七章 アグニとミーナ
グロウス城を囲む城下町は、トルティーニ大陸全土から見ても大きな港町だ。
位置的には、トルティーニ大陸の西方、グロウス城を真ん中に置いた町が平地にあり、それを中心に西が海、その他が森といった立地になっている。
港町とは、読んで字の如く港がある町を指すが、港があるという事は物流に活気があることを意味していて、物流に活気があるという事は人々が集まる一大拠点になるという事でもある。
だから、グロウス城が見下ろす城下町は、観光地としての側面も多分にあり、いつもどこかで祭りの様な騒ぎが起こる賑やかな町だ。
マグティーノ率いる〝黒の猟犬〟という暗殺者集団との戦い――酷いと言って余りのあるあの出来事から、七日が経ったあとの事。
賑々しい城下町から幾分か離れた、海と城下が一望できる小高い丘の上に、アグニとミーナの二人は居た。
「いつ来ても良い場所だな」
西を見下ろせば幾つもの大きな船と小さな船が混然一体となった騒がしい港が目に入り、そのまま視線を上げれば空の青が水平線で混じり合って、余計に青く輝く海面がこの星の円弧をなだらかに描いている。街からは人の息づく喧騒が遠くも近く聞こえてきて、何とも心地のいい場所だった。
「ここなら、きっと寂しくないよね」
「ああ、寂しいことねぇさ。こんなに賑やかな場所なんだ」
「王様や、モントレーのおじちゃんも、たまに来てくれるって言ってたもんね」
「それに、実は国の諜報官でしたなんていうルターナも、ちょくちょく来るって言ってたし、心配いらねぇよ」
「そう、だよね」
ミーナはしゃがんで、ここに来る前に花屋で買った綺麗なリースを墓石の前に置いた。
刻まれているのは、両親の名前。
町から聞こえてくる喧騒がしんみりとした空気に拍車をかけて、けれど陰鬱とした雰囲気にならないのは、海から吹き抜ける風に町の人々の活気が混じるから。
アグニはヘルズネクトでの戦いを、そして正体を明かしたルターナ・エリフォンが全身に包帯を巻き付けた状態で十レートル級の空飛ぶ豚に跨って迎えに来た日を思い返す。
(手ぇ……握ってたな。ボロボロになった親の体を、それでも気遣って、血の跡を拭いながら涙零して。言葉なんてくそったれだ。肝心な時に何も浮かんでこねぇンダから)
ミーナの横顔を斜め後ろから見下ろす様に立つアグニは、
(いや、そうじゃねぇか。横たわった両親の前で座り込むミーナを見るなり抱きついたルターナは、なんか言ってたみたいだったし。きっとあの時、ミーナは何かを吐きだせたんだ。なら、くそったれは俺の方か)
空を見上げて、ほうと息を吐きだした。
――あの日、ルターナは空豚という空飛ぶ豚の上でミーナの手を握って謝っていた。
『あたしがもっとうまく立ち回れていれば、少なくともミーナに、こんなに辛い思いをさせなくて済んだんだ。……済まない、ミーナ。あたしの所為だ』
二日前、『食事処』という食事処で馬鹿騒ぎしていた最中に、いつの間にか姿を消していたルターナは、監視対象であったマグティーノ率いる〝黒の猟犬〟の動向がおかしい事を仲間から聞き付けて、一人探ろうと店から離れていた。だが、その情報自体がマグティーノの策略であり、ルターナはまんまと罠にはまってしまって体中に鋭い刃物で傷を付けられていたのである。
もしルターナが罠に嵌らず、マグティーノの動きにもっと俊敏な反応が出来ていれば、ミーナは『殺さなければ殺されるから』という理由であっても、人を殺さなくて済んだし、両親の狂戦士化という惨い現実を見なくて済んでいた。
『もっと奴の動きに目を光らせていれば……ミーナ、アグニ、師団長、本当に――』
ルターナの言葉には悔しさの滲んだ、歯を食いしばった響きがあった。
アグニもジョイズ・モントレーも口を開かなかったのは、今は何を言っても邪魔になる、今一番堪えているのはミーナなのだから――そう思っての行動だった。
だが。
その時。
ミーナは言うのだ。
『――きっと、これで良かったんですよ』、と。
『戦いは辛かった。それは間違いないんです。けどこの辛い戦いが無かったら、あたしは、こうして二人に、父様と母様に、再開できなかったから……だからあたしは……』
嗚咽を漏らして、顔中をボロボロにして、それでもミーナはそう言ったのだ。
大人と言うにはまだ早い少女にも拘らず、今までの辛さを全部飲み込んで、
『良かった』、と。
以降、空の上で口を開く者はいなかった。
ミーナは少女だ。その少女が言うのだ。言葉なんてあるはずがない。
空豚がグロウス城に着いたのは、陽もとっぷりと暮れ、あと半刻もすれば朝日が顔を出すような時間だった。
それでもミーナは到着早々にも拘らず、戦いの疲れを癒す事や両親の死を嘆き続けるより先に、墓を建てる事を提案し、お願いした。
二人を眠らせてあげたいから手伝ってください、と。
断る者など誰一人いなかった。
荷車に両親を寝かせてアグニが引き、眠らせる場所はルターナが教え、卓越した剣技によって墓石となった岩をジョイズ・モントレーが担いで丘まで運んだ。
最初『父様と母様を埋める穴はあたし一人で掘る』と言って聞かなかったミーナだったが、朝日が差し始めたところでスコップを握る手から血が流れだし、それでもやめようとしなかったミーナを見て、アグニが立ちあがった。ミーナは何も言わなかった。口をまっすぐに引き結んで、ただ黙々とスコップを振るい、土を掘り続けていた。そのとき何度も何度も目元を拭っていたのは、ミーナの胸にどんな感情が湧いた為か。皆は一様に何も言わなかったが、その場にいた全員が地面を掘り返しだすのに、そう時間は掛からなかった。
それから朝焼けも美しい時間になって、朝の早い商人たちが動き始めたころ、アグニはもうほとんど終っていた穴掘りの手を止めて、いったん街へと丘を下った。
アグニが次に丘へと戻った時には、黒檀造りの極めて立派な棺が担がれていた――。
次回 最終話 「 笑顔のセンタク 」




