第23話 衝突
何不自由させない
誇りに掛けて
朝になった
冬の足音が、また少しだけ近づいた気がする
顔を洗う水が、指先に刺さるみたいに冷たい
息を吐くたび、白いものが薄くほどけた
俺は階段を降りて食堂へ向かった
下に降りた瞬間、ふわりと暖かい空気が流れてくる
食堂ではミナが机に向かって依頼書を整理していた
その隣にナルもいて、依頼書を確認して束に分けている
「おはよう、ミナ、ナル」
「あ、おはよ~」
「ソラ君、おはよ~」
昨日あんなことがあったが、ナルは普段通りだった
「なんだかここ、暖かいね」
「暖房機さまさまだよ~、これもソラのおかげだね~」
ミナが嬉しそうに言って、机の上の紙をより分けている
「それ、組合から来た依頼?」
「うん。数が多くてさ、まとめてたの」
ミナは机の端に置かれた別の束を示した
「そっちにあるのがソラへの依頼ね」
俺は目の前の紙の山に視線を向けた
自分宛の束より、ミナたちがまとめている束のほうがずっと多い
ミナが少し考えるように言った
「こっちは私たち宛なんだけど…全部、魔物討伐の依頼なんだよね」
ナルが頷いて言った
「うん…きっと危ないよね…」
それから、少し間があった
次の瞬間、ナルは急に手を動かし、机の上の依頼書をまとめ始める
「これ、イナクには内緒にして」
ミナが少しとまどって聞く
「え? なんで?」
「だって危ないもん、怪我しちゃうもん」
そう言って、ナルは依頼書をまとめて抱え、立ち上がった
その時、イナクが食堂に入ってくる
ナルは慌てて手に持った束を背中の後ろへ回して隠した
「おはよう」
「おはよう」俺たちも返す
イナクはナルを見て、少しだけ視線を落とした
「ナル、昨日は急にすまん」
「返事は、急がなくていい」
ナルの耳と頬が、一気に赤くなる
「う…うん」
小さく返事する
それからイナクが聞く
「依頼は来てるか?」
ナルの肩がこわばった
そんなナルをみて、ミナが言った
「えっと……ソラ宛のが来てるよ、私たちには…まだ来てないね」
「そうか」
イナクは、ほんの少し残念そうな顔をして厨房へ歩き出した
その瞬間
ナルの腕から、抱えていた依頼書がどさどさっと落ちた
「あ!」
ナルが慌てて拾おうとした
けれど、イナクのほうが早い
イナクはナルに歩み寄り足を止め
落ちた紙を拾い上げる
一枚、表紙が見えた
トロル討伐の依頼
報酬五金貨
装備支給なし
イナクは紙を見て、ナルに問いかける
「これは?」
「あれぇ……なんだろう、まちがえちゃったかなぁ」
イナクは落ちた紙に、ゆっくり視線を移す
「これ、全部依頼なのか?」
ナルは観念したように、小さく頷く
「う……うん」
ミナがイナクに説明しようとする
「あのね、ナルはイナクを心配して…」
イナクは、黙ってナルを見ている
その視線に耐えられなくなったように、ナルが言う
「だって… どれも危ない依頼ばっかりなんだもん」
「こんなの受けて、何かあったら… どうするの」
イナクは、トロル討伐の依頼書を持ったまま立ち上がった
そしてそのまま、ギルドの出口に向かう
ナルは慌てて、イナクの前に回り込んだ
「待って!どこ行くつもり?」
「依頼を受ける」
「だめ!」
「なぜだ」
「怪我しちゃうでしょ!?」
「しない」
「したらどうするの!」
「大丈夫だ」
それから、ナルがお願いするように言う
「配管の仕事をやろうよ… 安全だし、お金だって稼げるじゃない」
イナクの声が、少し低くなる
「ソラに頼ってばかりは…嫌だ」
見かねたミナが、声をかける
「大丈夫だよ、イナク強いし、私たちだって…」
それを聞いて、ナルは下を向いて黙り込んでしまった
「ナル?」
ミナがナルの背中に手を置き、覗き込むようにナルを見た
小さな声でナルが言った
「……弱いじゃない」
「え?」
「私たちとは……違うじゃない…」
イナクは黙ったまま、ナルを避けて出口へ向かう
それを見て、ナルが慌てたように言った
「だめだってば!」
ナルはもう一度、イナクの前に出て、両腕を広げて立ちふさがる
「そんなことしなくても、わたし…」
ドン
進むイナクに押し出されるみたいに、ナルが横へ弾けて倒れた
イナクは焦ったように咄嗟に手を伸ばそうとする
けれど…その手をゆっくりと引っ込めた
そして何も言わず、外へ向かって歩き出した
ナルはすぐ立ち上がり、声を上げる
「待って!」
イナクは反応しない
「イナク! 待ちなさい!」
出て行こうとするイナクを見つめながら
ナルが静かに…右手を上げ始める
その手首を、ミナが掴んで止めた
「それはだめ、ナル」
イナクはそのまま、ギルドを出て行ってしまった
「話してくるよ」
俺は二人に声を掛けてイナクを追った
外へ出ると、イナクはちょうど、遠く角を曲がるところだった
俺は走って追う
「イナク!」
俺の声に気付いて、イナクが立ち止まる
「止めに来たのか?」
「ちがう。トロル退治に行く気なんだろ?」
「そうだ」
「素手で退治する気か?」
「……途中で探す」
俺は腰の小袋を取り、イナクに投げた
イナクは右手で掴み取る
「それで準備しろ」
イナクは少し間を置いてから答えた
「恩に着る」
俺は続けた
「なあ、戻ってナルと話さないか? きっと分かってくれるさ」
「それはできん…上手く話せんし、ナルは許さんだろう」
「それに、俺にだってプライドがある」
「弱いと心配されて、飲み込めん」
イナクは振り返り、歩き出す
「帰ってこいよ」
俺がそう言うと、イナクは右腕を上げて軽く振った
それから俺はギルドに一人で戻った
ギルドに入ると、すぐにナルが駆け寄ってきた
「イナクは?止めてくれたの?」
「いや、俺は…イナクなら心配いらないと思う」
「でも、さすがに丸腰じゃ危ないだろ? だから、準備ができるように、金を渡してきた」
ナルの顔が泣きそうな顔になった
「なんで!? 止めに行ってくれたんじゃなかったの?」
「ちがう、俺は、イナクを応援してやりたい」
ナルの目に涙がたまって、俺を睨む
「もう知らない!ソラ君のバカ!」
そう言い捨てて、ナルは自分の部屋へ駆け込んでいった
強く扉が閉まる音が響く
ミナが困ったように俺を見る
俺は小さく首を振った
するとミナが聞いてきた
「今日の仕事…どうする?」
「ソラが行くなら、私も一緒に行くけど…」
「行くよ、イナクが頑張ってるんだ、俺も働きたい」
「うん、分かった」
俺はミナと一緒に、いつものように依頼先を回った
夕方近くになると雇っている人たちに給金を支払うためミナだけ先にギルドに戻った
俺が仕事を終えてギルドに戻ると、 ミナは落ち着かない様子で座っていた
「ただいま」
「おかえり、ソラ。おつかれさま」
「イナクは戻ってる?」
ミナは首を横に振る
「ナルは?」
「自分の部屋にいるみたい…声を掛けても、出てこないの」
俺は胸の奥が少しざわついてくるのを感じた
トロルがどんな敵かは分からない
でも、ノアと戦った時のイナクを見て、絶対に遅れは取らないと思っていた
「イナク、まさか……」
不安に駆られて、俺は外に出てイナクの姿を待つ
するとギルドの建物の裏から水の音がした
俺はその音を追って建物を回り込んで覗き込む
厨房につながる勝手口の前に、裸のイナクがいた
血まみれの体を、黙々と洗い流している
横には、血に染まった長い柄の戦斧が立てかけられていた
「イナク!」
俺が声をかけると、イナクは少し得意げに笑った
「成功したぞ! 金も入った」
そう言って小袋を投げてくる
さっき渡した時より、ずっと重い
怪我もないようだ、俺は胸をなでおろして言った
「楽勝だったか?」
「武器がなかったらヤバかった、助かったぞ」
イナクの、こんな生き生きとした顔を見るのは初めてだった
「ナル…怒ってたか?」
「分からん、部屋から出てこないらしい」
「そうか」
少し思い詰めるようなイナクを見て俺は言った
「話せば分かってくれるさ」
俺の言葉を聞いて
イナクは今まで見たことがない笑顔を俺に向けて言った
「そうだよな」
――と、その時
勝手口がふいに開く
「イナク?」
ナルの声だ
扉から覗いた彼女の顔は、安心したように微笑んでいた
ゆっくりと扉が開き
すぐ目の前にいたのは、笑顔で全裸のイナクだった
ナルと目が合う
一瞬お互いに固まった後…
ナルの視線が、少し下へ落ちる
そしてそのまま、静かに扉が閉まった
俺とイナクが顔を見合わせる
少し間を置いて
ギルドの中から、ナルの声が鳴り響いた
「変態! 大っっ嫌い!!」
これはまずい……俺たちは顔を引きつらせる
ナルを本気で怒らせてしまった
イナクが助けを求めるように俺を見た
「きっと……分かってくれるさ…」
俺には、そんな気休めを言うことしかできなかった




