第10話 エイエイオー②
地図どおりに中央区を抜け、職人街へ入ると、古い金物屋があった。
店の奥まで工具が並び、壁際には管が太さごとに積まれている。
俺たちが事情を説明すると、店員が頷いた。
「それなら中古の工具箱がちょうど入ったとこだ。状態は悪くない」
「それと、特殊な施設でもない限り、管はだいたい同じ規格だよ」
必要なものを一気に揃えた。
工具箱、管、予備のパッキン、検知液、記録用の紙束。
店を出るなり、工具箱を握る手が痛み始めた。
管は背中にずしりとのしかかり、工具箱は歩くたびに手のひらを引っぱった。
横を見ると、ミナは同じように荷を持っているのに平然としている。
「ソラ、大丈夫? 少し持とうか?」
「だ、大丈夫。これくらい余裕」
口ではそう言ったが、腕はもう限界に近かった。
ミナは心配そうに何度もこっちを見る。
そのたびに俺は「平気」を繰り返し、歩幅だけは落とさなかった。
かっこつけでもなんでもいい。ここでへばるのは嫌だった。
意地で足を前に出し続ける。
帰り道の後半は、ほとんど根性勝負だった。
やがてギルドの看板が見えた瞬間、「着いた」という安堵がどっと押し寄せてきた。
ギルドに戻ると、イナクとナルはすでに帰っていた。
俺とミナは荷物を、どさりと床に下ろす。
「ふー、着いたー」
ミナは肩をくるっと回して、けろっと笑っている。
その横で俺は、しばらくその場から動けなかった。
イナクがそっと俺を見て言う。
「……守れそうか?」
「お、おう、余裕だ」
言い返したけど、声にぜんぜん余裕がなかった。
「人、集まったよ!」
ナルが笑う。
「交換係三人、記録係二人。明日から来てくれる」
イナクも短く言う。
「やる気のあるやつを選んだ」
そこでナルが、もったいぶって手を後ろに隠した。
にやっと笑って、机に包みを置く。
「じゃーん」
中身は、分厚いステーキ肉が四枚。
「え……これ、ほんもの?」
ミナが目を丸くする。
「ほんもの。半額の売れ残りだったんだけど……」
ナルはそこで少しだけ声を弱めた。
「ごめん、勝手に買っちゃった…半額でも高かったし、先に相談するべきだったよね…」
半額とはいえ、肉は俺たちにとって簡単に手を出せるものじゃない。
ほんの一瞬だけ、ためらいみたいな間が落ちる。
でもミナはすぐに首を振って、笑った。
「ううん、いいの。明日からみんな大変だもん」
「今日は特別。景気づけしよ」
ナルの顔が、ほっとゆるむ。
「……ありがと、ミナ」
イナクは包みを受け取って、肉の色と脂をざっと確かめて短く言う。
「問題ない」
そのまま厨房へ消えた。
しばらくして、油のはねる音が聞こえ始める。
じゅうっ、ぱちぱちっ。
肉の焼ける匂いが食堂に流れ込んできて、全員の視線が一斉に厨房へ吸い寄せられた。
ナルが両手でお腹を押さえて机に突っ伏す。
「むり……この匂いだけで白パン何個でもいける!」
「うちに白パンはないけどね」
ミナがツッコミを入れる。
やがて皿が並んだ。
分厚いステーキ。横には、ふかした芋と人参。
表面に浮いた肉汁が、灯りを受けてつやっと光る。
「いただきます!」
皆の声がほぼ同時に重なる。
ひと口目。
「うまっ!」
「やわらか……!」
ナルは口いっぱいに頬張って、ぶんぶんうなずく。
「これ最高! 生まれてきてよかった~」
「大げさすぎだよ」
ミナも楽しげだ。
俺も食べようとして、ナイフとフォークを持った……が、指に力が入らない。
荷物を無理して運んだせいで、手がぷるぷると震えている。
カチャン。
肉を押さえたつもりが、皿の上でつるっと逃げた。
俺の様子に、ナルが真っ先に気づいた。
にやっと笑い、ミナへ視線を送る。
「ソラ君、食べさせてもらったら?」
「えっ」
思わずミナの方を見る。
一瞬、頭の中に妙な光景が浮かんだ。
その間に、イナクが無言で俺の皿を引き寄せる。
「仕方ない」
手際よく肉を切って、フォークに刺し、俺の口元へ差し出した。
「口開けろ」
「いや、自分で食べ…」
「いいから食え」
有無を言わさず口に入れられる。
噛んだ瞬間、肉汁が口の中に広がった。
「うま!」
それを見てナルが腹を抱えて笑った。
「ソラくん、おかわり~」
「仕方ない」
イナクがまた俺に食べさせようとする。
「じ、自分で食べるから!」
俺は全力でそれを阻止した。
そんなやり取りをよそに、ミナはひと口ずつ、ゆっくりと味わうように食べていた。
頬にそっと手を添え、目を細める。
「……おいしい」
小さくつぶやいて、またひと口。
「あぁ……おいしい……」
ミナは、丁寧にそれを繰り返していた。
やがて全員の皿が空になったのを見て、ミナがすっと立ち上がる。
「よしっ」
ぱん、と手を合わせて、みんなを見回した。
「明日から、ラピス・ギルドみんなで本番。絶対うまくいくよ!」
そして、にっと笑って言った。
「やろ! エイエイオーって!」
「やるやるー!」
ナルが真っ先に立ち上がって拳を上げる。
イナクはため息まじりに椅子を引いた。
ミナが俺にも手を伸ばす。
「ソラも!」
「お、おう」
四人で輪みたいに並んで、息を合わせる。
「せーの!」
「えい、えい――」
「おーっ!!」
明るい声が食堂に弾けて、夜の空気が少しだけ軽くなった。
食後、荷運びでこわばっていた腕と背中が、ずしりと主張しはじめた。
それでもなんとか体を拭き、歯を磨いて、二階のわらの寝床に倒れ込んだ。
明日から、ギルドのみんなと一緒に動き出すんだ。
そう考えたところで、意識が途切れた。
俺はそのまま、泥のように深く眠った。




