第104話 キックスタート
秀吉の話の最中、フィオンの怯えた様子を察した佐助は、ここでフォローという名の「絶望」を、ただの業務と言わんばかりな口調で、軽く言い放つ。
「フィオンさん、大丈夫です。後で、あのスケベザルの股間に付いている『アレ』を拙者が切り落とし、この一夜で見事な『ニューハーフ』へと大改造をして差し上げます。以前のような怖い思いをすることは、金・輪・際・ありませんので、ご安心ください」
佐助の口から出た「解決策」は、寄り添うというには、あまりにも物騒で力技すぎる内容だった。
それを聞いてしまったフィオンはというと……。
「ひぃぃぃ! いやっ! いやいや嫌っ! 私に差し上げられても困りますっ! それは流石に秀吉さんが可哀想ですって……。私はもう大丈夫ですからっ!」
彼女は全力で首を振り、顔を青くしながら全力で制止する。
流石にそこまでの「大手術」は求めていない。
そんな物騒で暴走気味な佐助を、信繁が落ち着いた声で宥めていく。
「佐助よ。秀吉さんはもういい歳したおっさんだぜ。今更『ニューハーフ』は流石に無理があるだろう。それはそれで見苦しいからやめとけ。だから、せめて切り落とすのは『アレ』じゃなくて、秀吉さんが最近、イケおじを目指して無駄に伸ばし始めた、あの長くて鬱陶しい髪の毛だけにしときな」
そのように言われた佐助は、少々残念そうな表情で引き下がる。
「……むっ、ノブがそう言うなら……仕方がない。ならば間を取って、あの頭に生えている無駄に長い雑草を全て刈り取り、ただのツルッパゲのアホザルにしておくとしよう」
散々な言われようの秀吉。
佐助の言葉に桃花は「それって、間を取っているのだろうか……?」
そう心の中で、そうツッコまずにはいられなかった。
どう転んでも、不憫(?)な村長の未来が確定したところで、桃花が強引に話題を戻す。
「そ、その……秀吉さんから貰ったっていう十文字槍だけど。いくらなんでも、ただの物干し竿として使うのは……」
「……ん? おっと、槍の話だったな! だが、いい感じだろ? あの『佐々木小次郎』が持ってる長い刀も『物干し竿』って呼ばれてるじゃん? それを思い出して、実際に使ってみたら意外に良くてな! ただの観賞用として宿の入口に飾ってただけだったからな、ちょうど良かったんだよ。刃がついたままで危ないのはあるが」
「刃がついたままだと危ないよね。 誰か怪我しちゃうかも?」
「実はな? 今まで使ってた物干し竿が一本、ついさっきバキって折れて壊れちまったんだよ。長年ずっと使ってたから劣化してたみたいでね。だから、新しいやつを買ってくるまでの緊急用ってことだな。予備もなかったし」
「そういうことだったんだね。それにしたって、物は使いようとは言うけれど……」
「新しい物干し竿を、今は『根津』っちが買いに行ってるから、それまでの辛抱だな」
「根津っち?」
「ああ。『根津甚八』っつう、うちの従業員でバカ真面目で働き者な男だよ。他にも色々と買い足す物を頼んでるから、戻ってくるまでは、もうちっと時間が掛かるだろうがね」
洗濯物を風になびかせる真っ赤な槍を眺めながら、信繁は愉快そうに笑う。
その話が一段落ついたところで、判定人を務める佐助が、鋭い目つきで口を開く。
「……では、色んな話で場が盛り上がったということで……。そろそろ始めましょう」
佐助の言葉を合図に、その場が少しずつ引き締まっていく。
広い裏庭へ吹き抜ける風が、先程までの賑やかな空気を静かにさらっていった。
「それでは両者、こちらの位置に付いてください」
佐助の声に合わせ、桃花と信繁は指定された位置へ立つ。
互いに向かい合った瞬間、ピリッとした緊張感が走る。
信繁の体から立ち上る、隠しきれない武人の威圧感。
それを受け止める桃花の表情も、いつになく真剣なものへと変わっていた。
「……一本勝負です。判定は攻撃が体に当たった時点で一本とします。部位の指定はしません。ただし、攻撃を防御したり受け流したりする動きは無効です。時間は六十秒。時間内に決まらなかった場合はそこで終了とし、引き分けとします。よろしいですか?」
佐助が淡々とルールを告げる。
それは、一瞬の油断も許されない非情な条件だった。
それを聞いた二人は、ほぼ同時に頷く。
「おう! それで構わねぇよ!」
「は、はい! 私も大丈夫です!」
両者の同意を得たことで、いよいよ手合わせが始まる。
信繁は、口元に笑みを浮かべながら軽く構えた。
「本気でかかって来な! あれからの六年。その成果を出してみな!」
「言われなくても!」
桃花もまた、真っ直ぐ信繁を見据えながら応える。
その瞳には緊張だけではなく、勝つという強い意志が宿っていた。
観客席で見守るケルベロスやフィオン、そして六郎もまた、自然と表情を引き締めている。
誰も口を開かない。
場の空気が、一瞬で戦いのものへと切り替わっていた。
そして——
「……それでは……始めっ!!」
佐助の鋭い声が、裏庭へと響き渡った。
その瞬間、世界から雑音が消え、二人の視線が激しくぶつかり合う。




