第10話 エイエイオー③
その頃、ミナは自分の部屋で寝支度をしていた。
白い寝巻に着替えて、髪をまとめ、寝帽子をかぶる。
灯りを落としかけたところで、朝のイナクの声を思い出す。
「見かけたらでいい。砂糖を買ってきてくれ」
今日は買えなかったが、砂糖を売っている店は分かった。
「厨房にいるかな……まだ起きてたら、今日のうちに伝えておこう」
そう思って、ミナは部屋の扉を開けた。
寝ている人を起こさないよう、ミナは音を殺して、そっと廊下へ出た。
食堂に出ると、あたりは静まりかえっていた。
すると、火の落ちた厨房から、小さな声が聞こえてきた。
ミナは足を止める。
「あ……まだ起きてた」
そっと覗くと、薄明かりの中に二つの影が見えた。
ミナが声を掛けようとすると、ナルの声が先に届いた。
「……しいよ」
声はかすれて細く、言葉の端が震えている。
「どうしよう……戻っちゃった」
「お腹が、全然静まらない……苦しいよ」
イナクは何も言わず、棚の奥にしまってあった小さな瓶を取り出した。
中には、組合でもらった角砂糖の残りが、いくつか入っている。
一個だけつまんで、ナルの前に差し出した。
「食え」
ナルは首を振る。
「だめ。それ、ミナのだもん……大事に、みんなで食べるんだもん」
その言葉に、ミナは反射的に食堂の入口脇の暗がりへ身を引き、息をひそめた。
「ミナもわかってくれる。食え」
ナルはしばらく迷っていたが、こらえきれずに震える指で角砂糖を掴み、口へ放り込んだ。
ぎゅっと目を閉じ、ゆっくり噛んで飲み込む。
目尻からすっと涙がこぼれた。
しばらくして、肩の上下が少しずつ落ち着いていく。
ナルは息を整えて、消えそうな声で言った。
「……ごめん……あのお肉でも……だめだったね……」
イナクは短くうなずき、ナルを支えるように肩にそっと手を置いた。
「もう休め」
ナルは小さくうなずく。
イナクとナルはそのまま暗がりの横を通り過ぎ、ミナに気づかないまま、それぞれの部屋へ戻っていく。
足音だけが少しずつ遠ざかって、やがて廊下は静かになった。
暗がりに残ったミナは、しばらくその場から動けなかった。
「ナル……砂糖を食べないと、苦しいの……?」
どうしてそうなるのか、ミナにはわからなかった。
ただ、「ミナのだもん」と言いながら震えていた声が、いつまでも耳から離れなかった。




