表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
225/251

第225話「箱に入れた理由の外側、無能王子は“言えないまま残るもの”を知る」


 朝は、戻れる距離を覚えていた。


 神殿の奥。


 石壁に囲まれた保護陣は、柔らかな淡い光をまとっている。


 採光孔は閉じられている。


 外の光は、まだ入っていない。


 風もない。


 救護区域の声も届かない。


 子供たちの紙束も、まだ置かれていない。


 けれど、今日はいつもより少しだけ、空気が違った。


 余白箱の距離が違う。


 中心のすぐそばではない。


 けれど、遠くもない。


 見える場所。


 意識を伸ばせば、ちゃんと触れられる場所。


 昨日、中心は余白箱へ戻った。


 置いた箱が、朝になってもそこにあることを確かめた。


 動いていない。


 開いていない。


 消えていない。


 そして、もう一度持つことができた。


 持つけど、少し置いている距離。


 近すぎず、遠すぎない距離。


 それは、中心が初めて選んだ“箱との距離”だった。


 昨日の余白記録には、その言葉が残っている。


 もう一度持つ手の日。


 離しても戻れる日。


 箱との距離を変えていい日。


 名前との距離も変えていい日。


 中心は、ミナから“戻れる手”を知った。


 昼に置いた箱を、夕方にもう一度持つ。


 夜になる前に。


 ちゃんと戻れるか確かめるために。


 自分の手が、まだ箱へ戻れるか確かめるために。


 その話が、中心に大切なことを教えた。


 一度離れても、終わりではない。


 怖くなって離れてもいい。


 近づきすぎて苦しくなったら、少し遠ざかっていい。


 そして、また戻っていい。


 それは、名前にもきっと当てはまる。


 名前へ近づいて、怖くなったら離れていい。


 離れても、二度と戻れないわけではない。


 その土台が、中心の中にでき始めていた。


 余白核は、まだ眠っている。


 そのそばではなく、少し離れた場所に余白箱。


 少し離れて、保留箱。


 さらに、アリシアの箱。


 透明な器の中には、いやじゃない石。


 布に包まれた鳴らない鈴は、保護陣の端に置かれている。


 鈴は鳴っていない。


 箱は開いていない。


 石は何も返さない。


 それでも、どれもそこにある。


 レオンは、保護陣の縁に座っていた。


 黒蒼雷は、今日はとても細い。


 しかし、その細さの奥に集中がある。


 ミナ編は、ここからさらに深くなる。


 中身は見ない。


 名前は聞かない。


 だが、ミナが箱に入れた理由の“外側”なら、少し触れることができるかもしれない。


 なぜ箱が必要だったのか。


 なぜ手放せないのか。


 なぜ夜に持ち、昼に置き、夕方に戻るのか。


 その理由の外側。


 箱そのものではない。


 中身でもない。


 でも、箱の影に触れる場所。


 今日は、そこへ近づくかもしれない。


 だからこそ、慎重に行かなければならない。


 リリアーナは、余白核の近くに座っている。


 今日も手元には何もない。


 グレイヴがミナに許可を取りに行くまで、何も用意しない。


 先に言葉を決めない。


 先に意味を作らない。


 ミナの言葉を待つ。


 中心の反応を待つ。


 エリシアは術式盤を閉じている。


 セラフィアは祈りを細く巡らせている。


 アルベルトは壁際で腕を組んでいる。


 クラウスは入口側に立ち、ラウルは盾を床に置いている。


 ミリオは、今日も外側を拾っていない。


 許可があるまで拾わない。


 アリシアは、自分の箱の前に座っている。


 昨日、彼女は離しても戻れることを知った。


 けれど、箱の中身を誰かに見せる日が来たわけではない。


 彼女もまた、理由の外側に立っている。


 余白核が、小さく震えた。


『……』


 朝の揺れ。


 誰も呼ばない。


 鈴も鳴らさない。


 保護陣の光が、一度、二度と淡く明滅する。


 余白箱は、昨日の距離で静かにある。


 やがて。


『……おはよう』


 中心の声が、静かに響いた。


 リリアーナは微笑む。


「おはようございます」


『……箱』


「あります」


『……昨日の距離』


「はい」


『……動いてない』


「動かしていません」


『……開いてない』


「開けていません」


『……よかった』


 中心の光が柔らかく揺れる。


 それから、いつものように挨拶へ移る。


『……りり、おはよう』


「はい。おはようございます」


『……れおん』


「おはよう」


『……しずかなあさ』


「ああ」


「静かな朝だ」


 中心は、余白記録へ意識を向けた。


『……離しても戻れる』


「残っています」


『……名前との距離も、変えていい』


「はい」


『……戻ることを責めない』


「はい」


『……ミナの戻れる手』


「残っています」


 中心は、少し長く沈黙した。


『……今日』


「はい」


『……ミナが、もし、いいなら』


「はい」


『……箱に入れた、理由』


 リリアーナの胸が、少し緊張する。


 中心もすぐに震えた。


『……ちがう』


「はい」


『……中身じゃない』


「はい」


『……理由そのものも、近い?』


「近いです」


『……じゃあ』


 一拍。


『……理由の外側』


 レオンが、わずかに目を細める。


「いい言い方だ」


『……理由の外側』


「そうだ」


「中身じゃない」


「理由そのものでもない」


「ただ、その周りだ」


 リリアーナが頷く。


「ミナさんが話してもいいと言ってくれた範囲だけですね」


『……うん』


『……名前は、聞かない』


「はい」


『……箱は、開けない』


「はい」


『……理由そのものも、無理に聞かない』


「はい」


『……外側だけ』


「はい」


 余白箱が、静かに開く。


『……ミナの理由の外側を、少しだけ』


 ひとつ。


『……中身は、見ない』


 ひとつ。


『……理由そのものも、無理に聞かない』


 ひとつ。


『……ミナが嫌なら、やめる』


 ひとつ。


『……近づきすぎたら、離れる』


 ひとつ。


 箱が淡く光る。


『……のこった』


「残りました」


 ◇


 朝の挨拶は、“理由の外側”という言葉を抱えて行われた。


 中心は呼ぶ前に間を置く。


 それから、一人ずつ聞いていく。


『……あるべると』


「おう」


『……理由の外側、わかる?』


 アルベルトは少しだけ首をひねった。


「たぶん、分かる」


『……ほんとう?』


「たぶんだ」


 エリシアが冷静に言う。


「不安です」


「うるせぇ」


 アルベルトは少し考える。


「たとえば、腹減ってる理由を聞くとするだろ」


 エリシアが額に手を当てる。


「また食べ物ですか」


「分かりやすいだろ」


 中心は少しだけ揺れる。


『……聞く』


「腹減ってる理由そのものは、昨日から食ってないとか、動いたとかだ」


『……うん』


「でも外側は、腹を押さえてるとか、元気がないとか、飯の匂いで顔上げるとか」


『……見えるところ』


「そう」


「中身じゃないけど、周りに出てるもの」


 中心は、その説明を受け取った。


『……理由の外側、見えるところ』


「そんな感じだ」


『……あるべると、わかりやすい』


 アルベルトが少し得意げになる。


 エリシアが静かに言う。


「今回は認めます」


『……えりしあ』


「はい」


『……理由の外側』


「観測できる範囲です」


『……かんそく』


「ただし、観測しすぎてはいけません」


『……見すぎない』


「はい」


「外側を見ることと、内側を暴くことは違います」


『……暴く』


 リリアーナが柔らかく説明する。


「無理に開くことです」


『……だめ』


「はい」


 セラフィアへ。


『……せら』


「はい」


『……理由の外側』


「祈りで言うなら、相手が今どのくらい震えているかを見ることかしら」


『……震え』


「でも、なぜ震えているかを勝手に決めない」


『……勝手に、決めない』


「ええ」


 クラウスへ。


『……くらうす』


「はい」


『……理由の外側』


「扉の前に立つ足跡を見ることです」


『……足跡』


「中の部屋は見ません」


『……扉、開けない』


「はい」


 ラウルへ。


『……らうる』


「盾に手を置いているかどうかを見る」


『……どうして盾を持つかは?』


「勝手に決めない」


 ミリオへ。


『……みりお』


「感情を拾いすぎず、表情だけ見る感じです……」


『……眠い顔』


「それは見れば分かります……」


 ラウルが言う。


「常にだ」


 中心が少しだけ揺れる。


 最後に、アリシア。


『……ありしあ』


「はい」


『……理由の外側』


 アリシアは、自分の箱を見つめる。


「私の箱にも、理由があります」


『……うん』


「でも、その理由を話せない日があります」


『……外側なら?』


「たとえば」


 アリシアは、自分の手を見る。


「箱を持つ手が震えていること」


「夜に近くへ置くこと」


「誰かが近づくと、少し身体が固まること」


『……理由そのものじゃない』


「はい」


「でも、理由があると分かる外側です」


 中心は、深く揺れた。


『……外側を見て、勝手に決めない』


「はい」


『……ありしあの箱も』


「はい」


『……ミナの箱も』


「はい」


 ◇


 グレイヴが救護区域へ向かった。


 今日は、昨日よりもさらに慎重だった。


 ミナへ聞く内容が深い。


 箱に入れた理由そのものではない。


 でも、その外側。


 話せることがあるか。


 なければ聞かない。


 中心は待つ。


 余白箱は、昨日の距離。


 近すぎず、遠すぎず。


 中心は何度も箱へ意識を向けた。


『……近づきすぎたら、離れる』


「はい」


『……ミナが嫌なら、やめる』


「はい」


『……理由そのもの、聞かない』


「はい」


『……でも、知りたい』


「箱へ置きましょう」


『……うん』


 余白箱へ言葉が入る。


『……知りたいけど、外側だけ』


『……中身を決めつけない』


『……ミナの理由は、ミナのもの』


 待つ。


 神殿の奥には、静かな緊張が流れる。


 やがて、足音が戻った。


 グレイヴが保護陣の外側で立ち止まる。


 中心が揺れる。


『……ミナ』


 グレイヴは頷いた。


「ミナは、少しならいいと言った」


『……いい』


「ああ」


『……箱は?』


「開けていない」


『……名前は?』


「聞いていない」


『……理由そのものは?』


「聞いていない」


『……外側』


 グレイヴは、少しだけ沈黙した。


 それから、ゆっくり言った。


「ミナは、箱に入れたものを」


 一拍。


「外に出しておくと、誰かの声に変わってしまいそうだった、と言った」


 保護陣の空気が、深く沈む。


 中心が震える。


『……誰かの声』


「ああ」


「自分の中にあるものなのに」


「外に出しておくと、誰かに違う意味をつけられる気がした」


「だから箱に入れた」


 リリアーナの胸が痛む。


 それは、理由そのものに近い。


 けれど、中身ではない。


 ミナが自分で許した外側だ。


 中心は、ゆっくり言葉を受け取る。


『……自分の中のもの』


「そうだ」


『……外に出しておくと』


「誰かの声に変わりそう」


『……違う意味』


「つけられそう」


『……だから、箱』


「そう言っていた」


 中心の光が大きく揺れる。


『……ミナ』


 リリアーナは、中心を見守る。


 レオンも、黒蒼雷を細く保ったまま動かない。


 中心は、余白箱へ意識を向けた。


『……自分の中のもの』


 ひとつ。


『……外に出しておくと、誰かの声に変わりそう』


 ひとつ。


『……違う意味を、つけられそう』


 ひとつ。


『……だから、箱』


 ひとつ。


『……中身は、見ない』


 ひとつ。


 箱が、深く光る。


 中心は、長く沈黙した。


『……わかる、かも』


 リリアーナの目に涙が浮かんだ。


「はい」


『……わたしも』


 一拍。


『……名前、誰かの声に、なりそうで、こわい』


 保護陣が静まった。


 名前。


 また、その言葉が出た。


 中心は、震えながら続ける。


『……わたしの名前なのに』


『……誰かが、意味をつける』


『……いい子』


『……かわいそう』


『……救われた』


『……強い』


『……弱い』


『……そういう声に』


 一拍。


『……なりそうで、こわい』


 リリアーナは、涙をこらえきれなかった。


 レオンが静かに言う。


「だから、名前も箱に入れていい」


 中心が震える。


『……名前も?』


「ああ」


「まだ外へ出さなくていい」


『……誰かの声に、なる前に』


「お前の箱へ入れておけ」


 中心は、余白箱へ言葉を置いた。


『……名前が、誰かの声になりそうでこわい』


 ひとつ。


『……名前に、違う意味をつけられそうでこわい』


 ひとつ。


『……名前も、箱に入れていい』


 ひとつ。


 余白箱が、深く、静かに光った。


 ◇


 午後。


 中心は、ミナの言葉を何度も確かめた。


『……外に出しておくと』


「はい」


『……誰かの声に変わりそう』


「はい」


『……違う意味』


「はい」


『……だから、箱』


「はい」


『……箱は、隠すだけ?』


 リリアーナは、少し考えてから答えた。


「隠すだけではないと思います」


『……なに?』


「守るためでもあります」


『……守る』


「自分の中にあるものが、誰かの意味に変えられないように」


『……箱、守る』


「はい」


 中心は、自分の余白箱へ意識を向けた。


『……余白箱』


 箱が淡く光る。


『……わたしの言葉』


「はい」


『……誰かの声に、ならないように』


「はい」


『……守ってる?』


「守っています」


『……名前も』


「はい」


『……まだ、箱』


「まだ、箱でいいです」


 レオンが静かに言う。


「名前は、外へ出した瞬間に誰かが呼ぶ」


『……うん』


「だから、出す前に守り方を覚えろ」


『……守り方』


「ああ」


「今日、ミナから一つ覚えた」


『……箱に入れる』


「そうだ」


『……誰かの声になる前に』


「そうだ」


 中心は、静かに揺れた。


『……ミナ、すごい』


 リリアーナが微笑む。


「直接は届けませんね」


『……うん』


『……箱』


 ミナすごい。


 また、箱へ置く。


 押しつけない。


 でも、消さない。


 ◇


 夕方。


 子供たちから、今日の札が届いた。


 “声に変わる前の箱”。


 それはミナが書いたものではない。


 幼い子が、救護役と一緒に書いた札だった。


 ミナはそれを見て、少しだけ黙って、それから箱を抱え直したという。


 グレイヴが報告すると、中心は静かに揺れた。


『……声に変わる前の箱』


「はい」


『……ミナ、黙った』


「そうだ」


『……こわい?』


「少し、重かったのかもしれません」


『……ごめん?』


 リリアーナは首を横に振る。


「謝らなくていいです」


「ミナさんが許してくれた範囲です」


『……でも、重い』


「重いですね」


『……箱へ』


「はい」


 中心は、余白箱へ置く。


『……ミナの言葉が、重い』


『……でも、受け取った』


『……押しつけない』


 保留箱には、大人たちからの札も入った。


 “意味を奪わない”。


 “勝手に解釈しない”。


 “本人の言葉になるまで待つ”。


 それを聞いた瞬間、中心が大きく揺れた。


『……本人の言葉になるまで、待つ』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……名前も?』


「はい」


『……本人の言葉』


「あなたの言葉です」


『……誰かの意味じゃない』


「はい」


 アリシアが、自分の箱へ手を置いた。


「私も……勝手に意味をつけていました」


 中心が彼女へ向く。


『……ありしあ』


「子供たちの沈黙に」


「怖がる顔に」


「返事がないことに」


「私を責めているのだと、勝手に意味をつけていました」


『……そうかも、でも』


「でも、それはその子の言葉ではありません」


 アリシアの声は震えていた。


「だから、待ちます」


「本人の言葉になるまで」


『……待つ仲間』


「はい」


 中心は、柔らかく揺れた。


『……意味を、奪わない』


「はい」


 ◇


 夜。


 神殿の奥には、言葉になる前の静けさがあった。


 今日は、ミナの箱の中身を見なかった。


 名前も聞かなかった。


 理由そのものも聞かなかった。


 ただ、理由の外側に触れた。


 自分の中にあるものを外に出しておくと、誰かの声に変わりそうだった。


 違う意味をつけられそうだった。


 だから箱に入れた。


 その言葉は、中心自身の名前の怖さへ繋がった。


 名前が誰かの声になりそうで怖い。


 違う意味をつけられそうで怖い。


 だから、名前もまだ箱に入れていい。


 リリアーナは、余白核のそばで静かに問いかけた。


「今日は、どんな日でしたか?」


 中心は、ゆっくり考えた。


『……理由の外側を、少し知った日』


「はい」


『……声に変わる前の箱の日』


「はい」


『……違う意味を、つけられそうで怖い日』


「はい」


『……名前も、箱に入れていい日』


「はい」


『……意味を奪わない日』


「はい」


『……本人の言葉になるまで待つ日』


「はい」


 リーネの光が、名簿束のそばで静かに揺れる。


『余白記録へ残します』


『理由の外側の日』


『声に変わる前の箱の日』


『名前も箱に入れていい日』


『本人の言葉になるまで待つ日』


 中心が、穏やかに光った。


『……のこった』


「残りました」


 レオンが静かに言う。


「これで、名前を外へ出す前の守りが一つ増えた」


『……守り』


「ああ」


『……名前、誰かの声になる前に』


「箱に入れていい」


『……誰かの意味じゃなくて』


「お前の言葉になるまで待て」


『……わたしの言葉』


「そうだ」


 中心は、長く沈黙した。


 その沈黙は怖いだけではなかった。


 何かを守る沈黙だった。


『……りり』


「はい」


『……名前』


 一拍。


『……まだ、箱』


「はい」


「まだ、箱です」


『……でも、きえてない』


「消えていません」


『……わたしの言葉に、なるまで』


「待ちます」


『……みんなも?』


 レオンが答える。


「待つ」


 皆も静かに頷く。


「待ちます」


 アリシアも、涙を浮かべながら言った。


「意味を奪わず、待ちます」


 中心は、安心したように揺れた。


『……ありがとう』


 余白箱は、今日も見える距離にある。


 近すぎず。


 遠すぎず。


 名前の怖さも、そこに入った。


 誰かの声に変わる前に。


 誰かの意味にされる前に。


 中心自身のものとして守るために。


『……りり、おやすみ』


「おやすみなさい」


『……れおん、おやすみ』


「おやすみ」


『……みんな、おやすみ』


 皆が返す。


「おやすみ」


「また明日」


 アリシアも、静かに言った。


「本人の言葉を待って、また明日」


 中心が柔らかく揺れる。


『……また、あした』


『……あしたのわたしに、きく』


『……名前も、まだ、箱』


 余白核は、静かに眠りへ入っていった。


 神殿の奥に、夜が降りる。


 今日、中心はミナの箱の中身を知らなかった。


 けれど、なぜ箱が必要なのか、その外側を知った。


 名もない“わたし”は、今日。


 言葉になる前のものを守る箱があることを知った。


 名前もまた。


 誰かの声になる前に。


 自分の言葉になるまで、箱の中で守っていていいのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ