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あの後、幾つかの事件の再調査を片付けてからそれぞれの報告書を作成し、提出した。
酒場で起きた傷害事件。
客同士の口論から魔法を使った喧嘩に発展し、店内の一部を破壊したとして、一人の男が逮捕された。
現場となった酒場は既に改装されていたが、唯一当時のまま残されていた石壁から微かな魔力を検出した。
当時捕まった男本人を訪ねて魔力を採取し、照合。
一致。
新たに判明したことはない。
次。
荷運び用の魔道具が暴走し、積荷を載せた荷車が大通りへ飛び出した事故。
幸い通行人が避けたため死者は出なかったものの、数人が軽傷を負い、周囲の店にも被害が出た。
原因は魔道具の整備不良。
当時そう結論付けられ、管理を担当していた商会に罰金が科されている。
残されていた魔道具から、整備担当者のものと思われる魔力を検出。
本人と照合し、一致。
事故の直前に別の人間が細工した形跡もなし。
これも、変更なし。
その次。
貴族街の外れにある邸宅で起きた、小規模な火災。
厨房から出た火が隣室へ燃え移ったものとされ、使用人の不注意として処理された事件だ。
出火元とされた厨房備え付けの調理用魔道具は、事件後に修理され、今も使われていた。
毎日のように魔力を流される魔道具だ。
新たな魔力が重なるたび、古い魔力の痕跡はその下へと埋もれていく。単純に放置されていた物と比べれば、当然、古い魔力ほど読み取りづらい。
それでも、辛うじて当時のものと思われる魔力を拾うことができた。
火災を起こしたとされる使用人のものと照合する。
一致。
「……あと一、二ヶ月遅かったら、拾えなかったかもな」
結局、これも当時の捜査結果を裏付けただけだった。
新しい情報が出ることはある。
当時は分からなかった術者が判明したり、証言の裏付けが取れたり。
だが、それだけだ。
事件そのものの結末を覆すようなものは、一向に出てこない。
再捜査を重ねれば重ねるほど、分析術式が万能ではないことを痛感する。
「………………」
机の上に積まれた資料を見る。
一件終わらせても、一件減るだけ。
当然だが。
------本当に、やる意味あんのか。この調査。
過去の捜査が正しかったことを確認するためだけに、王都中を歩き回っているようなものだ。
新術式が有用なのは間違いない。
今後起きる事件であれば、これまでとは比較にならないほど強力な証拠になるだろう。
だが、俺がやっているのは過去の事件の再調査だ。
何年も前の現場を訪ね、残っているかも分からない魔力を探し、見つけたところで、既に分かっている事実を再確認するだけ。
「はあ……」
思わず、溜息が漏れる。
そんな日々が続く中、一件だけ。
検出された魔力と、過去の捜査結果が食い違った事件があった。
宝飾店窃盗事件。
六年半前、平民街にある宝飾店へ男が忍び込み、金貨や宝石を盗んだ事件だ。
犯人は逃走中に捕まり、盗品の大半も回収された。
本人も犯行を認めている。
事件としては、何の変哲もない。
だが。
店の裏口に施されていた魔法錠。
その解除に使われた魔力を分析したところ、逃走中に放たれた魔法跡から検出したものとは別の魔力紋が検出された。
当時の資料には、共犯者の記載などない。
当時捕まった男の所在を調べる。
刑期を終えた後も王都に留まっていることが分かり、直接話を聞きに向かった。
最初こそ知らぬ存ぜぬを通していたが、魔法錠から男とは別の魔力が検出されたことを伝えると、目に見えて動揺した。
あとは早かった。
男が吐いた名前を辿り、これまで存在すら明らかになっていなかった共犯者を発見。
本人から採取した魔力と照合した結果、完全に一致した。
魔法錠の解除を手伝い、盗品の一部を受け取っていたことも認めた。
六年半前には見つけられなかった、もう一人の犯人。
再調査によって、事件の結論が初めて変わった。
それが、昨日。
「…………ちゃんと役に立つこともあるんだな」
少しだけ、やる気を取り戻した。
そして今日。
------今日は、何か出るかな。
歩きながら、手元の資料へ目を落とす。
商家盗難未遂事件。
六年前。
貴族を主な顧客とする商家へ、夜間、何者かが侵入した。
倉庫へ続く扉の魔法錠は解除されていたものの、巡回していた使用人に発見され、犯人は逃走。
幸い盗まれた商品はなく、負傷者もいない。
犯人はその後も見つからず。
被害らしい被害も出なかったため、程なく捜査は打ち切られている。
「盗みに入ったのに、何も盗らずに逃げた、ねえ」
単純に、見つかったからだろう。
資料を閉じる。
------まあ、昨日みたいなこともある。
期待しすぎるだけ無駄だ。
そう思いながら、目的の商家へ向かった。
*
「いやあ、国務調査官殿! お待ちしておりました!」
通された店の奥から現れた男は、腹の底まで響くような声でそう言った。
でかい。
声も、腹も。
そして笑顔も。
「六年前の件でしたな! いやはや、随分昔のことを調べ直しておられるとか。国に仕える方というのは大変ですなあ!」
「まあ、仕事だからな」
「そうでしょうとも! お仕事は大事です! 私どもも日々、お客様のために働いておりますからな!」
「……そうか」
「ええ! ええ!」
------よく喋るな。
案内されるまま、事件当時に侵入されたという倉庫へ向かう。
問題の魔法錠は既に交換されていた。
当然だ。事件から六年も経っている。
だが、当時使われていた錠そのものは保管されていた。
「こちらですな」
「ああ」
手に取り、魔力を流す。
微かに残っている魔力を拾い上げ、分析する。
「…………一人」
資料通り。
解錠に使われた魔力は、一人分。
当然、登録情報との一致はない。
「駄目か」
「何か分かりましたかな?」
「いや。今のところは何も」
一応、現場も見ておくか。
倉庫の中へ入る。
棚には箱や商品が隙間なく並び、使用人たちが忙しなく出入りしていた。
その一角。
奥の壁際に、他とは明らかに扱いの違う品々がまとめられている。
箱に入ったままの装飾品や、古い意匠の置物。瓶や布、絵画。
埃を被ったものまである。
「あれは?」
指差すと、主人がそちらを見る。
「ああ。まあ、言ってしまえば過剰在庫ですな」
「過剰在庫」
「ええ。こういう商売をしていれば、まあ、あるのですよ。思いのほか売れなかった品というものが」
近づいて、一つを手に取る。
「モノは良いですからな、廃棄するのは忍びない。まあ、流行が巡って、また売れることもありますからな。はっはっは!」
「ふうん」
商売のことはよく分からないが、どうやら、この商家の主人は随分と物持ちがいいらしい。
「事件当時の商品なんかも、残ってたりするのか?」
「事件当時ですか?」
主人が腕を組む。
「うぅむ。六年前ともなると、さすがになかなか……。顧客名簿なら残っておりますが」
「顧客名簿?」
「ええ。どなたが、いつ、何を買ったかの名簿ですな。お客様なくして商売は成り立ちませんから。仕入れの参考にもしております」
「すごいな。六年も前のものも残ってるのか」
「短くとも、十年分は保管しております。お客様なくして、商売は成り立ちませんからな!」
胸を張る。
「それならば、すぐにお出しできますよ」
「頼む」
「承知しました。おい!」
突然、倉庫中に響く声を上げた。
近くにいた使用人が肩を跳ねさせる。
「六年前の顧客名簿だ! それから、当時の商品が何か残っていないか調べろ!」
「かしこまりました!」
「聞こえたか!? 六年前だぞ!」
「聞こえております!」
------大変そうだな。
「では国務調査官殿。用意ができるまで、あちらで茶でも飲みましょう」
「ああ」
「時に国務調査官殿は、何かご入用のものなどは? 近頃入ったお品に、非常に出来の良い懐中時計がございまして。お仕事柄、時間を確認されることも多いでしょう。もしくは------」
「はは」
思わず声が漏れた。
商魂逞しいな。嫌いじゃない。
怒涛のような営業を受けながら、促されるまま、倉庫を後にした。
*
応接室へ移ると、ほどなくして分厚い名簿が運ばれてきた。
六年前。
事件の起きた月を中心に、前後数ヶ月。
頁を捲っていく。
貴族相手の商売が多いというだけあって、知っている家名がいくつも並んでいる。
「…………」
一つずつ目を通していると、ある名前で指が止まった。
オルストン=ゼレンディア。
「……ゼレンディア」
思わず、声に出る。
「ああ、オルストン様ですな」
向かいに座っていた主人が、すぐに反応した。
「知ってるのか?」
「もちろんですとも。よくお買い上げいただいておりましたよ」
それまで大きな声で話していた男が、ふと目を伏せた。
「…………テネルシア様が、あのようなことになられてからは、すっかりお顔を見なくなりましたが」
「…………」
「私も何度か、お会いしたことがありましてな」
主人の声が落ちる。
「とても、言われているようなご令嬢には見えなかったのですが」
「…………そうか」
それ以上は、何も言わなかった。
何を返せばいいのかも分からない。
テネルシア=ゼレンディア。
聖女を暗殺しようとして処刑された、侯爵令嬢。
調べようと思えば、いくらでも記録は出てくる。
配属初日、書類の一番上に積まれていた分厚い捜査資料を思い返す。
------妙な縁があるな。
だが。
今の俺が調べているのは、この商家で起きた盗難未遂事件だ。
名簿へ視線を戻す。怪しい商品の動きは特に見当たらない。
やがて、先ほどの使用人がいくつかの品を抱えて戻ってきた。
「旦那様。当時の商品で確認できたものはこちらです」
「おお、ご苦労!」
一つずつ、卓上に並べられる。
古い装飾品。
小箱。
香油。
小さな硝子瓶。
「これだけか?」
「はい。六年前に仕入れた品で、現在も残っているものは」
「十分だ。悪いな」
端から順に分析する。
反応なし。
次。
これもない。
その次も。
------まあ、そうだよな。
最後に、硝子瓶へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
「…………」
止まった。
ある。
ごく薄い。
だが、確かに。
魔力。
「……これは?」
「ああ、それは香水ですな」
「…………」
------それは見れば分かる。
馬鹿にされているのかと一瞬思ったが、主人は至って真面目な顔をしている。
「いや。香水には使用期限があるだろう。なんでこれだけ残ってる?」
「ああ、そちらは返品された品ですよ」
「返品?」
「ええ。肌に合わなかったとのことでしてな。たまにあるのですが、同じ品を他にも幾つか販売していた中、返ってきたのはそれだけだったものですから」
主人は名簿を捲りながら続ける。
「何か他のものと違いがあるのか調べようと思い、残しておいたのです。まあ——」
ぱたりと名簿を閉じる。
「今の今まで、すっかり忘れておりましたが! はっはっは!」
「…………なるほど」
もう一度、瓶に触れる。
魔力が残っている。
直接この瓶に魔法を作用させたものなのか。
それとも。
------中身か?
香水そのものへ魔力を流したのであれば、何らかの性質変化を起こしていても不思議ではない。
肌に合わなかった。
他の同一商品では、返品がなかった。
そして、返品された商品からは魔力が出た。
偶然。
そう片付けるには、少し気になる。
「……………」
もう一度魔力紋を読み取り、記録する。
「…………ん?」
特徴的な波長。見覚えがあった。
資料を取り出す。
先日調べた、貧民街薬物実験事件。
薬物の精製所。
作業台にごく薄く残されていた、四人分の魔力紋。
そのうちの一つ。
並べて確認する。
「…………同じだ」
六年以上前。
貧民街で、薬物の精製に関わっていた可能性のある魔術師。
それと同じ人間が、この商家の商品に、魔力を流している。
「国務調査官殿?」
「この香水を買った人間は分かるか?」
「ええと……少々お待ちを」
主人が名簿を引き寄せ、頁を捲る。
「この辺りだったはずですが……」
指を滑らせ、やがて、ピタリと止まる。
「ありました」
「誰だ?」
「レイフォード公爵家ですな」
「…………」
レイフォード。
この国で、王家に次ぐほどの権力を持つ公爵家。
「返品したのも?」
「ええ。間違いありません」
「……分かった」
資料を閉じる。
レイフォードは、代々強い魔力を持つことで有名だ。
それだけ、魔法にも親しい家ということ。
------正体が分からずとも、何かを感じ取ったのか?
「少し、話を聞いてくる」
「そうですか。行ってらっしゃいませ! 今度は是非、お買い物にいらしてください。サービスいたしますよ!」
立ち上がると同時に掛けられた声に手を挙げて応え、商家を後にした。
*
その権威を示すような荘厳な邸の前に、俺はいた。
見上げる。
高い門。
その向こうに広がる庭園。
さらに奥に聳える、巨大な屋敷。
六年前の盗難未遂。
盗まれたものはない。犯人も捕まっていない。
事件としては、それだけだった。
それが。
貧民街の薬物実験事件で見つけた魔力と繋がり。
今度は、この国有数の公爵家へと繋がった。
「…………こんなことになるとはな」
頭を掻きながら、門を叩いた。




