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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける


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第9話 漆黒の番犬

桃花は木陰に身を寄せ、呼吸を殺したまま、じわりじわりと距離を詰めていった。

一歩踏み出すたび、地面の感触がやけに生々しく伝わる。


乾いた葉を踏む音が耳の奥で跳ね返り、必要以上に大きく響いた。


「抜き足、差し足、忍足……」


ゆっくりと刻む声は喉の奥で擦れ、音になりきらない。

距離が縮むほどに、胸の内側がざわめき、考えが散っていく。


「あ、ダメ! これやっぱ怖い!」


反射的に木の幹へしがみついた。

指先に伝わる樹皮の冷たさが、かろうじて現実に繋ぎ止めてくれる。


改めて覗き見た先には、鎮座する「それ」の姿。

黒光りする毛並みは、まるで夜そのものを塗り固めたかのようで光を拒み、闇を孕んでいる。


剥き出しの牙と爪は、何も語らずとも理解させる。

ここは、生きた者が安易に踏み込む場所ではないと。


三つの首は微動だにしない。

ただそこに「在る」だけで空気の流れが歪み、呼吸が重くなる。

圧が、じわじわと周囲を支配していた。


『地獄の番犬』


その名が誇張でも噂でもないと、肌で理解してしまう。


「……普通に通しては、くれないよね」


声が自然と小さくなる。


「戦う? いや待て。中にいる鬼の数も分からない……。無闇に突撃するわけには……」


頭では冷静に考えようとしているのに、心臓だけが言うことを聞かない。

鼓動が早まり、耳鳴りのように響く。


まともにやり合えば大惨事は必至。

だが、このままここでじっとしているわけにもいかない。


どうしたものかと策を巡らせていた。


その時——


バチッ


空気が弾けた。

音ではない。

視線が、ぶつかった。


三つある首の一つが、ピタリと桃花のいる方を向いたのだ。

逃げ場のない場所を正確に射抜かれた感覚。


「し、しまった!……ほ、吠えられるっ!」


背筋を氷水で撫でられたような悪寒が走る。

全身の筋肉が一斉に硬直した。

次に来るのは咆哮か炎か。


そう覚悟した、その直後——


予想していた全てを裏切る動きがあった。

なんと目が合った首が、ゆっくりとこちらに向かって深々と頭を下げたのだ。


「……え?」


思考が一拍遅れる。

見間違いかと思ったが、次の瞬間、残る二つの首までもが同じように頭を垂れた。


「あら? こんにちは〜。初めまして〜アタシ、ケルベロスと申しますわ〜♪」

「ウフ♡ いらっしゃいませぇ〜♪」

「本日は、どのようなご用件ですの〜?」


三つの首が、それぞれ違う声色で流暢に挨拶をしてきた。

耳に届いているはずなのに、意味が脳に届くまで時間がかかる。


「……あれ? 喋った? しかも、敬語!?」


あまりの展開に理解が追いつかず、言葉がそのまま零れ落ちた。


ついさっきまで張り詰めていた空気が、ふっと軽くなる。

肩の力が抜ける感覚。


それが逆に不安を呼び起こした。


(お、鬼商会……。一体どうなってんの!?)


だが自己紹介をしていた通り、あれは間違いなく、本物の「地獄の番犬ケルベロス」だ。

その態度から察するに、どうやら桃花を「客」として扱っているように見える。


(かなり怪しい……)


警戒心は消えない。

それでも、「即座に襲われない」という事実が判断を鈍らせる。


剣を抜くよりも先に頭を下げられてしまった。

ここで身構える方が、かえって不自然だ。


(少しだけ、乗ってみるか……)


「あ、あの〜……実は、少し相談がしたいことがありまして……」


十分警戒はしつつ、慎重に合わせていく桃花。

なぜか自然と腰が引け、相手に合わせる形になってしまう。


「それでしたら、中へご案内いたしますわ〜」

「こちらが入口で〜す」

「足元にお気をつけくださいまっせ〜」


何とも丁寧すぎる接客対応。

違和感が、じわじわと形を持ち始める。


(すっごく怪しい。けど逆に怪しくない気もする……。でも、このまま強行突破するよりかは、安全かもしれないよね)


「ご、ご丁寧にどうも、失礼します……」


半信半疑のまま、桃花がドアノブに手をかけた瞬間——


「……な〜んて言うと思ってたの? おバカなお嬢さんね♡」


すぐ背後から温度のない声。

振り返ると、左の首がじっとこちらを見据え、牙を覗かせて嗤っていた。

さっきまでの愛想が嘘だったかのように……。


「——っ!」


声にならない息が漏れる。


次の瞬間、三つの首が同時に大きく口を開いた。

黒炎が空気を引き裂いて迫る。


「ヤバッ!」


考えるより先に身体が動いた。

後方へ大きく飛び退き、地面を転がる。


間一髪。


もし反射で飛び退いていなければ、今頃は灰になっていただろう。


「で、ですよねっ!? そんな都合よく入れてくれるわけないよね!」


桃花は自分に言い聞かせるように叫ぶ。

さっきまでの穏やかな空気は、跡形もなく消えていた。


「あら〜? 上手く避けるじゃな〜い♪」


柔らかさは消え、残ったのは粘つくような圧。


「表向きはご案内、だ・け・ど♪ 本当の役目は『門番』なのよん♡」

「ここを通る客の価値を測るのが、アタシたちのお仕事〜♪」

「で、アンタは……どう見ても『お客様』ではないわよねぇ?」


三つの声が重なり合い、不協和音のように響く。

そこにあったのは接客スマイルではない。


——獲物を見定め、狩り取る者の眼。


「くっ! 結局こうなるのかっ!」


桃花は即座に距離を取り、構える。

逃げ場を探す視線を追うように、ケルベロスの三つの首が同時にニヤリと歪んだ。


「ウフフ♡ 逃げ腰のお嬢さん♪ 試しに『地獄の接客体験コース』……受けてみる?」

「いえ! 遠慮しときます! お気遣いなく!」


冗談めかした叫びとは裏腹に、胸の奥では警鐘が鳴り止まない。


——鬼の営業所前にて。


最悪の「地獄サービス」開幕。

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