七
「神楽の巫女の仕事とは時代劇のように刀でバッサバッサと斬ることではない。そうすることが全くないわけではないが、これは象徴であり、あくまで邪悪なものが出た時のための保険だ。装飾も霊力をより高めるためだけのものだ。なくとも仕事はできる」
慈乃の手が刀に触れる。もしかしたら、それが彼女の癖なのかもしれなかった。
「歌って踊れればいいのさ」
「アイドルみたいですね」
鎮は笑うものの、言葉通りではないとわかっている。テレビのアイドルのように可愛らしく歌って踊る彩乃は想像できても慈乃は無理だ。
「実際そうだ。神様のためのアイドルさ。だから、神楽機関という。歌と踊りの練習を日々するんだ。もちろん、刀の使い方、戦い方というのもある。人間相手の護身術なども含まれる。あと一般教養、普通に勉強もする。普段は神楽学園の生徒だ」
大変そうだな、と鎮は思う。鎮は部活などはしていないが、勉強も楽ではない。
「巫女だからと言って、その世界は綺麗ではない。芸能界みたいなものだな。吐き気がするほど腐臭が漂う」
神に仕えるのだから華やかというのも語弊があると鎮は思うわけだが、それにしても奇妙な世界だ。アイドル養成学校とでも考えればいいのか。慈乃が冗談を言っているのかもわからなかった。
「それを象徴するような例がある」
アイドルの方かと鎮は思ったが、違うらしかった。慈乃の表情は心なしか暗く見えた。
「かつて、ヴィーガンの女がいてな」
「ヴィーガン?」
聞き慣れない言葉に鎮は眉根を寄せて聞き返した。
「完全菜食主義者。一切の動物性食品を口にしない。ベジタリアンよりももっと極端だ」
都会にはよくわからない人が多い。鎮はそう思ってしまった。
「そもそも、巫女さんはお肉食べますか? もし、ダメなものがあるなら、母に……」
「お前は巫女を神聖視しすぎだ。いっそ、ただの化け物だと思ってくれた方がましだ」
ぴしゃりと言われて鎮は首を傾げる。特別、巫女好きというわけではない。だが、化け物扱いもできないのだと気付く。こうして話している彼女はやはり同じ人間にしか見えないのだから。
「我々は宗教じゃない。ましてやセックスカルトじゃないんだ」
鎮もそこまで極端なことを思っていたわけではないのだが、慈乃は続ける。
「食べないどころか、動物的な物も着用しない。だから、しまいには帯刀ベルトその他の革の使用をやめろと喚き散らしたイカレ女だった」
じっと観察すれば、慈乃が刀を下げているベルトはかなり立派な物のようだ。バッサバッサと時代劇のように斬るわけでなくとも彼女にとって命を預けるような大事なものに違いない。
「けれど、巫女達からベルトや靴などを奪い取って火にくべようとして拘束された次の日には行方がわからなくなった。忽然と姿を消して、でも、誰も何も言わなかった。どうなったかわかってるからだ。機関によって不利益と見なされ、処分されたと」
鎮は絶句した。殺されたと解釈すればいいのか。
「今思えばあれは引退間近、賞味期限ギリギリの巫女だった。何かあって、気が触れたのかもしれない。任務かもしれないし、巫女製造工場行きを憂えたのかもしれない。ヴィーガンになったのも突然のことだった。まあ、今となっては闇に葬られたこと、なかったことだ」
慈乃の声は淡々としているが、表情は険しい。彼女自身もまたそうなる可能性を感じているのかもしれない。彼女達は決して普通ではないのだから。
「今でこそ国家機関だが、神楽機関の歴史は血塗られたものだ。そういった隠しておきたい過去も山ほどあるものさ」
暗部のない組織などないのかもしれないが、真っ黒だと鎮のイメージがまた塗り替えられていく。
「機関には一つ重要なことがある。神託だ」
「神様のお告げ、ですか」
鎮が口にすれば、そうだ、と慈乃が頷く。
「任務を決める司令部には神託を受ける専門の巫女がいる。尤も、私のような巫女でも時々お告げというものを感じることがある」
何とも不思議な話だった。鎮自身は神というものの存在をあまり信じていない。
大蛇村の大蛇はこの地を守る神だと言われた。しかしながら、大きな化け物にしか見えないというものである。あれが本当に神なのか、疑わしくさえある。神とは目には見えないものだと守るは考えていた。
「それが直感なのか、実際に機関に神がいるのか、私は信じていない部分もあるが」
神託によって動く巫女でさえそう言うのだから、何を信じればいいのかわからないものだ。
「結局のところ、神や巫女などわかりやすく言っているだけに過ぎないと私は思うわけだ。……いや、話を戻そう。神託の話だ」
鎮は慈乃の考えを聞いていたい気もしたが、彼女は話したくなさそうだった。
「たとえば、お前の名前を霊能者の婆さんが決めたように、ご託宣がくだれば様々なことが決定される」
鎮としてはその例えはあまりありがたくなかった。そもそも、名付けられた名前をありがたく思えずにいるのだ。神どころか霊魂の存在もあまり信じない鎮は霊能者というのも胡散臭く思っていた。十六年前突然現れた老女が数々の助言をしていったという噂だが、その一つが自分の名前であるということを認めたくはなかった。
「そして、厄介なことにその神託は絶対だ。外から巫女を連れてくると言ったが、それも神の思し召しによるものだ。時に騙し、時に浚う。そんな汚い任務を受けたこともある。機関だけで巫女を作ってるとどうにも血が濃くなりすぎるからな。素質のある者は破格の待遇をちらつかせて引き込むんだ」
それもまた神楽機関の暗部といったところか。人攫いまでするとは呆れた国家機関である。だが、そんなものに頼らなければならないのが現状なのだ。神楽機関がなければ、巫女がいなければ、今頃日本中は神の怒りで滅びていたかもしれない。あの大蛇のような化け物だらけになったかと想像してみればぞっとする。極めて和風なファンタジーだ。妖怪まで出てきそうだと考えて鎮は笑いたくもなった。
「任務も神託によって決まる。誰も逆らえない。それが本当に神からのお告げであると信じて」
証明することができないからだろうか。巫女全てに聞こえるものではないのか。
「行き先、派遣される巫女は神託によって決定され、きちんと巫女の能力に見合ったものが与えられる。だから今回のようなことは珍しいんだがな……まあ、神様とて万能でないというか、村人達の不信心が度を超えていたか」
村人達の空気、あれは嫌なものだったと振り返れば、鎮の体はぶるりと震える。
「あるいは、これが神の選択だったか……いや、何も言わないでくれ。説教は聞きたくない」
慈乃は鎮を見ないまま制する。独り言だとでも言うように。
「言いません。言えません。機関のことは僕達が口出すことじゃない。そうでしょう?」
「えらくものわかりがいいな」
「そういうのを求めているんでしょう、あなたは」
そろそろ鎮にも棘が出てきていた。ただ、彼女が傲慢であることに苛立っているわけでもない。
「まあ、そう見えるんだろうな。煩わしいことが嫌いなだけなんだ」
本当はどうでもいいのかもしれない。それからも慈乃の話は淡々と続いた。




