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第4話 今日はソラの為の日③

「……ミナさん」


リンが、ミナを呼び止めた


声は変わらないのに、空気が少しだけ私的になる


ミナが振り返る


「なに?」


リンは少し間を置いてから言った


「少しだけ、お話させて頂けませんか?」

「い……いいけど」


リンは一礼してから、俺のほうを見て言った


「ソラ君には少しお待たせします」

「出口を出てすぐに喫茶店がありますので、そこで休んでいてください」


「喫茶店……?」


「私の名前を出せば通ります」

「飲み物も出ます」


ミナが俺をちらっと見る


「先に行ってて。すぐ戻る」


俺は頷いて、言われた通り部屋を出た


リンは机の端に手を置き、背筋を正してから言った


「サラ・ラピスと、私は、長年の友人でした」


ミナの目が少しだけ動く


「ギルドを作った後、すぐに亡くなったと聞いていました」

「娘さんがいたとは、知りませんでした」


「……そうなんだ」


ミナは視線を少しだけ逸らす。笑顔で誤魔化して、何かを避けているように見えた


リンは踏み込みすぎない距離で続ける


「先ほどの貸与は、魔力の放出量がとても大きい魔術で、宮廷魔術師でも扱える者の少ない高等魔術です」


「は……はぁ」


「普通は、近くにいるだけで空気が重く感じるものです」

「ソラ君がそうであったように、息が詰まるように感じます」


リンの目が、ミナを静かに捉える


「けれどあなたは、まったく反応しなかった」


言い切りはしない


確認するような丁寧さで続ける


「それは、高い魔術素養がある方にしか出来ない反応です」


リンは慎重に丁寧に続けた


「誤解をしないでください。あなたのお母様の検査を疑うわけではありません」


「……へ……へぇ」


「ただ、あなたも一度、正式に検査を受けてみてはどうかと」


「私が?」


「はい。才能がないと決めるには、早いと思います」


その言葉が落ちた瞬間、ミナの笑顔が止まった


静かに息を吸ったのが分かる


「……勝手なこと……言わないでよ」


声が、いつもの明るさじゃない


抑えてたものが、押さえきれずに漏れるような音だった


「ママは……宮廷魔術師だったんでしょ?」


「……」


「あなたと同じ、宮廷魔術師。しかも、たぶんあなたより凄かったんでしょ?」


ミナは言いながら、自分でも止められないみたいに続ける


「だったら……私の検査を……私の検査を、間違うわけないじゃない」


「ミナさん」


「間違うわけないの!」


声が跳ねた


すぐに息を呑んで、でも止まらない


「手紙にね、書いてあったんだよ」


ミナは胸元を押さえつけるみたいに手を握った


そこに手紙があるわけじゃないのに、握りしめるみたいに


「“ミナには何の能力もない”って。はっきり」


「……」


「だから……残したお金は、それ以外のことに使って幸せになってくれって」


言葉が一度詰まって、ミナは唇を噛んだ


目が潤むのに、瞬きで押し返そうとして失敗する


「……それなのに」


小さく、声が震えた。


「それなのに、いまさら」


ミナは顔を上げる


怒ってるのに、泣きそうで、どっちも隠せていない


「好き勝手言わないでよ……」


言い終わると、ミナは自分で驚いたみたいに口を抑えた


言ってはいけないものを出した、みたいな顔


リンは穏やかなまま、短く頭を下げる


「失礼しました」

「ただ、可能性があると見えた。だから申し上げました」


ミナは視線を逸らしたまま、絞るように言う


「……可能性とか、いらない」


そして次の瞬間、いつもの声に無理やり戻すみたいに息を吸った


「あなたはママを知ってるんでしょ」

「私は違う。知ってるのは手紙のママだけ」

「それが唯一のつながりなの、だから……ごめんね」

「それに……」


ミナは言いかけてやめた


「それに?」


「……それに、今日はソラの為の日だから」

「私もそのうちね」


リンはそれ以上は追わなかった


「分かりました」

「気が向いたら、いつでもいらしてください」


部屋の外に出ると、ミナは出口へ向かって速足で歩き始めた


一人になったリンは、語りかけるように呟いた


「相変わらず、私は下手ですね……サラ」


しばらくの間、俺は喫茶店の前に立って待っていた


中からはカップの音と小さな笑い声が漏れてくる


やがて組合の扉が開いて、ミナが出てきた


目が合うなり、いつもの笑顔で俺のほうへ来る


「おまたせ! 行こ」


「うん」


すれ違いざま、ミナが小さく呟いた。


「それに……」

「そんなお金……どこにあるのよ」


ミナが何か言ったが、よく聞き取れなかった


俺はカードを握り直して、遅れないように後を追う


二人でそのまま組合を後にした。




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