第1話 人生の始まりは、川の流れのように
「……ん? おい! おばあさんや! アレ見てみっせ!」
「なんですかおじいさん。うるさいんですけど?」
「空にイカそうめんが浮いてるぞい! なんか美味そうじゃね? とりあえず、アイツ撃ち落として食ってみようぜ!」
「……おじいさん。アレはイカそうめんじゃなくて、妖怪の『一反木綿』ですよ。食べ物じゃありませんってば。でも珍しいですねぇ、こんな日中に見かけるなんて……。しかもこっち見てるし、なんかヒラヒラと鬱陶しいから、ロケットランチャーで撃ち落として、おじいさんの褌にしちゃいましょう〜☆」
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この世界では、数多の昔話も、神話も、歴史も——
本来なら交わることがないはずの物語たちが、すべてが同じ時間の上を流れている。
英雄が生まれ、伝説が語られ、神が在り続ける世界。
そしてその片隅で——
まだ名もない「何か」が拾われる。
山の麓にある、ひっそりとした村。
川にほど近い場所に建つ一軒の家。
——いや、家というにはあまりに大きい。
だが、平家と呼ぶには無理があり、屋敷と呼んでもまだ足りない。
どちらかといえば、小さな城と言った方がしっくりとくる規模であった。
そこに住んでいるのは、明らかに只者ではない老夫婦。
年齢はすでに百五十を優に超えているが、背筋はしっかりと伸び、声にはまだまだ張りがある。
晴れ渡った日の午後。
川のせせらぎが心地よく耳に届く時間帯。
そして、穏やかな川辺の光景——
おじいさんとおばあさんは、二人で仲良くのんびり散歩……などではなく、家の目の前にあるその川辺で、元気いっぱいにBBQパーティーを開催し、大いに盛り上がっていた。
肉を焼き、魚が弾け、そこでビールをぐいっと流し込む。
焼けた煙が空に昇る光景は、キャンプ場というより、もはや戦場のようだ。
肉!
魚!
酒!
遊び!
勝負!
それが健康の秘訣であり、年齢150を超えた今もなお、衰えず元気な理由でもある。
もし目の前に熊でも出ようものなら、即その場で仕留めて熊鍋にしてしまう勢いだ。
「……おい、おばあさんや。その食べらんねぇ『一反木綿』はもういいからよ。そっちの肉、もう焼けてるぞい。焦げっちまうから、ロケラン片付けて早う網から取っとくれや!」
煙の向こうから、おじいさんの声が飛ぶ。
「はいは〜い。ちょっと待ってね〜♪ 暴れないように、この『一反木綿』を綺麗に縛り上げて畳んでますから〜☆」
そう言いながらも、おばあさんは網に手を伸ばしたのだが——
ふと、その動きを止めた。
「……って、あらあら〜?」
「ん? おばあさんどうした? 今度は何事じゃい?」
その場の空気が、ほんのわずかに変わる。
「……ねえ、おじいさん。あそこ見てくださいな。川の上流から、何か流れてきてません?」
そう言って、おばあさんがその方向を指差す。
見ると、川の上流から何かが、ゆらゆらと流れてきている。
最初は流木かと思った。
だが、それにしては妙に形が整っているように見える。
「あ? 本当じゃね……あれは、小船かいな?」
二人が目を凝らすと、それは確かに小さな船だった。
しかも、とても立派な造りをした綺麗な小船だ。
そして——
その中には、なんと赤ん坊が乗っている。
「って、おいおい。小船に赤ん坊が乗ってるじゃねぇか」
「それに、その赤ん坊の隣には、桃が添えてありますね」
「ああ、確かに……桃が見えるな」
「なぜでしょうねぇ?」
一瞬、川辺の喧騒が遠のく。
肉の焼ける音も、笑い声も、風に溶ける。
「おばあさんや。とりあえず引き上げるぞい!」
「そうですね。やりましょう!」
そう言った瞬間。
秒で拾い上げようとしたのだが、小船はまるで狙ったかのように、二人の前へと流れ着いた。
その中には、生まれて間もない女の子の赤ん坊が、すやすやと眠っていた。
小さな拳をぎゅっと握っており、呼吸はとても穏やかだ。
そして、その隣に。
——桃が一つ。
とても艶やかで、異様なほど瑞々しい。
そして、どこか神々しくも見える。
そんな桃が、まるで意味あり気に、横へ添えられていた。
「……桃、ですか」
「うむ。確かに、桃じゃな」
二人の間に、奇妙な沈黙が落ちる。
懐かしさと違和感、そしてこの「既視感」。
「……これってよ」
ここで、おじいさんがぽつり——
「この前よ。近所のじいさんとばあさんが、バカみてえにでっけぇ桃を、この川で拾ったことがあったじゃろ?」
「ええ、ありましたね。あれは規格外に大きい桃でしたよね〜♪」
「その桃をよ。わしが真っ二つにぶった斬った時、桃の中から男の子の赤ん坊が出てきたじゃん? なんかこれって、そん時の状況にちょびっとだけ似てね?」
「あー『桃太郎』のことですね〜☆ あれから元気モリモリに育ってるみたいですよ♪」
「そうそう『桃太郎』! あやつ元気にモリモリに育っとるんか!……って、いや、じゃなくて今のこの状況よ」
「う〜ん。状況は似てるかもしれませんが……でも、よく見てくださいな。この子、女の子ですよ?」
「ん? あんれま、本当だ……それにしても、なぜ一緒に桃が?」
「さぁ? なぜでしょうね〜」
おじいさんとおばあさんは赤ん坊を覗き込み、柔らかく微笑む。
確かに状況は似ている。
だが、同じではない。
そのズレこそが、まだ誰も気づかぬ歪みだった。
その時——
「おいーっすぅ!」
場違いな声が、空気をぶち破る。
「酒と肉の匂いに釣られて、参上仕っちゃったよ〜ん! な〜んつって〜! てへへぇ〜!」
突然、茂みをガサっとかき分けて現れたのは、二人の友人である花咲か爺さん。
その手には、「大魔王」とラベルに書かれた酒瓶を持っている。
既に、出来上がっている状態だ。
完全に宴会モード全開。
「あ? なんじゃ花ジジイか。何しに来た。帰れ。邪魔じゃ」
「私たちはね、忙しいんです。だから、そのまま回れ右してお帰りなさいな。はい、さようなら〜」
全く二人に歓迎されていない花咲か爺さん。
だが、酔っ払いにそれは届かない。
「おぉ? 何だこりゃ! 赤ん坊じゃあないかい!」
勝手に盛り上がり始める。
「もしかして二人の子供か〜? はは〜ん。頑張りおってからに! 若いね〜!」
「そんなわけあるかアホジジイ! 目玉腐ってんのか!」
「そうですよ! 何アホ言ってるんですか! 腐った目玉抉りますよ!」
急に出てきた花咲か爺さんに、辛辣な言葉を浴びせる二人。
だが、それは日常のことらしく、言われた当の本人は気にしている様子はない。
いつもの光景。
いつものやり取り。
だが、その“いつも”の中で——
赤ん坊だけが違っていた。
「ほほーう! めでたいのう! なんかめでたい気がするから、とりあえず花でも咲かせとくかの〜!ほれー! あっそ〜れ〜!それそれ〜い!」
そう言うや否や、酔った勢いで、持っていた灰を辺り一面にバラ撒き散らした。
次の瞬間、世界が花に覆われた。
近くにあった木々、草、石ころ、果てはバーベキューの鉄板や食材にまで、ド派手な花々が咲き乱れる。
ステーキに花。
魚に花。
ビールのジョッキに花。
更には、おじいさんとおばあさんの頭上にまで花が咲く。
「何やってんだアホジジイ! やめれ! 川に流すぞコラァ!」
「なんでもかんでも花咲かせりゃいいってもんじゃありません!ぶっ殺しますよ!
「(・ω<) てへぺろ♪」
おじいさんとおばあさんの激しいツッコミをお茶目に受けつつ、その咲いた花々に囲まれた赤ん坊は、いつの間にか目を覚ましており、賑やかな光景と花を見て、笑いながら手を伸ばしている。
その笑顔に場の空気が変わった。
「……うん。一緒に『桃』が添えてあって、咲いた『花』を見て喜んどるな」
騒がしさの奥に「祝福」のようなものが滲んでいる。
その瞬間、おじいさんは急に何かが閃いたように、顔をキリッ!とさせた。
「ワオ! ワシったら閃いちゃったぞい!」
一拍置いて。
「この子の名前は『桃花』これで、決まりじゃーYeah!」
言葉が落ちる。
その名前に、不思議と誰も異を唱えなかったのだが——
ここでおばあさんが、念のための確認という名のツッコミを、おじいさんへとぶち込む。
「……おじいさん? まさか、桃の方に付けた名前じゃありませんよね? 桃を育てるつもりじゃありませんよね? ね?」
「あ? あ、当ったり前じゃろがい! 桃に名前を付けてどうすんねん! 何を言うかおばあさんは! マジで驚き過ぎて、天国へ旅行に行っちまうところだったわい!」
「うふふ♪ そうですよね? その赤ん坊の名前ですよね? 安心しましたよ〜♪」
「おおっ! なんだ!? その赤ん坊の名前は『桃花』というのか! 良いではないか! 可愛いではないか! そしてめでたい! なんかめでたい気がするから、とりあえず! また花でも咲かs……」
花咲か爺さんが灰をバラ撒く素振りを見たおばあさんは、それを目にも映らぬ速さで一瞬にして取り上げた。
「あんれまっ!? わしの灰が取られているぅ! いつの間に!?」
「ふふ♪ おじいさんにしては、珍しくセンスがいいですね! その名前、とっても可愛ですよ〜♡」
その名前が場に馴染んでいく。
こうして川から流れてきた赤ん坊は、この老夫婦に拾われ、育てられることになった。
おじいさんとおばあさんは、「ニヤリ」と何かを企むかのように、とんでもなく怪しい笑顔で向き合う。
その二人の笑顔を見た赤ん坊の「桃花」は、これから何が起こるのかも知らずに、ただ楽しそうに、きゃっきゃと笑っていた——




