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名無しの悪魔ちゃん  作者: こめっこ
第1章 街を目指して
3/35

癖になった日

 少し落ち着き、自身を見下ろせば全身血まみれで、血の匂いが辺り一帯に漂っている。

 一張羅のドレスはもはやズタボロで真っ赤に染まっている。

 今すぐ脱いでシャワーを浴びたいところだが、生憎とここにそんなものは無い。


 最悪だ。


 敢えて意識しない様に努めていたが、嫌でも視界に映る目の前の光景をとてもではないが私は直視出来ない。

 それ程に夥しい量の血と肉とで思わず目を塞いでしまう。


 訳も分からず山の中で寝ていたと思ったら、今度は猛獣に襲われて、気が付けばスプラッター映画さながらの光景が広がっているのだ。

 もう何が何だか分からない。

 しかもこれを私がやったのだ。

 頭では理解しているが、未だに信じられない。

 正気を取り戻せたのは本当に奇跡で、一歩間違えば私はあのまま消滅していただろう。


 色々と思う事はあるが、血の匂いで別の獣が来るかもしれない。

 考えるのは後にして、今はこの場所から離れよう。

 何よりこの光景に耐えられそうにない。




 あの場を逃げるように去り、しばらく歩いて何とか冷静に考えられるくらいには落ち着いたが、あの光景が目に焼き付いて離れない。


 どれだけ歩いたのだろうか。

 未だ終わりの見えない森を彷徨い続ける。


 そんな状況に変化が訪れた。

 視界の先が明るくなり、陽が射している。

 どうやらその一角だけ開けている様だ。

 ようやく見えた光に自然と歩みが速くなる。


 川だ。


 私は喜びのあまり駆け出し、その勢いのまま飛び込んだ。


 ヒャッハー! 汚物は消毒だー!

 情緒不安定なのかも知れない、それ程に色々と酷い。

 この格好もそうだが、あんな出来事があったのだ、多少はしゃいでも罰は当たるまい。

 それに何より、獣の血の匂いがたまらなく臭い。


 深さは胸が浸かるくらいある為、水浴びには丁度いい。

 両手で水をすくってみる。

 若干濁っている気がしないでもないが、細かい事を気にし出せばキリがない。

 生水は危険だと言うが背に腹はかえられない。

 思いきって両手ですくった水を口に含み喉の乾きを癒した。

 ついでにドレスも脱いで、全身にこびり付いて固まった血を洗い流す。

 血は取れたけど体に染み付いた血の匂いが取れなかった。

 石鹸があれば、なんて考えたけど無いものねだりをしても仕方ないと諦めた。

 ドレスに付いた汚れや血なんかも染みになって取れなかったけど、まぁ元々薄汚れてたし今更か……。

 最早ドレスと言えるのか怪しいが、着れるだけマシだと思うしかない。

 だけど水浴びと同時に鬱々とした気分も少しは洗い流せた気がする。

 過ぎた事をあーだこーだ悩んでも仕方がない、これからどうするかを考えよう。



 一通り汚れを洗い流して落ち着いたところで、水面に映る自分の姿に気付く。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪に、全体的に整った顔立。

 特徴を上げるなら、若干タレ目がちな瞳がどこか愛らしさを感じさせる。


 ……しかしその瞳は紅く不気味に輝いていた。


 それだけならまだ良かったが、頭の左右には捩くれた山羊のような禍々しい角まで生えている。

 おまけに口を開けてみれば冗談の様に鋭く尖った歯がずらりと並んでいる。


 悪魔じゃ! ここに悪魔がおるぞ!


 私としたことがつい取り乱してしまったようだ。

 現実を受け止めましょう。

 その現実は私自身で、どうやらその悪魔は私のようだ。


 まずこの山羊のような角だが、手で触れてみるとゴツゴツとしている。

 表面は意外と滑らかで、何だかクセになりそうな感触だ。

 軽くノックする様に叩いてみると、硬くて中身がしっかりと詰まっているようで全く音が響かない。


 んぅ……すごく……硬いです……。


 引っ張ってみたけど取れない、やっぱり頭と一体化しているようだ。


 眼も何か赤いし、光ってるし、不気味だし。

 耳もなんか尖ってるみたいだし?

 これはまだいい。

 いやまぁ良くはないんだけど、まだマシと言いますか……。

 簡単に言うと歯がギザギザしている。


 これなら何でも噛み切れそうだ、よかったね私! 良くないよ!


 いや、それにしてもどうしたらこんなにギザギザになるのだろうか、反抗期なのかな?

 ギザギザの歯が許されるのは漫画の中だけで、リアルで見ると恐ろしく凶悪だとしか言えない。


「私、もう詰んでるんじゃ……」


 これじゃ人間トラバサミだよ、本当に笑えないよ……。

 口開けたらヤバイ化物だよ、どうするのよ……いや、角生えてる時点でアウトか……。

 なんとなく分かってはいたけど、なんとも言えない気分だ。




「……悪魔か」


 水面に映る自分の顔をじっと見つめる。

 むぅ、はっきりとは分からないけどなかなかに美人さんではあるなあ。

 にしても、やっぱり眼が光ってるな……これはちょっとカッコいいかも?

 石になったりして?

 

 石になれっ! なんちゃっ――


 ビシッ


「ふぁっ!?」


 ビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシ


「え! ちょっ!?」


 ストップストップ! やめやめ石すと〜っぷ!!



 冗談で試したのに物凄い勢いで川の水が石になってしまった。


「……しゅごい」


 あまりの驚きに私の言語野は死亡した。

 試しに乗ってみたが、本物の石としか思えない。

 カッチカチやぞ? いやマジで。

 これはアカンやつですわ、鉄砲とかと同じで人に向けたらアカンやつですわ。

 これって魔眼とか邪眼とかそういうやつかな?


 まあ、化物がいるこの森では強力な武器になるだろうし、前向きに捉える事にしよう。もうこれ完全にファンタジーだわ。



 今更夢だなんて思えないし、思わない。

 ここまでリアルだと、逆に夢だと思う方がかえって不自然だ。

 これまでの状況からして恐らく何らかの原因で彼女の肉体に私が憑依したと考えるのが妥当か。

 という事は……どういう事だ?

 私はどこから来たのだろうか。

 よく分からない存在になった事だけは理解したが、自分が何者なのか分からないのは結構不安だ。

 家族がいたのかすら記憶が無いから特に未練は無いが、中途半端に知識だけはあるせいで余計に混乱する。

 いや、急にこんな森の中にポイされたら誰だって不安にもなるか。

 考えても分からないものは分からない、か。



「はぁ……」


 なんだか無性に人恋しくなってきた。

 森しかないけど、ちゃんと人間いる……よね?

 ……何だか不安になってきた。

 というか、もし人間に会ったら、歯は論外として角とかもバレたらお尋ね者なのではなかろうか。


 …………。


 ダメじゃん!?

 大体この角は何に使うのよ!

 突き刺せばいいのか?

 何をだよっ!


 ……はぁ、虚しいわ。


 クーリングオフ出来ませんか?

 無理ですかそうですか。


 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろおおお!


 スゥー


 ん? 何か一瞬身体が重くなった様な気が。

 何か違和感を感じて身体を調べてみると角が無くなっていた。

 引っ込んだ……?

 というか、消えた?

 どれだけ触っても角があった痕跡がない。

 川が石になっていない場所に移動して確認してみると、歯もギザギザしてないし、眼は赤いけど光ってはいない。

 変な違和感を感じたけど、余計な物が消えたからかな?

 うーん……?



 出ておいで。


 スッ

 

 消えろ!


 スゥー


 カモン!


 スッ


 ほんとになんだこれ。

 それに、やっぱり消したり出したりする時に変な感覚がする。

 うーん、何だかよく分かんないな……。

 変身の術的なあれか?

 いや、元は普通の人間の身体だったんだから、逆に元に戻す事も可能という事か……?

 いやそうか、魔法がある世界だったな……んぅ?

 ……って事は、これって能力とか見えちゃったりする例のアレがあるんじゃ……?

 うん、嫌いじゃないよそういうの?

 あードキドキするなあ。


 神様とかには会ってないけど、まぁいいや。

 イレギュラーはどこにでもあるだろうし、少し気恥ずかしいけど、ものは試しだ。



「ステータス」


 …………


 ん?……声が小さかったかな?


「ステータアアアス!」


 …………


 ……おい、止めろ……私を見るんじゃない!


 めっちゃ恥ずかしいじゃん、明晰夢だと思って取り敢えずプリン出そうとするより恥ずかしいわ。

 ドヤ顔でやっちゃった十秒前の自分を消してしまいたい。

 こういう状況だし、そうなんじゃないかなと思ったけどまさか何も起きないとは……いや、ゲームじゃないんだし当然と言えば当然だけど。


 魔眼? に気付いたのは偶然だし、彼女の過去を見た時に魔法が存在する事は何となく理解してたけど、その辺の事は漠然としか分からないんだよなぁ。

 私が見たのは彼女が破滅へと向かっていった原因から結果の断片的な光景だけで、大まかにあった出来事を見たに過ぎないし。


 あの時に聞こえた声もそうだけど暴走から目覚めて以降は頭のモヤモヤも無くなり、まるで枷から解放されたように明らかに体が軽くなった実感がある。

 確証は無いけど、この力の元凶となったであろう存在は、この身体に宿った力を残して彼女の魂と共に消滅したのではないかと思う。

 結果として私が乗っ取った形になるんだけど……。


 試しに意識を集中してみると、体の中から溢れ出す様な、何と表現すればいいのか……こう、渦潮がブワーってダイナミックにスプラッシュしてるみたいな、よく分からんね? うん、私もよく分からないけど力の奔流を感じるのだ!

 まあ、でも、多分、恐らくこれが魔力というやつだろうと思う。


 閑話休題、いわゆるステータスなんかは分からなかったけど、黒い獣に襲われて傷一つない事から防御力というか肉体は相当頑丈なものだと思って間違いないだろう。

 私がやったという実感はあまりないけど、樹木を薙ぎ倒したり、あの化物を素手で引き裂いたのだから単純に力も強いという事も分かる。

 にしても、この細腕のどこにそんな力があるのだろうか……?


 これは少し試してみる必要があるか。

 とりあえずこの石ころでいいかな。


 ジャリッ


 川辺に落ちている小石を親指と人差し指で挟み、徐々に力を入れていくと簡単に砕けた。

 これは完全なる筋肉お化けです。

 ステータスを力に全振りしたらこんな感じだろうか。

 とはいえ、こんな状況なので力が強いに越したことはない。

 もう一度試してみましょうか。


 ジャリッ


 ふむ、なるほど。

 ……これは何というか。


 ジャリッ


 ふひゃあ! 気持ちいい!


 も、もう一回……む、いかん、これはクセになりそうだ。


 ……もしや、これが悪魔の誘惑なのでは!?

 くっ! おのれ悪魔め!

 いや遊んでいる場合じゃなかった。


 強靭な身体と魔眼がある事は分かったのだ、あとはどうやってこの森を抜けるかを考えよう。





お読み頂きありがとうございました(๑˃̵ᴗ˂̵)

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