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名無しの悪魔ちゃん  作者: こめっこ
第1章 街を目指して
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痛かった日

 嫌な予感はしていた。


 道が分からない以上、私はひとまず川沿いを下流へと進む事にした。


 二時間程は歩いただろうか。

 すると、再びあの黒い獣の群れと遭遇した。

 直ぐには襲って来ず、相変わらず私をじっと品定めする様に見つめている。


 この森にいる化物が、あれだけではないだろうとは思っていた。この森にいる限り、いつかは向き合わなければならないとは思っていた。

 思ってはいたが、こんなに早いとは思わなかった。


 手足が震え、心臓の鼓動が速くなる。

 落ち着け、まだ距離はある。


 こうして改めて正面から見ると、生物としての格の違いがよく分かる。

 相手は見上げるほどに巨大な獣だ。

 人間など踏まれただけで死んでしまうだろう。

 散々に弄ばれて慣れてしまったと思っていたが、あの時は一時的に感覚が麻痺していただけのようだ。

 見れば見る程にあの時の恐怖が蘇ってくる。


 一度は勝利しているとはいえ、あれは私がやったとは言えないし、私の勘違いじゃなければあの時の様にまた暴走して倒してしまうという事もないだろう。

 だから自分の力で戦わなくちゃいけない。


 とはいえ、こうしてみると多少力が強いだけで立ち向かえるような存在には見えない……。


 ダメだ! 弱気になるな!


 私は死なないんだ、コイツらの牙では私に傷一つ付けられないのだから。

 大丈夫だ、怖くないと弱気になる自分自身に言い聞かせた。少しは震えがマシになったような気がする。



 私は意を決して、恐怖を誤魔化す為に声を張り上げ黒い獣に立ち向かった。 


「でやぁああああああああ!!」

 

 同時に黒い獣が牙を剥いてこちらへ飛びかかってくる。


 瞬く間に獣との距離が詰まる。

 目の前には口を大きく開き、今にも私を食らわんとする獣の牙があった。


 小手先の技術など私にはない、だから私は握りしめた拳を目の前の獣にありったけの力で叩きつける。


 ドンッ


 私の拳は獣の鼻先に当たり、重い衝撃音と共に獣は首を仰け反らせ、そのまま崩れ落ちる様に倒れた。



「なん……で……」


 そこには獣を倒すことが出来たという安堵感などなかった。なんで? どうして? と疑問符ばかりが頭を駆け巡った。


 何故なら私の拳には獣の折れた牙が刺さっていたからだ。そして、無敵だと思っていた身体から血が流れているのだ。


 負けても死なないと思っていた、どうにかなると心の中で思っていた。

 だけどあの時とは違う、何故だか分からないけど無敵では無くなっている。

 そして、今分かっている事はここで負けたら私は死ぬ、という事だ。



 そんな私の戸惑いとは裏腹に獣達は一斉に襲ってくる。


 考えている時間など無い。

 傷口がズキズキと痛む。

 一瞬、逃げるという選択肢が頭をよぎったが、それは不可能だと頭から振り払った。


 ここで逃げきれても私はまた恐怖に怯えて生きていくのか?

 嫌だ、そんな自分にはなりたく無い!


 これ以上余計な事を考える前に刺さった牙を引き抜き、痛みを誤魔化すように再び声を張り上げて獣に立ち向かう。

 恐怖に打ち勝ち、自分の力でこの世界で生きていく為に。



 向かってくる獣を握り締めた拳で殴り返す。

 私の攻撃はこの獣に致命傷を与える、だけどそれは獣も同じでその鋭い爪は私の身体を切り裂き、肉を抉った。


 傷口が熱を持ったかの様に熱い。

 致命傷となりそうな攻撃だけは奇跡的になんとか躱せてはいるが、獣の爪による深い裂傷が着実に増えていく。

 それでも痛みに耐えながら我武者羅に拳を振るい、一頭、また一頭と獣を確実に数を減らしていく。


 この調子でいけば勝てると思っていたその時――


「っこの! 離せ!」


 獣が残り二頭となった時、自分の長い髪が仇となった。


 自分の髪の毛を踏んでしまい、体勢を崩して左腕ごと噛み付かれてしまった。

 獣の牙は私の腕を貫通し、グシャリと骨ごと噛み砕いた。

 痛みと焦りで必死に振り払うように抵抗するが、獣のその巨体が首を振り回せば如何に私の力が強かろうと身体の小さな人間など簡単に宙を舞う。

 そして、噛み付かれたまま激しく振り回された勢いで私の腕は千切れ、そのまま宙に投げ出され地面に叩きつけられた。


「ぐっ、ぁあああああああああああ!!」


 地面に叩きつけられた衝撃よりも、左腕を無くした痛みと大量の出血で気が遠くなっていく。



「まだ……まだ私……は……生きて……いる…ぞ……こんな事で……諦め……て…たまるか」


 遠のいていく意識を必死に繫ぎ止める。

 まだ右腕は残っているんだ、両足も無事だ、自分の足で立ち上がれる、まだ……戦える。

 このぐらいで諦めたら彼女に顔向け出来ないじゃないか。


 生きているのが不思議なぐらい満身創痍になりながらも立ち上がり、残り二頭の獣に向き合う。

 すると、追い討ちを掛けようとしていた獣達が立ち止まり、ジリジリと後ずさりして馬鹿馬鹿しい程あっさりと逃げていった。


 流石にこれを追いかける元気など無い。いや、正直助かったと思った。

 そのまま私は倒れるように地面に横たわった。


「私の……勝ちだ……」


 血と汗にまみれ自らの手で勝ち取った初めての勝利。

 私はこの世界で生きていく権利を勝ち取ったのだ。

 死にそうだっていうのに、そう悪い気分じゃないのはあいつらに一矢報いてやる事が出来たからかな。

 でも流石にこれ以上はもう無理みたい。

 結構頑張ったんだんだけどなぁ。

 せっかく助けてくれたのに、ごめんね。

 あーなんだか眠く……な……て……――






し、死んじゃった!?


ここまでお読み頂きありがとうございました(๑˃̵ᴗ˂̵)

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