心眼
すいません、遅くなってしまいました。
今回少し長めになっています(o_o)
訓練場は正面左奥にある両開きの扉の先にあった。
中は体育館程の広さで、屋内にも関わらず全面に砂が撒いてあり、壁際には鎧を着せた案山子がいくつか並んでいる。
入り口の脇には木製の剣や槍、棍棒などの武器が傘立ての様な物や棚の上に乱雑に入れてあった。
組合内にいたほとんどの人がこのイベントを見逃すまいと訓練場に集まってきたようで、中には既に沢山の人がいた。更にはどちらが勝つか、賭け事までしているようだ。
そして、私が訓練場に入ると皆一様に値踏みするかの様な視線を向けてくる。
正直あまりいい気分ではない。
乱雑に詰め込んである中から適当に一本剣を引き抜き、好奇の視線に晒されながら既に中央で待ち構えている三人組の方へ歩き出す。
その途中、ふと賭けの倍率が気になった私は三人組を無視して賭け事をしている方へ向かうことにした。
賭けの中心にいて、威勢よく周りの人物を煽っている男性が胴元だと当たりをつけて話しかけてみる。
「倍率はどうなっていますか?」
「あ? ダメだダメだ賭けになりゃしねえ」
なんとも投げやりな返事が返ってきた。
確かにいくらAランクパーティ竜の牙の推薦だとしても、私のような小娘と、腐ってもCランクの冒険者では勝負にすらならないと誰もが思っているのでしょう。
「って嬢ちゃん、主役がこんな所で油売ってる余裕あんのか?」
「これで、賭けになりますか?」
胴元の男性の言葉を聞き流し、私は盗賊のアジトで見つけた大きな金貨三枚を渡す。
「ん? って大金貨じゃねえか!?」
「もちろん私に賭けます」
「オイオイ、正気か嬢ちゃん?」
「正気です。それに言い忘れてましたが三対一でやりますので」
周りにいた冒険者達が皆ポカーンとしている。
だがそれも一瞬で立ち直り、戦闘条件が三対一と知るや否や冒険者達はこぞって三人組に賭けはじめた。
大きな金貨がいい仕事をしたようだ。
これで当面の生活費は……ふふふ。
だが何人かは私に賭けている人もいるようだ。
聞き覚えがある声だと思ったら……なるほどドラガンさんとクロイツェルさんですか。
あっ、フィーさんまで!
さて、そろそろ行きましょうかね。いい感じに待ちくたびれていると思いますし。
「お待たせしました」
「てめえ、随分余裕ぶっこいてんじゃねえか。しかも三対一だと? 覚悟は出来てんだろうな」
この人がトムか。
これまでの流れからすると、トムがリーダー的な存在なのでしょう。
「いえ、賭けが成立しないと仰られていましたので自分に賭けて来ただけです」
「舐めやがってクソガキが」
相当ご立腹のご様子だ。
だが、これは作戦なのだ。
私が遅れて来た事で彼等は今怒っている、つまり冷静な判断が出来ないはずだ!
心の乱れは剣の乱れだと誰かが言っていたし、これで彼等は更に弱くなる事間違いないだろう。
これは、かの有名な剣豪が使ったという戦法にも通ずるものがあるのではないだろうか。
そして剣を抜いて鞘を捨てた瞬間に私は言ってやるのです。……トム郎敗れたり! と。
まぁ、木剣に鞘なんて無いんだけど……。
「ふざけた小娘が、今更謝って済むと思うなよ」
「俺達をコケにした事を後悔させてやるぜ」
「負けたら大人しく俺らの言う事聞いてもらうぞ」
おっと、何やら勝手なルールが追加されてます。
発言が盗賊のそれと同じだ、いちいち相手にするまでもないだろう。
「御託はいいので早く終わらせましょう」
「てめえッ……おい審判!」
いつの間にか審判がいる。
といっても訓練場にいた冒険者の人だろうけど。
審判がルールの確認をする、殺しはなし、以上。だそうだ。
なんともシンプルで分かりやすいルールでした。
殺さなければ何をしてもいいとも受け取れますし、考えようによっては、かなりえげつないルールだと言える。
「始める前にもう一度聞くが、本当に三対一でいいのか? 今ならまだどうにかなるぞ?」
「いえ、問題ありません。始めて下さい」
「本当にいいんだな?」
私は黙って頷く。
心配してくれるのはありがたいですが、今更冗談でしたなんて言えませんし、そのつもりもない。
「では今から試合を始める…………始め!」
審判の合図と共に三人がナナシに向かって走り込んだ。
それに対して、特に構える事もなく開始の合図を迎えた彼女は走り込んで来る中央の男、トムに向かって木剣を投げつけた。
ナナシの手から離れた剣は、ヒュッと空気を切る音と共に、もの凄い勢いで回転しながら男の頭上を通過し、そのまま訓練場の壁にぶち当たった。そして、その衝撃で壁は一部大破してしまった。
不幸にも壁際にいた数名はその衝撃で昏倒してしまっていたが、直撃しなかっただけでも幸運と言えるだろう。
その場にいた者達は皆一様に目を見開き、口は半開きのまま時が止まったかのように大破した壁を見ている。
それは試合途中の男達も同様で、揃って大破した壁を見つめ、固まっている。
そんな中、リーダー格であるトムが比較的早く気を取り戻しナナシに向き直った。
「てめえ魔法使いだったのか! 詠唱させるな! おいお前ら早く囲め!」
何かが自分の頭上を通り過ぎたのは分かったが、真正面から高速で放たれたそれがただの木剣であるなど思いもせず、風系統の強力な魔法だと彼は当たりを付けた。
先程まで持っていた木剣が彼女の手にない事を考えれば魔法では無いと気付きそうなものではあるが、そんな事にも気付かない程に動揺していた。
ナナシを魔法使いと勘違いしたトムは、彼女に詠唱の時間を与えまいと仲間に素早く指示を出した。
「ハッ! これで形成逆転だ。余裕こいて当てなかったのが運の尽きだ、バカが魔法を見せれば俺がビビるとでも思ったか!」
実際驚いていたのだが、自分達が有利になった途端に強気に出る。
しかし、トムは何も気付いていなかった。
自身の頭上を通り過ぎた物が魔法でなく、ただの木剣である事や、試合前には持っていた筈の木剣をナナシが持っていない事にすら、彼はまだ気付いていない。
いち早く冷静さを取り戻したかの様にみえたトムだが、その動揺は彼の判断力や注意力を奪っていた。
そして、ナナシのコントロールの悪さのおかげで今も命がある事になど彼には気付きようもなかった。
――危ないところでした……。
ついうっかりで死人をだしてしまっては申し開きのしようもありません。
これではローランドさんに殺人マシーンと思われても仕方ないかも知れませんね。
魔力操作の練習がてらに、木剣を魔力で覆って、そのまま剣を投げたのはいいけど、力加減を誤ってしまったみたいだ。
いや、そもそもどうして私は剣を投げてしまったのか?
ふむ……? どうやら私も冷静ではなかった様だ。
でも当たらなかったのでセーフです、セーフったらセーフです。
おや? 奥の方で何人か倒れているようですね。
あぁ……うん、見なかった事にしましょう。動いているので生きてるみたいですし……ごめんなさい!
そんな事を考えていると囲まれてしまっていた。
強力な魔法とか、魔法使いがどうとか言っているけど魔力を込めただけの木剣です、残念でした。
私の本職は近接物理系ゴリマ……もとい剣士です。
というか武器を投げてしまったので、素手になってしまったじゃないか。……くっ、私に剣士を名乗らせないつもりか!
「おらぁ!」
む! 背後から斬りかかるとは卑怯なり。
私は木剣が届く前に一歩距離を詰めて手首を掴み、それと同時に踏み込みかけているヤムの前足を払った。
バキッ
「ぐああああああああ!」
……Ohヤムさんや、足を払っただけで折れてしまうとは情け無い。
残念ですがその足ではもう戦えないでしょう?
その木剣は私が有効活用するので、あなたはそこで大人しくしていて下さい。
木剣ゲットだぜ。
私が木剣を手にすると観客の皆さんが私の視界に映らない位置へ慌てて移動していった。
安心して下さい、投げませんよ。
「クソがあああ!」
どうしてわざわざ大声を出して斬りかかるのだろうか?
上段から斬り下ろしを木剣で受け止めて弾く。
突きに対しては木剣を添えて横へ逸らす。
それからも切り上げ、払い、フェイント等も織り交ぜたバリエーションも豊富な攻撃を一つ一つ対処していく。
ふむ、これは剣の勉強になりますな。……なるよね?
そうこうしているとトムも加わってきた。
二対一だが、同時に対処してもまだ余裕がある。
ぶっちゃけ百人でも問題ないレベルだ。
「てめえ魔法使いじゃねえのか!」
相変わらず見当違いな事を言っているトムを無視して、クーンの腹部に突きを放った。
「ぐえっ、ゔぉぇぇぇ」
くぐもった声と共に膝から崩れて落ちたクーンはのたうち回り悶絶している。
木剣が突き刺さらないか心配だったが、今度はどうやらちょうどいい力加減だった。
これでクーンもしばらく戦闘どころではないだろう。
「これで形成逆転、ですね?」
「ぐ……こんのクソガキゃあああ!」
トムが正面から斬りかかってきたが、正直こんなもの目を瞑っていても当たらない。
眼を閉じて心眼でトムの剣を見極める――
ドスッ
「あいたっ!?」
言い過ぎました、流石に見えなきゃ躱しようがありませんでした。
調子に乗った罰が当たったようだ、ごめんなさい。
「ハッ! やったぜ!」
「……」
「今のを脳天に食らって平気な訳がねえよなあ? その痩せ我慢もどれだけ持つかな、へへっ!」
全然平気だし! 偶然当たっただけだし!
痛くないけど声出ちゃったし何かムカつく! ちくせう! トムのくせに!
だけどね、これぐらいじゃ私は倒せませんよ!
「おらおら! おらぁ!」
流石はトムです、女の子相手でも容赦がありません。
「逃げ回るだけかあ? さっきまでの威勢はどうした、おらぁ!」
倒すのは簡単だけど、私としてはもう絡まれたくないので何かいい方法がないか模索する。
やっぱりさっきの要領で全部受けきって私との力量差を見せつけるのが一番無難かな?
私は体力バ……いえ、疲れ知らずなのでトムが根を上げるまで打ち合うとしますか。
――そうして二十分も経過しただろうか、ふいに相手の剣戟が止み、トムが構えを解いてしまった。
そして、肩で息をしながら私に語りかけてきた。
「ハァハァハァ……てめえ、なかなか――」
隙あり!
ズドッ
ふっ、構えを解いてこちらに語りかけて私の油断を誘おうと考えたのでしょうが、その手には乗りません。
そんな使い古された姑息な手段で隙を見せるほど私は甘くないのです。
はっ!?
今も倒れたフリをしてこちらの隙を伺っているかも知れません。
いけないいけない。危うく相手の術中にはまってしまうところだった。
ドスッバシッドスッドスッバシッ
「お、おいおい終わりだ! もう終わりだ嬢ちゃ――」
ドスッ
「うっ」
「あっ」
ふぅ……最後に審判の人が乱入するというアクシデントがありましたが、どうやら無事に決着がついて良かった。
これで堂々とDランクカードを受け取っても文句は言われないだろう。
「頭は大丈夫ですかナナシさん?」
「え? ……ああ、はい大丈夫ですよ」
「少し見せて下さい」
一瞬頭のおかしい子と思われたのかと思ったけど、勘違いだった。
すかさずレイラ先生のドクターチェックが入った。
「相変わらず凄いわねナナシちゃん!」
「いえ、そんな……」
「ガハハ、やっぱりとんでもない嬢ちゃんじゃの! あんなもんワシにも簡単には出来んぞい」
とドラガンさんが壁を指差す。
改めて見ると壁には穴が空き、外の景色が見えている。
まさか木剣を投げただけでこんな事になるなんて思わないじゃん?
「特に怪我は見当たりませんね。ですがナナシさん、いくらなんでもあれはやり過ぎというものですよ。外が空き地だったから良かったですが、通りに面していれば怪我人が出ていたかもしれませんよ」
「ご、ごめんなさい」
事故だとはいえ、レイラさんの言う通り外が空き地で助かった。
反省して次からは気をつけよう。
「アイツらも流石にこれに懲りてお前には手は出さんだろう」
「そうだといいんですが」
「こんだけ見せつけりゃ、アイツらだけじゃなく他の奴らもそうそうお前に突っかかってきやしねえさ」
「それよりナナシちゃん、ほい」
姿を見かけないと思っていたクロイツェルさんが人混みから現れ、ぎっしり詰まった皮の小袋と大金貨三枚を渡してきた。
「わわっ! あ、ありがとうございますクロイツェルさん」
「はは、俺たちも稼がせてもらっちゃったからね」
「そういう事じゃ、ガハハ」
「ありがとねナナシちゃん、エヘヘ」
そう言えば皆さん私に賭けてましたね。
以前にタイに行った時に、入国当日に大衆食堂で本場のトムヤムクンを頼んだのですが、あまりにも辛くてほとんど食べれずに残してしまいました。
三ヶ月程滞在していたのですが、その間屋台のフルーツとパッタイと呼ばれる焼きそばだけで過ごしたのはいい思い出です。
つまり私はトムヤムクンが苦手だというどうでもいい話でした\( 'ω')/
ここまでお読み頂きありがとうございます(๑˃̵ᴗ˂̵)
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