第三章 暗躍と冒険
とある地下空間。
ランプブラックという、黒とも闇色とも違う、なのに黒や闇色としか言いようのない魔力感応系統に特化した色のアウラが、菫色のトーチに暗く照らされた部屋の床で、魔法陣を浮かばせていた。中央では四肢を鎖に縛り付けられた裸の男が、面を付けた黒ずくめの男たち七人から発せられる呪詛に精神を蝕まれて、泡を吹いている。
「これで何体目ですか?」
その光景を眺めて尋ねるのは、赤と緑で着色された面を付ける、線の細い男。返すのは、薄茶色の面を付けた男だ。
「これで二十三体目、今日の成功数は九になりますが、広場で一体を試しましたので、残っているのは八体となります。しかし首領、間に合うのですか? 彼奴等は既に出発の準備に掛かっており、間もなくグリフォンを馬代わりにヘルズネクトへと向かうもようです。この魔法――〝空転の歯車〟での狂戦士製造は強力な肉体強化効果も高い確率で得られていますが、これではあまりにも時間が……」
部下からの報告と注意喚起に、首領と呼ばれた男は自分の細い顎を撫でて言う。
「今日は九体目、ですか。いい数字ですね。知っていますか? 大陸の東より少し南にある国では、生まれた年月日をもとに運命数という物を算出でき、その数字が人生の中で重要なファクターに関係する、という考え方があることを」
「……。いえ、申し訳ありません。勉強不足です」
「なに、気にしないでください。はっきり言えば世迷言です」
ですが――と、首領は肩を小さく揺らした。
「私の運命数も九なのです。なら最初に従える運命はここだと、そう思いませんか?」
「では……?」
「ええ、今から私たち〝黒の猟犬〟二十五名も、ヘルズネクトに向いましょう。星を一日で一周するグリフォンの速さに追い付ける生物などいませんが、それなら後ろから攻めることが出来ますし、狂戦士を含めた我々の戦力と目標との戦力を比べれば、ヘルズネクトの強靭なモンスターの横やりがあってもどうにかなるはずです。一刻も早く例の物を手に入れなければ、私たちの首が刎ねられてしまう。それは嫌ですからね」
赤と緑という性質の異なった色で着色された面が、楽しそうに揺れた。首領はくるりと踵を返して部屋を出ていこうと足を進め、しかし途中で思い出した様に口を開く。
「ああ、そう言えば。女狐、と言うには少々体格の良い彼女は、見つかりましたか?」
「申し訳ありません。昨夜から捜索中です」
「そうですか。まあ、情報によれば直ぐには動けない程度のダメージは与えられたのですから、捜索に回っている人員もこちらに合流させてください。今回の作戦、少々骨の折れる方が相手陣営にはいるようですので。こちらも総力戦で当たらなければ不味いかもしれません」
「それほどの相手が?」
「ええまあ。彼には注意してし過ぎるという事はないでしょうから」
茶色の面をした部下は、首領の言葉に僅か息を飲んだ。首領はそんな部下の動揺など気に留めず、止まっていた足を再び動かし始める。
脳裏に浮かぶのは、昨日の光景。
(二人連れになっていた生き残りの片割れ……アグニ・セイティフス、と言いましたか。彼については注意が必要です。彼は怖い)
続けて、国営商会の主の前で、超然とした悪人面の笑みを刻む男の眼を思い出した。
(ああいう眼つきをする相手には注意しないといけない……)
気分が悪くなりそうな色の仮面の下で愉快気に鼻を鳴らし、不気味な笑みを作る首領と呼ばれた男は、カツカツと踵を鳴らして部屋を出ていく。
(けど、やはり楽しいですね。誰かを殺そうと悩むのは。こんなに楽しい事を十か月も我慢してきたなんて、我ながら信じられません。さて、どうやって殺しましょうか?)
そして暗い部屋の闇の中へと、首領は溶ける様に姿を消した。
部下はその背中を見送ってから菫色に暗く染まる部屋を見回し、たった一言を告げる。
「狩りの時間だ」
直後。部屋を染めていた菫色のトーチや、ランプブラックに揺れる魔法陣、その中央で縛られた裸の男も、すべてが跡形もなく消えていた。部屋というには些かがらんとした空間に、人殺しだけが残せる違和感を置き去りにして。
次回 「 お空の散歩でお昼寝を 」