のジュムラー(小)や宮廷の女性たちはアストルフォの不思議な冒険譚を好んで聞きたがる。出てくる魔物や手に汗握る戦いは本当に引き込まれるようで、カイル王子は実はこの男、吟遊詩人なのではあるまいかと疑問に思っているのである。


「人間を喰らうという残虐な巨人カリゴランと戦う事になった時には、ボクは流血沙汰にすることなく巨人を捕縛することに成功したのだ!」


「わあ、すごい! どうやって つかまえたんですか?」


「ふっふっふ、ボクは『聞く者全てを恐怖させる角笛』というものを持っていてだな」


「それズルだろ!!!! だいたい何だよその便利な伝説級の武器の数々は!!!! そんなんじゃ何でもありじゃねーか!!!!」


 思わず冒険譚の途中でツッコミを入れたカイル王子のことを、ジュムラー(小)が不満げに睨みつける。お楽しみを邪魔されて相当に腹に据えかねたのだろう、氷のつぶてで部屋の片隅に季節外れの雪だるまを完成させた。


「この間は銀梅花ミルテに変えられた話にケチをつけるし、不死者オッリロを倒した戦いでも文句を言うし」


 冷たく言い捨てるのは、元聖女である。国王陛下直属の侍女であるはずの彼女は、果たして本当に仕事をしているのであろうか。疑問に思いたくなる程度に、彼女はアストルフォの話を毎回聞きにきている。


「だってどう考えても女豹ポーズのBBAとか誰得なんだよ!!!! 『アストルフォでも一発で分かる! 不死身のオッリロを不死じゃなくする方法→114ページ』とかもおかしいだろ!!!! そんなものを授ける魔女の気が知れないね!!!」


「ちょっと しずかにしてください」


「つ、冷たいっ。凍死する……」


 雪に埋もれたカイル王子を見ながら、今度はアストルフォは雪山で出会った怪物の話を始めるのである。そうやって周囲の人間がアストルフォを受け入れてくれることが嬉しいと同時に、カイル王子は胸の内が重くなるのを感じていた。


 よくわからないままこちらの世界に迷い込んできた人間が、この世界の人々に受け入れられることを喜びこそすれ、嫉妬することなどあってはならないことだと頭では理解している。けれど、騎士団長と楽しそうに剣の打ち合いをし、城勤めの女性陣を口説き、ジュムラー(小)にまとわりつかれる姿を見ていると、この王宮に自分がいる必要性はないような気がしてしまうのである。あげく娼館の馴染みの妓女さえ、アストルフォにぞっこんではないか。


「もうお前がこの国の王子で良くないか」


 城を抜け出して、街をぶらついていたカイル王子は気だるげに広場の噴水に腰掛けた。暑いくらいの日差しのせいで、降りかかる水しぶきが心地いい。ぐったりとした顔でカイル王子は、思わずアストルフォにここ最近思っていたことを投げかけてしまった。


「ジュムラー(小)だってメープルだって、お前に懐いている。騎士団長だって国王陛下だって、お前のことを気にかけているだろう。お前の方がオレなんかより、ずっとこの国でうまくやっていけるような気がするよ。代わりに第二王子にならないか」


 冗談に見せかけようとして結局は本音がダダ漏れのカイル王子の言葉に、アストルフォは意外な答えを返した。さらりと美しい髪が風になびく。


「いくらこのボクが美しいからといっても、それはできない相談だな」


 今までへらへらしていたアストルフォが、不意に真剣な顔をした。アストルフォなら笑って流してくれるに違いないと思い込んでいたせいで、カイル王子は思わず目をしばたかせる。この国は彼を歓迎しているし、彼だってそれなりに楽しそうに過ごしているようだった。まさか即答で断られるとは思ってもみなかったのだ。


「ボクは、イングランド王子であり、誇り高きフランク騎士だ。ボクにはボクのなすべきことがある。君には君のなすべきことがあるように」


 初めて見るアストルフォの騎士らしい姿に、カイル王子は何も言えない。思った以上に正論で返されて、カイル王子は弱音を吐いた自分が急に恥ずかしくなる。


「それにね、カイル君。君は思った以上に周囲の人たちから愛されているよ。ボクがこの国にしばらく滞在してみて思ったのは、君の客人だからこそ、こうやって楽しく過ごせたに違いないということだ」


 にっこりと微笑みながら、アストルフォは語る。まるでいつもとは違うその真面目な言葉をカイル王子はゆっくりと噛みしめた。


「君たち以外の誰かに呼ばれていたならば、きっと国王陛下はボクのことを自由に過ごさせてはくれなかっただろうね。軟禁されなかったというのは、それだけ君に信用があるからだよ」


 気がつけば、ゆらゆらと噴水の水面が小刻みに震え始めていた。強い風が吹いているわけでもないのに、まるで水面は誰かを探し誘うように、繰り返し寄せては返すのだ。


『おい、アフォ!!!! まったくどこに行きやがった。鎖帷子チェインメイルがあるから、さすがにアフォでも全裸で遠くには行ってねえはずなんだが……』


「ロジェロ君が探している。そろそろ帰る時間らしい。また会おう、友よ!」


 そのまま勢いよく噴水の中に飛び込めば、霧のようにアストルフォの身体は揺らぎ消えていく。晴れやかな笑顔でのあいさつに、カイル王子は苦笑いした。何の疑問も抱かずに、呼ばれた場所へ飛び込む素直さが羨ましい。あちらとこちら、時の流れはきっと大きく異なるだろう。もしも次に会えたなら、彼は一体何をしているのだろうか。第二王子は少しだけ残る寂しさに内心驚きながら、アストルフォを見送った。


 残された文献によれば、臣籍に下ったカイル王子には生涯大切にしたものがあると言われている。それは古ぼけた小さな鏡であったそうだ。すっかり曇ってしまっただけでなく、表面に大きくひびの入った鏡は、決して使い物になるようなものではなかったらしい。それでもカイル王子はそれを友のように大切に扱い、時折眺めては、懐かしそうに微笑んでいたと言われている。その鏡は、今はもう何処にあるのか誰にもわからない。


 そして時は巡る。


「ねえ、姉さん、本当にこんなところに秘密の部屋があるの?」


「もちろんよ、騎士団に入ったあの二人が言うんだもの。間違いないわ」


 こそこそと城の廊下を小さな影が三つ走り抜けていく。いつの間にか現れた小部屋は、まるで三人を歓迎するかのようにかちゃりと扉が開いた。


「おいやめろよ。見つかったらタダじゃ済まないぞ!!!!」


 一人制止する少年の声は、あっさりと黙殺される。ちょうどあの時と同じように。


「ちょっと静かにしなさいよ、鳥頭」


「あ、この鏡綺麗だね」


 青い髪をした少年が、不思議な鏡を指差した。表面が曇ってはいるものの、なぜか見るものを惹きつける古びた鏡。


「馬鹿、不用意に触るんじゃねえ!!!!」


「あれ、この鏡の縁取り、何だか変わってるね?」


「鏡文字みたい? なになに? 鏡よ鏡、鏡さん」


「やめろ〜!!!! 言葉に魔力をのせるんじゃねええええ!!!!」


「うっさいわね、鳥頭!」


「ぐえええええ」


 ふわりと鏡の縁取りが光り始める。再会の時はきっとすぐそこ。

ご高覧いただき、ありがとうございます。

番外編「カイル王子と魔法の鏡」に登場する騎士アストルフォは、LED様の『つっこめ! ルネサンス』(http://ncode.syosetu.com/n4522ds/)よりお借りしております。よろしければこちらもぜひ!

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